第317話 魔力供給

考えてみればそもそもがおかしいのだ。

クラスクは休む暇なくひたすらに走り続け、敵の攻撃をかわし、致命傷を避けながら考え続ける。


地底の棲むことで森の恩恵に預かれず、その結果かつて己を生み出した森の神を見限り地底の邪神と契約したのが黒エルフブレイだとシャミルは言っていた。

地上を侵略しそこに住まう者どもを蹂躙し支配しようというのが地底から湧いてくる連中の考えなのだから地上の連中と仲が悪いのは当然として、そうした事情ならエルフ族とは特に仲が悪いはずだ。


なにせ地上のエルフ族からすれば自分達を生み出した神を見限った裏切者である。

ならばオーク族とドワーフ族のように不倶戴天の敵同士、合えば殺し合いが起きるレベルのはずである。


まあ彼の村にはその当のドワーフが住みついていて、しかもこの戦争のただ中に於いて村の護りの要になっているけれど、クラスクはそうした特殊事情はとりあえず脇に放り捨てることにした。


その黒エルフブレイがエルフ族を引き連れている。

単純に考えて仲間としてではなく捨て駒として扱っていると見做すべきだろう。


無論エルフ族が黒エルフブレイの命令に大人しく従うはずがない。

心か体かわからないが、彼らをなんらかので縛りつけ、操っているのではないだろうか。


周囲から降り注がれる光弾の雨をかわしながらクラスクは走り続ける。

クリューカはエルフ達の誰からでも攻撃魔術を唱えることができるらしい。

そして彼ら自身を爆弾のように破裂させることもできるようだ。


つまりこの場にクラスクが息をつける場所は存在しない。

常に全方向に気を張り巡らせ魔術による攻撃に晒され続けなければならないのだ。


単純に考えれば、クラスクがほんの僅かでも休息できそうな場所はのはずである。

丘全体にクリューカの手駒たるエルフ達が配置されている以上、そして彼ら彼女たちが全て魔術の始点でありかつ起爆地点となり得る以上、丘の内側で彼らに囲まれているよりその外に飛び出て攻撃方向を一方向に限定させる方が絶対有利なはずだ。


…が、クラスクはなぜかそれをしない。

頑なに丘の内側に籠り愚直に彼らと相対している。


今この丘を出てはいけない。

出てはならない。


ミエの≪応援≫により霊感レベルにまで育ちつつある彼の直観が、心の中でぞわぞわとうねり訴えかけているのだ。


「ほほう、なかなかに勘が鋭いようだな」


クリューカの声がエルフ達の口から洩れる。

クラスクが思惑通りに動いてくれない事に少し苛立ちを感じつつ、だがそれでも余裕は崩さない。


「だがどれだけ保つかな? お前はこの丘から出られない! 逃げられない! そして蛮族が魔術師に勝つ唯一の手段! 魔力切れはこの私にはあり得ない! 私の傀儡どもがいる限りな! ハハハハハハハ! さあ! この私の計画を邪魔した罰を受けるがいい!」


周囲からの放たれる光弾の数が増す。

避ける場所、かわす場所がどんどん少なくなってゆく。

しかも彼らはその攻撃が味方に当たろうがお構いなしだ。


腕がもげ、脚が吹き飛び、肩が弾け、それでもそのエルフどもは構わずクラスクへと襲い掛かり、魔術の光を放つべく指先を向ける。

まるでゾンビさながらである。


その中には美しい女性やまだ幼さの残る娘の姿もあり、クラスクはギリ、と歯を鳴らした。


「ええい図体の割りにちょこまかと…! いい加減音をあげたらどうだ!」


普通に考えればとっくに疲労で動きを止めてもおかしくない頃合いである。

いや並の人間なら半分のさらに半分の時間すら持つまい。

それほどに全力で動き続けるというのは困難を極めるものだ。


だがクラスクはその脚を止めない。

矢のように駆け抜け、ジグザグに走り、エルフどもを壁にして遮蔽から遮蔽へとその身を移し、彼らが爆発する前に次の場所へと飛び移り的を絞らせない。

そして休まずに延々と走り続けるのだ。


「くそ、埒が明かん!」


突然…少し離れたエルフに表情が付いた。

虚ろ目の無表情からどこか毒々しく、憎々しげな顔に変貌する。


そしてそのエルフの口から不気味な呟きが漏れ…その指先から黒い閃光がクラスク目がけて走った。


ぶわん、とその身を一気に沈め、クラスクは地を蹴り地面すれすれを飛ぶように駆け抜けた。

頭上すれすれ、黒い稲妻のようなものと一瞬すれ違う。


それはクラスクの背後のに当たり、空気を入れ過ぎて破裂した風船のような音を立てるが、背中に目の付いていないクラスクには何が起こっているかわからない。

ただ背後にいたエルフは間違いなく末路を迎えただろうということは直観的に理解する。


魔術を撃った一瞬の隙、その硬直を過たずその黒い閃光を放ったエルフに肉薄し、斧の一振りで首を刎ね飛ばす。

そこには最初言葉を交わしたあの男…クリューカの気配が確かにあった。


だが…刎ね飛んだ首から休息にその気配が失われ、直後、その首から下の身体が破裂し爆発四散する。

それと同時に周囲から光弾の雨が浴びせられ、避けきれなったクラスクは遂にその肩から血飛沫いた。


「ハハハ! ハハハハハ! 無駄だ! 無駄だと言ったろう! 貴様には私は捉えられぬ! 貴様はこの私の秘術の前に力尽き引き裂かれるしか道がないのだ! ハハハハハハハ!」

「チィッ!」


周囲のエルフから同時に聞こえる高笑い。

それが少し癇に障ったのか苛立たし気に舌打ちをするクラスク。

そんな彼の様を見てクリューカの哄笑が一層大きくなった。


…かのように見える。


だがそれはクラスクの演技だった。

相手の望む追い詰められた敗者を演じることによって、相手を調子に乗せているのだ。


調子に乗っている者は思索を止める。

練磨を止める。


思考するというのは、そして思考し続けるというのは存外疲れる行為であり、考えずに行動しても上手く行くのなら人はわざわざ無理に思考しようとしないからだ。

そして思考を止めた者の行動はパターン化し、その分読みやすくなる。


相も変わらず全周囲から猛攻を受けていることにかわりはないけれど、それがパターン化しているのであれば少しだけ回避に余裕ができる。


その余裕、その緩みに付け込んで…クラスクは防御と回避に徹しながらひたすらに思考を巡らせる。


(読めテ来タゾ…コイツの攻撃…!)


これまでの敵の発言と攻撃パターンから、クラスクはこの不可避に思える千魔陣を読み解いてゆく。


まず丘全体にエルフ(一部黒エルフブレイ)を配置し、何らかの術で外に出ることを妨害することで対象を閉じ込める。


エルフの数は百人ほど。

皆術師によって操られており、自由意志などはないようだ。


彼らは指差した方向へ光の散弾を放つことができるが、これはおそらく半自動による攻撃と思われ、精度はあまり高くない。


エルフ達の近くに留まっていると爆発四散することがあるが、爆発に至る距離や時間がまちまちであり、そもそも破裂しないことも多い。

こちらはおそらく敵術師…クリューカの恣意による任意起動と思われる。


敵魔術師クリューカは、その本体がどこにいるのかは未だ不明だが、この丘にいるエルフの誰からでもことができるらしい。


クラスクはそういう現象を知っていた。

たしか『悪霊が取り憑く』とかそういう現象である。

そして彼が取り憑いた時のみ、エルフ達は光弾以外の魔術攻撃を行うことができる。

反面その際周囲の光弾による攻撃は少し勢いが弱まるようだ。


そしておそらく…彼の発言から、このエルフ達は敵術師クリューカの


この丘中のエルフが全て攻撃の発生源であると同時に、彼の魔力を支える貯蔵庫なのだ。


エルフ族は高い魔力を有している種族だとキャスやシャミルに聞いたことがあるし、なんらかのでそうした…彼に魔力を供給するような処置を施しているのだろう。


そう考えると壁にしたエルフが己を巻き込み爆発しようとする場合とそうでない場合の差異もなんとなく見当がついた。

おそらく魔力を吸い出してもうあまり役に立ちそうにないエルフをにしているのだろう。

逆に爆発さえないエルフはまだ魔力が十分貯蔵してあり、いわば使い潰すのが勿体ない状態なのだと推測できる。


「…一つ聞カセテクレ!」


全力で走りながらクラスクが叫ぶ。

彼の走った後の空間に光弾の雨が降り注いだ。


「ハハハ! いいだろう! 質問するだけしてみるがいい! 気分がよければ答えてやる!」

「こいつらハ! お前を殺せバ元に戻ルノカ!?」


一瞬の静寂…そして直後に再開される白き散弾。

クラスクは右に左にかわしながら丘を飛び出ないギリギリのラインを駆け抜けた。


「フ…フフフ、ハハハハハハハハハハハ!! 何を! 何を言い出すのかと思えば! ハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」


周囲のエルフからどっと笑い声が湧き起こる。

ただし彼ら彼女らの表情は動かぬまま、落ち窪んだ、虚ろな瞳のままだ。


「こいつらを傀儡にした時に! 当に心は壊れておるわ! そうでなくとも自らの手で家族を殺させ! 村を焼かせた! 心があっても自ら捨て去りたい連中ばかりだよ。ハハハハハハハハハハハハハハ!」

「…よくわかっタ」


先刻から斧越しに自らの手に走る奇妙な違和感をその万力のような握力で打ち消しながら……クラスクが押し殺したような声で呟く。



「こいつらには悪イガ…つまり遠慮はイラントイウ事ダナ」



そう漏らした時、既に彼の隣に迫っていたエルフ二人の胴が薙がれ、真っ二つになっていた。

クラスクの手にした斧が、まるで狂喜したかのように血潮にまみれ震えている。



「貴様を殺ス。ここにいる貴様の人形を全テ壊シタ後ニ……貴様を必ず殺ス」





その声には…隠し切れないほどの憤怒が、込められていた。















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