第305話 決戦の火蓋
暗夜に入ると共に地底軍団の進撃が開始された。
その数約八百。
村一つを攻めるにしては少々過剰な戦力と言える。
さらに地上の協力者たるウッケ・ハヴシの別動隊を含めれば号して千…と言いたいところだが、ウッケ・ハヴシの軍団は昼間の戦闘で騎士達の反撃によってそれなりの兵を損耗しているようで、なかなかに万全の状態とはいかないようだ。
王国騎士団が意地を見せたといったところだろうか。
その騎士達は昼間の撤退戦で大きく後退し、東寄りに陣を敷いてとりあえず様子を窺うようだ。
ただ彼らとてまさかに地底から湧いて出た軍団が同じ日に同じ城を標的としていようとは夢にも思ってもいないだろう。
数で言えば前回の約十倍。
半年前の意趣返しとしても相当集めたものである。
一方のクラスク村の方は人口こそ大幅に増えたもののその相当数は女性と職人であり、純粋な兵力は微増にとどまっている。
地底軍の構成は主にオーク、ゴブリン、コボルトなどの
そこには少数の黒蜥蜴族や
さらには
これが野戦であれば圧倒的に地底軍に優位な兵力差と種族差なのだが……こと攻城戦に於いてはそうとまでは言えぬ。
それほどに城壁というのは大きい。
特に攻城戦を考慮した場合、地底軍にはその軍団を招集する立地上飛行生物がいないのがかなり痛い。
地底軍の総司令たるクリューカも、かつて小さな集落があったはずの場所に巨大な城塞がそびえているのを目にした時はさぞ驚いたことだろう。
だが彼らは王国騎士団のように狼狽えたりはしなかった。
闇夜に紛れて近づき、あろうことかその壁を地力でよじ登りはじめたのだ。
空が開けている地上世界と異なり、常に天井と壁に囲まれた地底に暮らす彼らは多かれ少なかれ登攀能力を有している。
壁を自在に移動できる者は今回あまり多くはないが、喩え切り立った城壁であれ、素手で壁を登ることは彼らにとって決して不可能ではないのだ。
…とはいえ当然それを黙って見過ごす守備兵ではない。
松明で闇夜を照らし、石を投げ、槍で突き、両手が自由に使えぬ登攀中の敵兵を次々に地べたに叩き落としてゆく。
こんな時役に立るのが堀である。
なみなみと水が湛えられた堀が攻城兵どもの足を止め、一度に壁に取り掛かる人数を減らしてくれる。
そのお陰で一度に相手をする敵が減り、結果クラスク村の守備隊どもは城壁の上を走り回って、登攀中の相手を見つけ出しては次々に叩き落とすことができた。
中には魔術の力か魔具の機能か、はたまた当人の能力なのか、姿を消したまま登攀を試みる輩もいたけれど、少なくとも序盤戦に於いては『
突如、城内からどよめきが上がった。
同時に城の外から歓声が上がる。
地底軍の見ている前で、城壁の内側から火の手が上がったのだ。
彼らが外から射かけた大量の火矢が引火したのだろうか。
闇夜の中濛々とした白煙が四筋、空へと立ち上る。
それを皮切りに、彼らの猛攻が激しさを増した。
「落とせ落とせー! 遠慮はいらんぞー。なんせ石材は余りまくっているからな! ハハハ!」
衛兵隊副隊長となったウレィム・ティルゥの指揮の下、衛兵たちが次々に石を掴んでは投げ落とし、登攀してくる敵兵を叩き落とす。
もっとも彼女の場合指揮と呼ぶには些か落ち着きがなく、どちらかと言えば城壁のあちこちに顔を出してはその場の兵士たちの手助けをして去ってゆく、といった行動を好み、隊長というよりはむしろ遊撃隊に近い挙動ではあるのだが。
石弾の雨をかいくぐり、登頂まであと一歩のところまでたどり着いた地底のゴブリンが、城壁の上からぬっと顔を突き出したティルゥが振るった剣の錆となって地面まで直滑降して血泥の染みとなる。
「オーイ! オーク族ノ分際デ家ニ籠ッテ膝ヲ抱エテ脅エテルノカ! コノ臆病者!」
なかなか正攻法では埒が明かぬと察した、地底軍の一部隊が方策を変えた。
地底のオーク兵どもが城の北側から挑発し、囃し立て、嘲笑する。
「グギギ…アノ野郎ドモ…!」
「おいヴェノシ! 落ち着け! ただの挑発だ! 今出てったら相手の思うつぼだぞ!」
この原始的な手法は、オーク族には存外効果的であった。
オークの一部が北の城門を開き打って出ようとしたのである。
「ミンナ落チ着クダ! イイカラ落チ着クダ!」
ワッフが必死に抑えようとするが効果が薄い。
ただこの程度の興奮、クラスクの大喝さえあれば収まるはず…なのだが。
「ワッフ」
「ワカッタダ!」
なぜかクラスクは目線でワッフに何かを示唆するのみでそれを止めず、彼らのしたいようにさせた。
「オ前ラ! ワカッタダ! ソコマデ言ウナラ外ノ連中ニ目ニモノ見セテヤルダ!! ソノカワリ負ケルコトハ許サレネエド!」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
ワッフの指揮の下、城壁の北側から一斉に矢が放たれ、敵がたじろいだ隙に北門が開かれワッフ率いるオーク軍団が突撃を敢行した。
無論籠城中に出撃するのは下策中の下策であり、たちまち敵の軍団が群がりワッフ達を包囲する。
「オ前ラ! コレ以上退ガッタラ堀ノ中ニボチャンダド! 後デ笑ワレタクナカッタラ必死ニ耐エルダ!」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
だがワッフ率いる村のオーク達は堀を背にしながら彼らに囲まれるのを防ぎつつ巧みに応戦する。
その指揮はなかなかに堂の入ったもので、どうやらワッフはすっかり兵を率いる将として覚醒したようである。
「魔力魔力…反応ありまふ! あっち! サフィナさん!」
「…感じる。精霊の流れ…うん、間違いない」
城壁の上、杖を片手にネッカが西の闇の中を凝視する。
その隣には目を閉じ、両手を何かを掴むように前方に伸ばしているサフィナ。
魔導術による探知呪文、そしてサフィナに宿った巫女の力で戦場での魔力の大きな流れを探る。
(いた…城から西北西、距離1ニューロ(約1.5km)くらい!)
城壁の上から風の精霊を通して言葉が投げられる。
それは城内南門付近のクラスク一向に届けられた。
「行くゾ、ラオ」
「アア」
クラスクとラオクィク、そして連れの数人が、南門からやや西の方角へと小走りで向かい、扉を素早く空け中に滑り込む。
城門の内側は倉庫となっているためそこへ入るための出入り口があるのだが…それはここではない。
実は彼らが向かった先には城門以外から城へ出入りするための隠し通路があるのだ。
狭い部屋の中で天井からつり下がっている紐を引くクラスク。
暫くして頭上の鐘が小さく鳴った。
無言で外へ出る合図をし、跳ね橋を降ろして素早く堀を渡った一行は近くの藪へと身を隠す。
村の南側は森の村を隠蔽するため開拓は控えめにしているため、比較的近くまで草叢が残っているのである。
藪の中で手を振ると、開いた跳ね橋がすぐに閉じ、壁と一体化して姿を消した。
壁に幻術がかけてあり、普段は石壁となんら変わらぬ見た目なのだ。
これもまたシャミルとネッカの苦心の結実である。
周囲に人影はない。
如何に地底軍がクラスク村を遥かに凌駕する兵士を要しているとはいえ、城攻めとなると万全の人数差とは言えぬ。
これがただの村相手であれば、この人数差なら周囲からの波状攻撃で簡単に陥落せしめるのだろうが、城攻めとなるとぐるりと取り囲むだけの余裕がない。
分散して各陣営が手薄になれば、城内から打って出た守備兵に退路を断たれて刺し殺されかねぬ。
となれば攻城するのはどうしても一面または二面に集中せざるを得ない。
そこでワッフ達の白兵部隊である。
彼らを外に出せば攻城戦の主攻となっている西壁と、ワッフ達を撃滅すべく城の北が主戦場となる。
南壁や東壁は少数の不意打ちを狙う連中以外手薄となって、城壁の上の見張りと息を合わせればクラスク達のように人目に付かず外に出ることも可能となるわけだ。
いわば敵の策に乗る形に見せかけてワッフ達を囮に使ったわけである。
「……………………」
クラスクの耳に大きな炸裂音が聞こえ、小さな地響きが足元に届いた。
城の北で大きな爆発があったようである。
ワッフたちは大丈夫だろうか。
「行ク」
「ワカッタ」
だが彼ら、彼女たちを信じるより他はない。
クラスクは長として決断したのだ。
あとは己の下した判断に身を任せ先に進むのみである。
クラスクとラオクィク、そして連れの数名は、戦場を大きく迂回して敵の首領の元へと急いだ。
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