第299話 危険な繋がり
「オイオイオイ、ありゃあ…」
「「「ウッケ・ハヴシ!!?」」」
村を覆う幕壁の東端からその戦場を見て、一堂が驚愕の声を上げた。
無論そこに至る前にはサフィナの〈
「ウッケ・ハヴシというと…確かクラスク殿の前の族長か…?」
「でっけーニャー…クラスクもオークの中じゃ相当でかい方だと思ってたけど輪をかけてでかいニャ…小型の巨人くらいはあるんじゃニャイか…?」
直接面識のないキャスとアーリがまずその大きさに驚く。
そしてその姿を見た瞬間サフィナが激しく怯え、ひしとミエにしがみついた。
ミエはサフィナを落ち着かせるようにそっと抱き締め、優しく頭を撫でる。
「ナンダナンダ…ナンデオマエラ群レテコンナトコマデ…アレ兄貴マデ? アトシャミルハイネーノカ?」
城壁の見回りをしていたリーパグが駆けて来て、歪んだ空間を覗き込んでぎょっと目を剥く。
「ぜぜぜ前族長ジャネーカ! ドウナッテンダ!」
彼らの見ているその映像の中…ウッケ・ハヴシは紫の鎧を着た騎士と一騎打ちをしながら群がる兵を指揮し、数倍もいる騎士団を追い立てている。
画面の端々で集団からこぼれた兵士が群がるゴブリンやコボルトどもに集団で刺殺される様は凄惨としか言いようがない。
「ナンダ…? 前族長ガ連レテル連中オークダケジャナクゴブリントカコボルトトカ…トカゲ野郎ナンカモイルジャネエカ。ドウナッテンダ」
「ええっと…それもですけど素人目には騎士の人たちより人数も装備もだいぶ足りてない気がするんですけど…なんでか追い立ててるような…?」
リーパグとミエが素朴な疑問を抱く。
特にミエの場合戦闘や戦争に関する知識は皆無に等しい。
ただ前族長がかつて己の夫と死闘を繰り広げ、幾度となく命を奪わんとした危険な相手だということだけは痛いほど知っていた。
そんなミエの疑問に対し、ゲルダが戦場を眺めながら彼女なりの、傭兵なりの所感を伝える。
「ありゃあ…兵を指揮してる奴を最初に何人か潰してんな。人数多くってもそれを率いる奴がいなけりゃあ混乱でけーからな。あと上から見りゃあ互いの人数だってすぐにわかっけど、地上からだと案外相手の規模ってわかんねえもんなんだ。ホラ、ゴブリンやコボルトどもって小型だろ? そいつらが丈の高い草原を上手く利用して出たり入ったりしながら人数を悟らせねえように立ち回ってやがる。ありゃ相当このやり方に手慣れてんな」
「「おお~」」
ゲルダの台詞に一同が感心したような声を上げる。
「さすが元傭兵ですね!」
「おだてんな」
ミエの賞賛をそのまま受け流しつつ、ゲルダは隣のキャスのつむじを見下ろしながら問いかける。
「騎士隊長殿の所見を伺いたい」
「『元』騎士隊長だ。ゲルダ殿。だがそうだな…」
キャスは目を細め、戦場をつぶさに観察しつつ分析する。
「ゲルダ殿の言い分で基本的に合っていると思う。ただこれは互いの意思による流れだな」
「つーと?」
「騎士団を攻め立て追い立てたい前族長側と、同時に撤退しようとしている騎士団側。お互いの進むべき方向が合致しているから一方的に攻められているように見えるのだ」
「オイオイ…あの状況で撤退戦かあ?
自分も同じような立場に立たされたことがあるのだろうか、ゲルダがなんとも嫌そうな顔で眉根を顰めた。
けれどキャスはゲルダの言い分に小さく肯き、否定しない。」
「…それも織り込み済みだろうな。本来の相手ではない望まぬ遭遇戦。全力を出して潰したところで目的の戦果にはならぬ。それならとっとと撤退して最小限の犠牲に納める。あそこの団長…ナラトフ殿ならそう判断するだろう」
「うへ。間違っちゃあねえけどあんまり下に就きたくねえ団長様だな」
ゲルダが舌を出してなんとも率直な感想を吐いた。
「同感だ。あの前族長と戦っているのがその団長殿だろうな。あとは踏み潰されて見る影もないが…おそらくゲルダ殿の言う通り、騎士隊長クラスが既に二人ほど討たれているようだ」
「そりゃ大混乱もするわ!」
キャスの台詞にゲルダは思わずそうツッコミを入れつつ、彼女の言葉に舌を巻いた。
あの戦場の混沌の中で対象を正確に視認するエルフ族の視力…それをまざまざと見せつけられたからだ。
「でも…その、騎士隊長ということは…」
「…そうだな。格の上では私と同じ、ということになる」
村の最高戦力の一人であるキャスと同格の相手をあっさりと二人も屠り、その上でそれより強いという騎士団長と互角に戦いながら兵達を指揮している。
あらためて恐ろしい相手だとミエは身震いした。
「で…それはそれとしてあいつなんでこのタイミングで来やがったんだ…?」
「えーっと…私達を助けに…とかじゃないですよね」
「「「ナイナイ。アリエナイ」」」
ミエのほんのわずかな希望を伴った呟きを、クラスクとリーパグとゲルダが言下に否定する。
「兄貴ニ復讐シヨウッテアチコチで暴力デ雑魚ドモ従エテ頭数揃エテキタンカナ。今キタノハタマタマジャネーノ…?」
「マ、ココにキタのハ俺の首を取ルノガ目的デ、連中に喧嘩売っテンのハソノ邪魔ヲスンナ…ッテのガ一番あり得そうダナ」
「同感ッス兄貴」
リーパグとクラスクがそんな雑感を語りながら互いに頷き合う。
どうやらどちらも前族長にはあまりいい印象を持っていないようだ。
まあかつての彼の行状を考えれば当たり前と言えば当たり前の話ではあるのだが。
「うーん…ホントにそれだけかニャ―」
けれど…彼らの言葉になぜかアーリが疑義を挟む。
「ン、何か気付いタカ?」
「ニャ。サフィナサフィナ。落ち着いたらちょっと頼みたい事があるんニャけど」
「……なに」
ミエの腰にしがみつき、彼女に撫でられあやされ落ち着きをとりもどしつつあったサフィナは、アーリの言葉に面を上げた。
まだ少し怯えているようだがしっかり言葉は届いているようだ。
「この〈遠目〉の呪文なんニャけど、このあたりを拡大できるかニャ?」
「……わかった」
アーリが指し示したのは中空に浮かぶ拡大映像の左下あたり…ちょうどオークやゴブリンやコボルトどもが撤退する騎士達の後端…いわゆる
「
サフィナが二言三言、誰かに囁くように告げると、アーリが指差したあたりがみるみる拡大されてゆき、見ている者達から小さなどよめきが起きた。
「便利ダナーコレ」
「ウン。戦場見渡セルノ強イ」
「今までは平地同士だったが今は我らには高さがあるからな…」
リーパグ、クラスク、そしてキャスがそれぞれ戦場と戦争の見地からサフィナの呪文を賞賛する。
ミエは観光地の高いビルとかの上にある望遠鏡ってこんな感じかなーなどと場違いな感想を抱いていた己を叱咤しぶんぶんと首を振った。
「ううへ…こりゃあひでえ」
拡大されはっきると映し出された光景にゲルダが思わず呟き、ミエが思わず顔を背けた。
そこには撤退の最中に隊列からはぐれた兵士達…騎士と異なり馬もなく機動力にも欠ける徒歩の者達…が追い立てられ、背中を斬られ、幾つもの腕に捕まれ、地面に引き倒されて、ゴブリンやコボルトどもに群がられなぶり殺しにされている光景が映し出されていた。
「で…これがなんなんだ?」
「よく見るニャ」
「戦場じゃよくある光景だろ?」
「…オークをよく見るニャ」
アーリとゲルダのやり取りを聞いて、一堂は戦場にいるオーク達に注意を向けた。
「…割とつえーなこいつら」
「ああ。騎士達との直接戦闘はオークが受け持ち、数が必要な時にゴブリン達が出張ってきている。かなりしっかりした役割分担があるようだ」
ゲルダとキャスがそのオーク達の強さについての見解を述べる。
「意外トシッカリシタ鎧着テンナ。ウチ以外ジャ珍シインジャネ?」
「訓練されテルナ。そこらのオークじゃナイ」
リーパグとクラスクが同族としての特異性についての感想を呟いた。
「みんな、よろいにおんなじ傷つけてる…?」
「え? サフィナちゃんどこどこ? あ、ほんとだ…でもあれって傷ってより…」
サフィナの呟きにミエが目を細め、画面とにらめっこをしてなんとか視認する。
確かにオーク達の黒い鎧にはなにがしかの傷痕がある。
ただそれは…傷ついた跡、というより明らかに人為的に彫られた跡に見える。
「ええっと…なんでしょう。みんな同じようなマークのような…?」
鎧に描かれているのはぐるぐるとした渦巻きだった。
その渦巻の外周部が最後上方に向かい立ち上り、左右に揺らめいて先端を尖らせている。
ミエのイメージからするとちょうど一筆書きで描いた人魂のような形である。
「あれは…闇火の紋章ニャ」
ミエの疑問にアーリが答える。
ただしその口調はやけに苦々しげであった。
「知ってるんですか?」
「ニャ」
あまり認めたくなさそうな、けれど明らかな肯定。
「めんどくさい説明は省くんニャけど。ざっくり言えば地底世界の氏族…勢力のひとつニャ」
「「「~~~~~~~~!?」」」
その場にいた一堂が驚愕し、硬直する。
「それって…つまり…」
「ニャ。こいつらは地底の連中と手を組んでると考えていいと思うニャ」
その時幕癖の内側、居館から角笛が高らかに鳴り響いた。
それは…先刻騎士団の来襲を告げたのと同じく、何者かの襲撃を告げる角笛であった。
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