第318話 依頼と命令
「…魔力きてる! 射線…城壁! 西門あたり!」
「城壁でふね!」
村を覆う幕壁、その地底の軍団の主攻が攻め立てる西壁の上で、胸壁に囲まれた回廊にネカターエルがいた。
その横で壁に隠れちょこまかと走り回っているのはサフィナである。
「
城壁の外側、ちょうど相手の兵のいないあたりに石の壁を建てる。
薄く、薄く。
壁の厚みを減らし、その分縦と横に思いっきり伸ばす。
物理的な壁を生成する呪文は作り出した時点でその持続時間を終える。
つまり彼女が現出せしめた石壁は魔力に拠らず、ずっとそこに残り続ける。
魔力によって建っているわけではないのだ。
けれど魔術などで足場が固定されているわけでもないため、その石壁は厚みを持たせない限り押せば簡単に倒れてしまい、壁の用を為さない。
彼女が今作り出した石壁も、まさにそれだった。
けれどそれで問題ない。
倒れたところでこちらの城壁にかかる距離ではないし、役目は一瞬で終わるはず。
直後鈍い炸裂音が響き、ネッカが生み出した石壁の中心部に3m程の巨大な大穴が開いた。
遥か遠方の丘の上から唱えられた攻撃呪文である。
本来であれば城壁に命中し、オーク達が必死に積み上げた石の壁に巨大な穴を穿ち、そこから城内に侵入する足がかりとするはずの呪文だったはずだ。
けれどネッカが呪文と城壁の間に素早く石壁を生やしたため、その攻撃は手前の石壁に着弾し、そこを起点に破滅的な効果をもたらしたのだ。
「…ぶふうっ!」
大きく息をつくネッカ。
呼吸が荒い。
息が苦しい。
連続で呪文を唱え続けたせいで眩暈が収まらぬ。
元来このような魔術防衛戦は魔導師のセオリーにはない。
あまりにもリスクが高く成功率が低いからだ。
無論魔術師同士による防衛戦自体は存在する。
ただそれは基本的に互いが視界内にいる時のみしか成立し得ない。
なぜなら高位の呪文は効果を発揮したらそれで勝負が決まってしまうものが少なくないため、発動した呪文を止めるのではなく呪文の発動自体を止めることが肝要となってくるからだ。
そのためには相手の呪文を一瞬でも早く解析し、最速で何の呪文か判断した上でその詠唱が完成する前に対抗する呪文を唱え終える必要がある。
そのために大切なのが相手の呪文構成要素である。
即ち詠唱、身振り手振り、手にした魔術触媒…そして圧縮式。
それらを一瞬で判断し相手の呪文を確定、或いは推定する必要があるのだ。
だがこれほど彼我の距離が離れている場合、相手の姿も見えなければ詠唱も聞こえない。
どんな呪文が来るか分かったものではないのである。
けれどネッカには大きなアドバンテージが一つあった。
サフィナの存在である。
彼女の異様なほど優れた直感と魔力を直接視認でもできるのかというレベルの察知能力により相手の呪文の導線が事前にわかる。
わかったところでサフィナにはそれを止める手段がないが、ネッカにはそれが用意できるのだ。
広域の破壊魔法であれば壁で防ぎ、防ぐのが困難な光線であれば斜めに逸らす。
相手の目標地点から使用するであろう呪文系統を幾つかに絞り、なるべく多く防ぎ、被害を減らす呪文を唱える。
おそろしく根気と集中力を要する仕事である。
だが止まらない。
止められない。
この城壁の護りを任されたのは、誰であろう自分なのだから。
× × ×
「わふっ!? 私がでふか!?」
ネッカが己を指差し目を丸くする。
腕を組んで頷くクラスク。
「他の連中はみんなやル仕事あル。残っタ奴デこの城守れツのお前しかイナイ」
軍の大半をこの城の攻略に向かわせ手薄となった彼らの地上の本拠地…銀時計村。
その攻略と道案内にシャミルが赴かなければならない。
彼女をフォローするため夫のリーパグが、さらに敵に見つからずこの城を抜け出す移動手段を提供する役としてギスが同行し、さらに仮に向こうに強力な護衛がいた場合を考え、戦力としてキャスを随行させる必要がある。
ラオクィクは突然の乱入者である前族長ウッケ・ハヴシと代理決闘しなければならないし、そのサポートに彼の妻女であるゲルダと衛兵隊長エモニモを回さねばならない。
ワッフはオーク兵達を纏める兵隊長だが、必要なら兵を率いて城の外に出なければならない立場にある。
クラスクは言わずもがなでこの城をなんとかして抜け出し敵の首領を倒さなければならぬ特命がある。
最近衛兵隊の副隊長に就任した元傭兵のウレィム・ティルゥは腕こそ立つが規律よりは個人の興味を重んじるタイプであり、あまり他人の上に立ち指揮を執るのに向いた人物ではない。
そして残ったシャミルやアーリやミエはそもそも非戦闘要員であり、籠城戦の守備などできようはずもない。
「えーっと、でも他にも強いオーク達が…」
「イル。イルがダメダ」
「駄目…?」
「クハソークやフォーファーなら兵を率イルのに問題ナイ貫目があル。クィーヴフ、ルコヘイ、クラウイあタりもやらせりゃデきルダロウ。イクフィクもイイ顔はシナイダロウが頼めばやっテくれるはずダ」
村の有力なオーク達を指折り数えながらクラスクが呟く。
今だとここに若手の出世頭イェーヴフあたりが入るのだが、彼は所用があって現在村を空けているためカウント外だ。
「それなら…こう、わざわざドワーフに任せなくてもでふね」
そう、オーク族とドワーフ族は天敵の間柄である。
城の守備を任せられると言う事は当然オーク達に指示をしなければならない場面が出てくるはず。
そうした時果たして彼らが素直にドワーフ族の命令を聞いてくれるだろうか、という問題があるのだ。
「ダガあイつらデハまじないの対処がデきナイ。お前が下ダトオークの流儀デ判断シテまじないの対処が疎かになルかもしれん。それダト致命傷になル危険があル」
「………………!」
クラスクの言う事は的を得ている。
実際魔導師が戦に従軍するのは通常の方法では困難な攻城を援ける役目を負うからだ。
もっともそこに着目して危機意識を抱くオーク族というのはこれまで聞いたことがないけれど。
まあそれを言い出したらそもそも築城するオークというのがまず前代未聞なのだが。
「それにオーク族攻めるの上手イガ守りあまり好きじゃナイ。そっちはドワーフのが得意」
「それはそうかもでふが…」
「…せっかくの魔導師をどこの戦列にも加えないのか」
ネッカを城に残すことについてキャスがやや不満げに呟く。
魔導術はサポートとして非常に有用なのだ。
きっとどこの戦場に連れて行っても役に立つだろう。
それを一人城に残して防衛戦を任せるのは常識的に考えれば少々もったいない運用と言える。
「…いや、それ案外悪くニャイかもしれないニャ」
が、そこにアーリ尾が口を挟む。
「魔導師には大きく二通りいるニャ。現場で色んな呪文を唱えて仲間を援けるタイプと、現場に行く前に武器や魔具を揃え、長時間有効な呪文をあらかじめかけて準備を整えておくタイプニャ」
顎に手を当てながら、猫髭をひくつかせアーリがぶつぶつと呟く。
こうした時のアーリは妙に事情に詳しく頼りとなるため、皆彼女の言葉に耳を傾けた。
「前者は冒険者向き、後者は王宮勤めや従軍魔導師なんかが向いてるタイプニャ。でネッカは明らかに後者のタイプニャン。だからみんなが出かける前に必要な魔具…といっても開戦はたぶん今晩ニャから新しく用意できるのはひとつくらいにニャるけど…を用意して、出撃前にみんなに必要な呪文をかけておけば、各隊にサポート呪文をかけた上で城の護りに回れるはずニャ」
「…そうなのカ、ネッカ」
アーリの言葉を聞き、ネッカの方へと向き直るクラスク。
「……できると、思いまふ」
「そうか。ならやっテくれルカ」
クラスクの言葉をやや心配そうに聞いているミエ。
ネッカの能力を疑っているわけではない。
むしろミエは彼女の能力や才能をネッカ当人よりずっと高く評価していた。
ただ…彼女の性格となると話は別である。
あの後ろ向きで内向的な性格で、果たしてそのような重責を担うことができるのか…?
ミエはそれが心配だったのだ。
そしてそれは多かれ少なかれ他の大勢の共通する見解でもあった。
「…クラ様、ひとつお願いがありまふ」
「言っテ見ロ」
だが……ネッカはしばらく沈思したのち、その場にいた誰もが思いもしなかった言葉を告げた。
「お願いじゃなくて、命令してくださいでふ。『やれ』と」
「…わかっタ。ネッカ。城の護りはお前がやレ。任せル」
「…わかりました」
驚きの耳目を周囲から集めながら…ネッカは強い決意を滲ませた瞳ではっきりと告げた。
「クラ様のネカターエル、ご期待に沿えるよう全力を尽くしまふ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます