第287話 大丘到達

「お、お待たせしたでふ」

「それじゃあ! 最後のお仕事をしに出発しましょー!」

「ばうばう!」


村の外、藪の中。

ネッカと共にコルキに跨ったミエが、リーパグ率いるオーク達と共に村を出る。

コルキが人を襲わないことははっきりしているけれど、なにせどこからどう見ても魔狼である。


この世界の住人は人型生物フェインミューブの血肉を喰らった肉食獣…即ち『魔物』に強い拒絶感を抱く。

流石に旅人や行商人の目もある外村で魔狼に跨る村長夫人の姿を見せるわけにはゆかぬと、こうして外で待ち合わせしていた次第である。


「だいぶ慣れたみたいですね」

「は、はいでふ。ほんの少し…ちょっと…まだだいぶ苦手でふけど…」


おっかなびっくりしながらミエの胴に手を回ししがみつくネッカ。

ドワーフは伝統的に乗馬が得意ではないのである。

まあ今回の場合そもそも馬ですらないけれど。


「外から見るとだいぶ進んでるように見えますねえ、あの壁」


村から離れつつ、ミエとネッカが背後を振り返る。


「そうでふね。ここ数日はびっくりする速度で積み上がって見えるでふ」


クラスク村の周囲には以前と異なり『城壁』と呼べる規模の石の壁が組み上がり、急速に上に伸びつつあった。

なにせ先日の祭りのお陰で必要な石材はほぼすべて村付近に運搬済みであり、あとはこれを並べてゆくだけなのだ。


つい先日まで大量に残っていた未搬の石材の多さを嘆いていたリーパグは口をあんぐりとさせつつも、クラスクの手腕に改めて感心し、感動し、より一層敬意を募らせたようだ。


今や村の周りは戦場が如き様相を呈し、図面を片手に村の周りをぐるぐると回るシャミルはまさに目を回すような忙しさとなっている。


外からは一見するとわからぬが、彼女の図面はミエの要望を取り入れつつ、壁の内側…即ち村内にも伸びていた。

村の中心部にも手を入れ、中央に空間を作りつつ村人たちの家をより外へと押し出してゆく。

職人たちの家は内装なども色々手間がかかっていて移築は大変だったけれど、色々と相談に乗って条件交渉などを行いなんとか了承を取り付けた。


ここで物を言ったのがこの村のシステムである。

この村の土地で個人所有のものは一つたりとも存在しない。

いや正確に言えばすべてが族長かつ村長であるクラスクのものである。

他の村人が住んでいる家は、場所は、全部彼から土地を借りているに過ぎないのだ。


ゆえに土地関連で揉めても為政側が圧倒的に有利に話を進めることができるのである。


「…ノハイインダケドヨ」

「ハイなんでしょう」


鋤を担いだリーパグが馬上のミエに語り掛ける。


「モウ必要ナ石集マッタハズダヨナ」

「そうですね。城壁分はもう十分にあると聞いてます」

「採石場ダイブ遠クダヨナ」

「そうですねえ」

「俺達村ノオ偉イサンジャン?」

「…そうでしたっけ?」

「ソコハ自覚シロヨ!」


トントン、と鋤で肩を叩いたリーパグが首をこきりと鳴らす。


「流石ニモウヤル意味ネーンジャネエノ?」

「そこはまあそれ、

「アン…?」


そんな会話をしながら村の南西方面へと向かう。

彼らが到着した場所は…多島丘陵エルグファヴォレジファートの麓近くであった。

以前ミエとシャミルが見分した湿地帯のほど近くである。


大丘ポーゴックジャネーカ。兄貴コンナトコカラアノ石運ンデキテタノカ…」


呆れたような感心したような声を出すリーパグ。


「じゃあさっそく石材を作っちゃいましょうか!」


馬から降りたミエが、元気よく声を上げた。



×        ×        ×



「ハァ、ハァ…」


オーク達が荒い息を吐いている。

慣れた手つきで泥をしきり、石材に変えた彼らはミエの指導の下その石材を全部拾っては横に積み上げた。

いつもは底に置いたまま丸太などに乗せて転がし運ぶのだが、今回はなぜか少し手順が違う。


「デ…コレドースンダヨアネゴ。今カラ村マデ運ブノカ?」


重労働の後、荒地に大の字になりなったリーパグが脇に放り捨てた石材を指差しながら尋ね、配下のオーク達がうへえと何とも言えぬ表情を浮かべた。


「いえそれはそのままでお願いします。今日の本題じゃないですし、もしかしたら使

「ウン……?」


リーパグにはミエが何を言っているのかよくわからなかった。


「じゃあオークの皆さんお疲れ様です。そこでちょっと休憩しててくださいね。あネッカさんは私と一緒に。ささコルキの背にどうぞ」

「? …どこかに行くんでふか」

「はい。ちょっと丘の上まで」

「わふーん…?」


ネッカもミエの言葉の意味がよくわからず首を捻る。

コルキがネッカの口癖に「なかま? なかま?」と言った風にこちらを見つめ尻尾を振っているので慌てて首を振った。


「わっふううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!?」

「ヘッヘッヘ…ばう? ばうー?」

「だだだだだだだだからちちちちがいまふうううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!??」


コルキの背に乗りかなり急斜面な崖を駆け登る二人。

ミエにとっては慣れたものだがネッカにとっては初体験であり、騎乗が苦手な彼女にとっては正直生きた心地がしない垂直の旅であった。


「さ、とーちゃーく! しゅた!」

「ハァ…ハァ…ちょ、ちょっと息を整えさせてほしいでふ…ハァ、ハァ……!」


崖上に辿り着きコルキの背から軽々と降り立つミエ。

真っ青な顔で転げ落ちるようにして地べたで大の字になるネッカ。


「すいません! 大丈夫でしたか?」

「こ、今回は……ハァ、ハァ……わ、割とだいじょうぶではなかったかもでふ…」

「やっぱり特注の鞍作ってもらった方がいいですよねえ」

「ハァ…そういう、もんだいじゃ、ない気が、するでふ……」


ネッカ渾身のツッコミを、だがミエは腕組みをして首を捻りながらスルーする。


「でもトッレさんにコルキ見せるのはまだちょっと早いかなー…」


トッレは最近村に来た女性の鞍師である。

ちょうどオーク騎兵隊を作りたくて、だが鞍が足りなくて困っていたクラスクが村のオーク達と縄張りを巡回していた折、たまたま縄張りの境界付近で荷馬車を襲っていた山賊どもを蹴散らした際、その荷馬車に乗り合わせていた娘である。


彼女は服飾職人たるエッゴティラや木こりのホロル同様職能を身に付けながら職人ギルドの差別意識により仕事を得られず、クラスク村の噂を聞いて様子を見に来る途中であった。


仕事は欲しい。でもオークは怖い。

だからとりあえずどんな村か見学だけして帰ろう。

そんな気持ちで馬車に相乗りしたところ不運にも山賊に襲われ、そこをクラスクら一行に助けられたわけだ。


そして…なんというか、その際彼女を全力で庇い、護り、見事目の前の山賊を撃退した若いオークに、一目惚れしてしまったのである。


村はオーク族に足りない職人技術を常に求めている。

いつもなら職人を増やす代わりに男性人口を増やすかどうかで揉めるところなのだがそれが女性というなら話は別だ。

その上オーク族と結婚してもいいなどという奇特な者がいるなら諸手を上げて大歓迎というものである。


オーク族の風習から考えても最も活躍したものがとなって一番いい取り分を取るのが習わしであり、そして襲撃に於いてもっともいいは、子供を産める若い女性である。

そういう意味でもその若いカップルは文句のつけようがなかったのだ。


「ふわあ…!」


ネッカがようやく気分が落ち着いて身を起こしてみれば、少し先、崖の向こうに広がっているのは巨大な盆地、なかなかにお目にかかれない絶佳である。

彼女はしばし時を忘れてそれを魅入っていた。


「綺麗ですよねえ」

「はいでふ…」


しばしただその美しい光景を魅入る二人。


「…さて、夕方まで景色を眺めててもいいんですけど、さっと仕事しちゃいますか!」

「仕事…でふか?」

「こっち来てください、こっち」


ミエに手招きされるがままについてゆくと、そこには川が流れていた。

緩い傾斜に沿って崖の上の平らな場所を南方に向けて流れている。


「この川が…なんでふか?」

「ネッカさん地面を泥に変えられるじゃないですか」

「はいでふ」

「それを使ってですねえ、ここからあっちの崖の方まで一面泥にできますか? いつもより底を深くして」

「わふ…?」


しばし固まってミエの言葉の意味を考えていたネッカは、だがその魔導師として認められた知性からすぐに解を導き出した。


「あ、あの、も、も、もしかして…」

「はい! !」


ミエの差し示した掌の先に…先程まで見入っていた大盆地が遥かに広がっている。

そして延々と石材を運び出してきた採石場跡が…大きく弧を描きながら崖下から遥か盆地の先の小さな村まで、そしてさらにその先まで伸びている。





……まるで、川のように。






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