第304話 対策会議

「ふむ、成程…では私の方からも質問させてくれ」

「なんでふかキャス様」


片手で挙手をしながらキャスが己の懸念を述べる。


「先程外で王国の騎士団とこの村の前族長率いる異種族の混成軍団との交戦があった」

「はい、クラ様より伺ってまふ」

「あの戦場には奇妙な点があった。交戦前に騎士隊長クラスが二人も討ち取られているのだ。戦い方を見る限り相手が魔術戦を仕掛けたとは考えにくい。弓などの飛び道具で遠距離から騎士を倒すのも困難だ。特に騎士隊長クラスなら一層困難なはず。魔導師的な見地から何か心当たりはないか」

「そうでふね…」


ネッカは顎に指を当てて暫し考え込む。


「その集団に術師がいなくても、地底の連中からなんらかの魔具を与えられた可能性はありまふね……例えば『不可視の外套アンパトゥドゥロ・グリエック』や『姿消しの指輪ラムジー・アンパトゥドゥラス』あたりで姿を消して不意打ちをするというのはどうでふか?」

「む……?!」


ネッカの言葉にキャスの動きが止まる。


「なるほど…? 後から戦況を眺めただけだったが二人が倒れていた位置、騎士団の目的から考えるとおそらく奴が最初に攻撃を仕掛けたのはおそらく騎士達の前衛あたり…おそらくそこには向こうの将たる秘書官トゥーヴがいたはずだ。それを庇うようにして討たれたと考えるなら…ふむ、姿を消してそこまで接敵できるとすれば筋は通るな」

「うっげ、あの野郎が姿消して襲ってくんのか!?」

「あまり想像したくないのう」


ゲルダとシャミルがなんとも嫌そうな顔で互いを見つめ合い、苦虫を噛み潰したような顔で首を振る。

その横でサフィナが少し震えながら隣にいるワッフの手をぎゅっと握っていた。

もっともワッフはその心情がいまいち理解できなかったのか、突然のスキンシップにうほー!と有頂天になっていたが。


「しかしそうするとまさに先見の明と言ったところじゃったな」

「そうでふね。アーリ様のお陰でふ」

「まあ普通攻城戦するなら考えることだしニャ―」


アーリの言葉に重なるように城壁の方で何やら叫びが上がり、その後大きな歓声が続いた。

一体なにかあったのだろうか。


ちなみにアーリの発言はまさに今回の前族長ウッケ・ハヴシの戦術を指している。

つまり姿というリスクについてである。


攻城戦には様々な手法があるが、その最も正道な手法は城壁を直接踏破するものであることは前に述べた。

通常であれば縄梯子や攻城雲梯、さららには攻城塔などを用いて壁を登ろうとする攻城側と、それを阻止せんとする籠城側の攻防となるわけだが、もしそこに姿を消すことができる者や空を飛ぶ者がいた場合話は大きく変わってくる。

なにせ内部から城門を開けさえすれば城壁の護りなど無意味になってしまうからだ。


ゆえにアーリは築城の後半、石材造り以外の時間でネッカにそうした対策用の魔具を造ってもらっていた。

ネッカの修得している≪魔具作成(その他)≫には眼鏡やゴーグルも含まれており、そうして作られた魔具が『看破の眼鏡オウォッティ・ヴォモスレッソ』である。


簡単に言えば、この眼鏡越しに見ると姿を消した相手を視認することができるのだ。

現在この眼鏡は二本作製されており、幕壁の見張り兵にかけさせ城壁をぐるりと見回りさせている。


単なる物理的な防御力だけではなく、魔術的な護りも限られた期間内で可能な限り堅牢に築き上げられたのは、ひとえにこの小村が魔具作成を得意とする魔導師ネッカと豊富な資金力を有するアーリンツ商会を同時に擁しているという僥倖ゆえであろう。

これがもしクラスクが言うように彼の運だというのなら、相当な運命力と言う他はない。



まあ、その彼の幸運値もまたミエの≪応援/クラスク(旦那様)≫による日々の応援によって還元されたものなのだが。



「報告! 報告です!」


急ぎ衛兵が駆けて来る。


「…人数に余裕が出たら伝令が欲しいところですね、隊長」

「隊長はお前だ。だがまあそうだな」


エモニモとキャスが小さくため息をつく。

とにもかくにも村一つでは人員が圧倒的に足りていないのだ。


「どうした」

「ハ! 姿を消したまま城壁を素手で登らんとしていた巨大なオークを発見! 大量の投石により落下を確認しました!」

「「「ぶほっ!」」」


その報告に村の重鎮どもが思わず噴き出す。


「う、うわっははははは! あの野郎石で! 石で落とされるたぁ! わっはははは!」

「ブク、クククク…!」

「リーパグ笑ウナ…フ、フ」

「ラオ! オメーダッテ笑ッテンジャネーカ! ギャッハハハッハハ!」


多くの者が笑いを堪えながら平静を保とうとして失敗している。

あの恐怖と支配の象徴でしかなかった存在が壁から落下する様がどうにもツボだったらしい。


「わしとしては素手で城壁を登らんとしておることの方が驚きじゃ。まあ鉤縄を使えば流石にばれるじゃろうがそれにしても…」

「私もそこが気になった。ほぼ垂直の壁を素手で? ここの石材はかなり正確に寸法通りに成形されているゆえ指を入れる隙間もほぼないはずなのだがな…」


一方のシャミルとキャスは相手の素のスペックに高さに懸念を示す。


「ともあれ『看破の眼鏡オウォッティ・ヴォモスレッソ』じゃったか。こういう時のために作っておいた魔具が役に立ったのなら僥倖というものではないか」

「いえ、それが…」

「なんじゃ、違うのか?」

「はい、いいえ、その…」


なんとも煮え切らぬ態度の衛兵である。


「どうした」

「その…ウレイムさん…じゃない副隊長がですね、幕壁の上を見回ってる最中突然『おいこの下に石を落とせ』と言い出しまして…」

「ハァ?」

「それで急いで落とせいえ石が無駄になると問答になった折あの眼鏡を拝領したゲオルグが通りかかって、それで壁を素手でよじ登らんとしている目に見えぬ巨漢のオークがいるとかで大騒ぎになって…」

「…それで慌てて石を大量に投げつけて叩き落した、と」

「ハイ…」


眉根を顰めてなんとも言えぬ表情となったシャミルがゲルダの方へ顔を向ける。


「あやつ一体なんなんじゃ」

「あたしに聞かれても困る!」


そしてゲルダが即座に音を上げた。


「お主の昔馴染みじゃろうが!」

「馴染みつったってただの傭兵仲間だし、それも所属してた傭兵団が違う! 仕事で何度か団同士が組んだ時一緒になったくらいなんだって!」


中腰になってシャミルといつもの言い合いをした後、どっかと腰を落として腕を組むゲルダ。


「ただ…そうだな。あいつ昔っからやたら勘がよくってさ。不意打ちで夜襲受けた時もアイツ一人だけ気付いて飛び起きてみんな叩き起こされてなんとか臨戦態勢を取れた…みたいなこともあったなそういや」

「勘がいい…ううむそれだけで説明つくものかの…」


首を捻るシャミルにエモニモが声をかける。


「彼女は相当腕が立つようです。騎士の剣術とも異なる…『武』と言うのでしょうか…を修めているようで、そうした技術の達人には気配で相手の居場所を察知する技能があるとか聞いたことがあります」

「…まるで魔法じゃな」

「そこまデ難しく考えなくテもイイ」


二人の会話に割って入ったのはクラスクだった。


「感じタのハアイツの殺意や敵意ダロウ。アレは魔具ダかデ姿を隠しテモそうしタものは隠さナイ。隠せナイ。そういう奴ダ。近くに来れば俺デもわかル」

「そういうものなのか…戦士の勘と言うのは恐ろしいものじゃの」


衛兵を追加の指示を出して下がらせた後、クラスクが改めて結論を告げる。


「トモアレ…これデアイツが城攻めデハ脅威になり得ない事ガ判明シタ。イヤ…脅威デハあルガデシカナイ。そうイウ意味デハ怖くナイ」

「確かに…守備隊の細かな見回りでかなり防げるからな」



キャスの言葉にクラスクが大いに頷き…

そして、本題を切り出した。



「ガ…それじゃあダメダ」

「「「うん…?」」」


これまでの会議の内容を全て否定するようなクラスクの言葉に、一堂が疑問の声を上げる。


「ドウイウコトダ、村長」

「ラオ。今のやり方ナラ確かニ俺タちは負けナイ。負けナイガ…

「!?」

「俺達総出デかかれバ連中を追い返す事ハデキル。ダガそれじゃあ奴ら…じゃネエ、が諦めナイ」

「あ、ギスさんの父親の…!」

「ソウダ。手下の連中ト、ネッカのデ聞いタダロ。アイツダケハ目的が違ウ。何度追イ返しテモアイツダケは諦めナイ。ダカラ俺達が負けナイダケじゃなく勝つタメには、アイツを仕留めルしかナイ!」

「…禍根を断つ、ってことですね」

「ソレダ」


そう…かつて占術で出た通り、地上侵略の橋頭保として村を攻略しようとしている地底軍団の中、その首魁たるクリューカだけは異なる目的を持っている。

おそらく何らかの地底神殿の鍵となるであろう宝石を奪うため、その所有者たるギスクゥ・ムーコ-…己の娘…をつけ狙っているのだ。


「なるほど。つまり籠城して追い返すだけなら十分可能だが…我らの目的を達成するためには…」

「そうダ。俺達はあえテすルしかナイ」

「城を護る戦力を割いてでもか」

「ソウダ」


キャスの問いにクラスクが断言する。


「そしテ…もう一つ。前から予定しテタも合わせテヤル」

「な…!?」


キャスが驚きのあまり目を瞠り、シャミルが憮然とした表情で頷く。


「準備ハ」

「…できておる」

「クラスク殿! 城を護る手をさらに減らす気か!?」

「ソウダ。、キャス」

「……………!!」


城に籠り護ってさえいれば追い返せる相手に対し、あえて討って出る上に別の策のために人をさらに割く。

普通に考えたら愚策としか思えない。


思えないのだが…この戦に『勝つ』ためには、それはどうしても必要な行程であった。


負けない、ではダメなのだ。

この先を考えたら、この戦はリスクを取っても勝たねば駄目なのである。



「それで、隊長がということは城の護りは私が…?」



エモニモが挙手をして確認する。

衛兵隊長なのだから最も順当な振り分けではある。


城一つの護りを任されることは流石に初めてで、エモニモの口調にも緊張の色が隠せない。



「…のつもりダッタガ、事情が変わっタ」

「事情…?」

「あの野郎…この村の前族長ウッケ・ハヴシダ」

「ああ…成程。想定外の強敵、ということですね」


エモニモの声にクラスクが頷き、ミエが小さくため息をつく。


「あの人が来るならホントに森村の避難を早めにやっておいてよかったですねえ」

「まったくだダ」


この村…今は城だが…から森村までには街道が整備されてはいるが、現在その入り口は深い藪で隠されており、探そうとしない限りはそうそう見つからないようになっている。


だが前族長であれば森村の場所は既知なので簡単に到達可能だし、勝手知ったる場所で好き勝手できるはずだ。

エモニモ発案の避難マニュアルがなければ向こうの村で人質を取られ食料も確保されかなり面倒な事態になっていははずである。


クラスクは…この錯綜とした事態を打開すべく、とある腹案を胸に己の右腕に問うた。






「…ラオ、お前に尋ねル事があル」





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