第298話 戦士たちの目覚め

「オ前ラァ! 起キロォ!」


城内に大喝が響き渡り、そこかしこで雑魚寝していたオーク共が飛び起きた。


「ウォッ!? ナンダダンダ!?」

「ムニャ、ラオ大隊長…?」


寝ぼけ眼を擦りながらオーク達がむくりと起き上がる。

彼らはつい先日まで石材を運び積み上げ、どうにかこうにか城を完成させた後、疲労困憊により家にも帰らずそこかしこで泥のように眠っていたのだ。


そんなオーク達を起こして回っているのはこの村の軍事統括たる大隊長ラオクィク。

鎖鎧を纏い得意の大槍を片手に小走りで城中を駆けまわりながらオークどもを起こして回っている。


「フワアアアアアアアアアアアアアア……ナンダナンダ。戦カ」

「ムニャ…戦イカ」

「ソウダ。敵ガ来タ」

「ウッヒョウ! 大隊長マジカ!」

「マジダ」

「コリャ寝テル場合ジャネエ! 起キロオ前ラ! 戦! 戦ダ!」


ラオクィクから戦と敵の存在を告げられた途端、彼らは皆目を大きく見開いて飛び起きると、次々に近くのオーク達を蹴り起こしてゆく。

最初寝ぼけていたオーク達も、話を聞くと目を輝かせ、目をこすりながらも率先して他のオーク達を叩き起こしていった。


「オーク族…これがオーク族か…」

「げに恐るべき種族だな」


人間族の衛兵たちがそんな彼らの様子を見ながら舌を巻き、感心すると同時に少し引いていた。


先日までの築城はとにもかくにも重労働で、それに従事していたオーク達は相当疲労していたはずである。

なんとか城を造り終えた彼らがその場で崩れるように眠りについたのはだから当然と言えば当然と言えた。


そんな深い眠りを叩き起こされて今から戦争だ、などと言われれば、人間族なら普通は嫌がる。

あれだけ働いたのだからもう少し寝かせてくれと思うはずだ。


だのに彼らは戦だ、敵だと聞いた途端瞳を輝かせ、自ら飛び起きてその準備に従事している。

戦いが、戦争が、芯から好きでたまらないのである。

それも戦い好きの個人が、ではない。

でそうなのだ。


同じ村で過ごすようになって彼らの事を色々理解したつもりになっていた衛兵達ではあったが、ここで改めて種族性の違いを見せつけられ、驚きと僅かな警戒心を抱いた。


もしオーク族が敵に回る際には相当気を付けなければならないぞ、と。

なにせ全てのオーク族がこの村の者達のように話のわかる連中ばかりとは限らないからだ。


「フェイダン! テォフィル!」

「ふk…エモニモ隊長!」


先程の衛兵達が、声をかけられ背筋を伸ばした。

彼らを総べる衛兵隊長のエモニモが小走りで駆けてくる。


「城内の見回りはいい。お前達も城壁に向かえ!」

「ハッ!」

「了解しました!」


二人は敬礼し、すぐに駆け出してゆく。

しっかり戦時に備えて訓練していた成果が現れていると言っていいだろう。


僅かに息を吐いたエモニモは、視界の先に夫の姿を認めると足早に彼の元へと向かった。


「ラオ!」

「エモニモ!」


言葉短く、だがその声音からはは互いの信頼を感じさせる。

もしやしたら親愛も込められているやもしれぬ。


その長身痩躯のオークの前で足を止め、彼を見上げるエモニモ。

その瞳は部下達に向けられていたのとは明らかに違う色が見て取れた。


「そっちの状況は?」

「今叩キ起コシテル。飯ハワッフガ準備中ダ」


そう言いながら彼が指し示した先は居館の前の広場だった。

そこでは馬車から次々と食材を運び出す獣人達と協力しながら、ワッフが巨大な鍋を掻きまわしつつ食事を作っていた。


「あんたぁ、そっち刻んだらぁ、こっちもお願いねぇ~?」

「ワカッタ」


その横では酒場『オーク亭』店主たる中年オーク、クハソークと彼の妻たる小人族フィダスのトニアが材料を刻み鍋の具材を次々に整えてゆく。


「ハハハ! クハソークノ親父随分ト料理達者ニナッタナ!」

「若イ嫁サンノオ陰カ?」

「茶化スナ」


欠伸を噛み殺した後三々五々と広場に集まって来たオーク達が珍しい光景を前に軽口で囃し立て、クハソークが言葉短く彼らを叱る。


「オオイオメエラ! マダ飯ガデキルマデチョット時間アッカラ今ノ内ニ南門ノ武具庫カラ自分ノ武器ト鎧引ッ張リ出シトクダ!」

了解オッキー!」

「今回ハ鎧モシッカリ着ルダヨ!!」

了解オッキー!」


ワッフの指示にオーク達が声を合わせて返事をし、ばたばたと南門へ向かい駆けてゆく。

各門の左右の壁は厚くなっており、その内側が倉庫となっている。

特に南門の倉庫は武具庫となっていて、オーク達の愛用の武器が多く格納されていた。


さらに今回、その武具庫にはアーリンツ商会によりオーク達の防具一式が運び込まれている。

ワッフが言っているのもこれである。


わざわざアーリが鎧を買い集めたのは一般的にオーク族が軽装で戦うことを好むためであり、普段彼らはそれこそ皮鎧程度か或いは一切防具を身に着けないことが多いからだ。


オーク族は戦いを好み、種族全体で戦闘に対するセンスに優れており、敵の攻撃を直感だけで受け、或いは避けるのを得意とする。

またその肉体は頑健で、多少の傷などものともせず相手を打ち倒す。


そんな彼らからすれば鎧など身に着けずとも問題ない、むしろ着れば重くなる分邪魔くさい、などと思う者も少なくない。

まあこれに関しては彼らの防具が主に他種族を襲い奪ったものが主体であり、そもそも鎧などを着る機会自体があまりなかったことと、そうした経緯のせいであまり自分の身に合った防具を身に着ける機会がなかったから、というのも大きいのだが。


「ハハハ! アノ猫イイモン用意スルナ!」

「本当ダ! コリャアイイ! 動キヤスイ!」


アーリが用意した鎧は鎖帷子チェインメイルであり、ガチガチの重武装というよりは軽さと防御力を両立させたものだ。

少しでもオーク達の動きを阻害しないよう腐心したものである。


「ナンカキツクナイカコレ」

「バカ! ソッチハ小サイサイズノヤツ! オ前ノハコッチダ!」

「…ホントダサイズゴトニアルノカコレ。ホホウ」


オーク族は人間族から見て巨漢の者が多いため、アーリはかなりサイズの大きめの防具を、さらに村のオーク達の大きさごとに何段階か用意させていた。

いつも間に合わせで着ている敵兵を殺して奪った防具と異なり、なるべく体にフィットさせようという試みである。


無論普段の戦いならオーク流のやり方を踏襲してもらっても構わない。

だが今回に限っては話が別だ。


なにせ今回彼らが求められているのは城に籠って相手を撃退する、いわゆる『籠城戦』なのである。

城壁の上から相手を登らせまいとしたり、相手の縄梯子を切って回ったり、そうした城を守りながらの戦いは、どうしだって一か所に留まり死守する、といった戦術が必要となる。


必要に応じて逃げたり避けたりするような戦い方は、一か所が突破されたら終わりという籠城戦に於いては許されていないのだ。

そうなればオーク族といえど。ある程度防御力を重視せざるを得ないのである。



「鎧着テ飯食エバスグニ動ケル。コッチハ問題ナイ」



南門から次々に戻り、大鍋から盛られた肉のたっぷり入ったスープに舌鼓を打つオークどもを指差しながらラオクィクが答える。


「わかりました。準備が整ったら城壁の上にあげて」

「…サッキ居館カラ出タ連中ガ慌テテ上ニ行ッタナ。村長マデダ。ナニガアッタ」


ラオクィクに問われ、エモニモは小さく深呼吸してから答える。


「外に騎士団が来ているのですが…」

「ソレハ知ッテル」

「それとが率いる軍隊が交戦中のようです」

「………ハァ?」


ラオクィクは…思わず怪訝そうな声を上げてしまった。





そして…その後正体を知り目を剥き出しにすることとなる。


 




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