第303話 村の宮廷
村を覆う幕壁に見張りを多めに配置しながら、村の重鎮が再び居館に集まり会議を執り行う。
いわゆるクラスク村版宮廷会議である。
居館の宮廷にて円卓会議…国が派兵してきた紫焔騎士団についての協議をしている最中に前族長ウッケ・ハヴシが彼ら騎士団を突然襲撃するという異常事態のせいで中断していた会議の再開である。
ただしその議題はすっかり変わってしまって、騎士団対策から地底軍団相手のものになっていたけれど。
会議の参加者はまず総大将たるクラスク、そして彼の妻女ミエ。
オーク騎兵隊を指揮し、さらにその他のオーク兵全般を統括する大隊長ラオクィクとその妻ゲルダ。
一般のオーク兵を率い、かつ兵站を管理する兵隊長ワッフとその妻サフィナ。
オーク弓兵を率いる遊撃隊長リーパグとその妻シャミル。
そしてオーク以外の衛兵…その殆どが元翡翠騎士団第七騎士隊の騎士達だが…を率いる衛兵隊長エモニモ。
彼女は大隊長ラオクィクの妻女でもある。
エモニモと彼女が率いる衛兵隊は格付けとしてはワッフやリーパグと同格ではあるけれど、ラオクィクの直属ではなく独立した部隊であり、彼女の上はクラスクだけだ。
そしてそうした組織図から離れ、少数の部下のみを従える親衛隊長として元翡翠騎士団第七騎士隊隊長たるキャスバスィがいる。
立ち位置としてはラオクィクと同格であり、クラスクの護衛を務めるのと同時にこの村の軍事顧問であり参謀であり兵士たちの剣術指南でもある。
こうした会議に妻女が同席するのは珍しいが、それは元々ミエがオークの村の女性を救おうとしてクラスクの取り巻きたるラオクィク達が飼っていた娘達を集めたのがこの村の端緒だったからであり、それがこの村の特徴でありまた強味でもある。
それに加えて村の御用商人にして運命共同体たるアーリンツ商会社長アーリンツ・スフォラボルもまた同席していた。
そして…そこに先程まではいなかった人材、魔導師ネカターエルが壁際に控えている。
彼女の背後には大きな黒板と彼女が高い所に手を伸ばすための椅子が用意され、板書の準備は万端であった。
「まず最初に行っテおく事があル」
クラスクが会話を切り出し、皆が耳を傾けた。
「この戦イ、相手を追イ返すダけなら俺達に負けはナイ。そうイウ結論になっタ」
おお…というどよめきが起きた。
「…確かに野戦に比べ攻城戦は守る側が遥かに有利だが…それは兵士同士の戦いの話だ。魔術戦についてはどうなのだ、ネッカ」
キャスの言葉はもっともである。
城壁は通常の兵士の侵攻を阻むには非常に有効だが魔術にはそうした過程を無視できるものもあるはずだ。
「ネッカと相談シタ上デノ結論ダ」
「ほう?」
「はいでふ。クラ様から以前の彼らの襲撃について色々窺ったでふ。村の中を中心に広範囲の火炎呪文を発動されそうになったとか」
「うむ。〈
キャスの言葉にネッカが頷く。
「キャス様なら御存知だと思いまふが…呪文には射程がありまふ。そして同時に認識と射線が必要でふ」
「む、そうか……!」
一人納得するキャスの隣で首を傾げるミエ。
「ええっと…魔術については不勉強なもので。それってどういうことなんです?」
「そうでふね…」
ネッカはミエの質問に対し背後の黒板にすらすらと絵を板書してゆく。
「例えば〈
「攻撃する呪文、ってやつですか」
「やつでふ」
ミエは魔導術の様々な用途に使える便利なところを大変気に入っていたけれど、色々使えると言う事は当然軍事に転用されるような呪文も多いのだろう。
いやむしろ最初に戦争などの用途として研究開発されその後民間転用されたような呪文も多いのやもしれぬ……などと考えを巡らせた。
「で、例えば100ウィーブル(約90m)先のこの地点を起点に爆発させようとしたとき、その手前にこうして石の壁があったとしたらどうなると思いまふ?」
「壁…つまり目標地点が目に見えない?」
「はいでふ」
「う~ん…そうした呪文は使えないとか…?」
「正解でふ。全ての呪文がそうではないでふが、射程を持つ呪文の殆どは対象…場所の場合も個人の場合もありまふが…を何らかの手段で認識しないと呪文が唱えられないんでふ。これが『認識』でふ」
そこまで言われたミエはとあることを思いつく。
「何らかの手段ってことは…つまりまっすぐ目に見えなくてもいいってことですか?」
先程城壁の上でサフィナが見せてくれた〈
「はいでふ! 例えば魔術で視線を曲げたり視覚とは異なる知覚機能で対象を正確に把握したりすることは可能でふ。そうすれば壁越しでも対象を認識することは可能になりまふ」
「やた!」
「では…そうした状態で〈
「ふぇ?! ええっと…?」
普通に対象地点で爆発を起こすものだと思っていたミエは思わず高い声を上げて言葉に詰まった。
ネッカがそういう質問をしてくる以上己が考えていることは間違っているはずだ。
ならば一体どう間違っているのだろう。
(ええっと…最初旦那様が言った事を思い出して…)
そして一つの仮説に辿り着いて顔を上げる。
「もしかして…途中に置かれた壁のところで爆発が起きる…?」
「正解でふ!」
ネッカが嬉しそうに肯定した。
「おいおいちょっと待てよ。呪文唱えたらドーン! って目標地点で爆発するもんじゃねえのか? それがなんで別の場所で爆発すんだ?」
ゲルダがもっともな疑問を呈しながら腰を浮かせ、ラオクィクらオーク達がうんうんと頷き同意した。
「〈
「なるほど…?」
ゲルダが眉をひそめつつも納得の体で座り直す。
「あれ? ってことはなんだ。今うちの村ぁ城壁で囲まれてるから…」
「はいでふ。広範囲の攻撃呪文の標的として村の内部が狙われる心配は少ないと言えまふ」
「「「おおー!」」」
「でもこう…別の手段で視界を確保されたりしたら内部は丸見えですよね?」
「手段によりまふが…それが占術などの魔術的手段によるものであれば、見えない可能性が高いでふ。この村は〈
「ああそっか……!」
言われてミエにもすぐに理解した。
そもそも己がネッカに頼んで作ってもらった代物ではないか。
ただ彼女の想定していた用途は各国などが占術によりこの村を調査したい…と言った際のものだったため、戦場で視界を確保するための占術という発想がすぐに出てこなかったのである。
「なるほど…案外役に立ってるんですねあれ」
「先見の明と言うか結果オーライと言うか、どっちにしろ怖い娘だニャミエは…」
ジト目で汗を流しながら小声でツッコむアーリに、さもありなんとシャミルがうんうん頷く。
「魔具により『認識』が阻害され、城壁により『射線』が通らない。この時点で単純な攻撃魔法の多くは防ぐことができまふ」
「ほとんど…ってことはそうでない魔法もあるってことです?」
「はいでふ。召喚系統の呪文なんかとは相性が悪いでふね。例えば飛行生物を召喚して城壁の上から攻撃させたりとか、或いは隕石や雷を召喚して城内や城壁を攻撃したりとか」
「隕石!?」
ミエが思わず目を丸くする。
彼女が把握していた『魔術でできる範囲』を超えていたからだ。
「はいでふ。隕石を対象の上空に召喚して雨のように降らせる〈
「あそっか、対象は上空なのか…!」
そう、単純な攻撃呪文であれば術師が認識すべき目標は着弾地点である。
だが隕石を標的の上に召喚し降らせる場合、術師が認識すべき目標はその召喚地点である。
この城は完全に平地の上に建っているし、となれば当然城壁の外から城の上空を認識することも余裕だし射線も完全に通っているわけだ。
この手段であれば城壁も城内を見通せぬ占術妨害も一切意味を為さぬ。
「あとは〈
「あー…なるほど、結構あるんですね」
ミエの嘆声にこくりと頷くネッカ。
「ただし飛行生物で攻撃されても物理的に倒せる相手ならこの村のオーク達が後れを取る事は少ないと思いまふ。話を伺う限り最上位の召喚術を使う相手とも思えないでふし、自分がリスクを負ってまで空を飛んでのこのこ標的になりに来るとも思えません。でふので魔術的な攻略より物理的な攻城戦をしてくる可能性が高いと思いまふ」
「そうダ。そしテ…物理的な城攻めなら俺達は負けナイ。守り切るこトはデキル」
クラスクが短く、だがはっきりと断言する。
「俺最初に言っタ。砦デきれば負けはしナイ。砦ドころか城デキタ。絶対守レル」
ただし…守る事だけが目的ならば、であるが。
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