第284話 せわしなき街並

「エッサ、ホイサ!」

「エッサ、ホイサ!」


あのオーク共の祭りから数日…村はせわしない喧騒に包まれていた。


競技にかこつけてオーク達に運ばせた大量の石材が村の横に積まれており、それがシャミルの指示の下村の周囲に次々と並べ積み上げられてゆく。

まさにで、城壁が上に伸びてゆくのを村人は目撃することとなった。


「食い逃げ…ですか?」

「ええ、まあ…」


そんな中、村長夫人ミエは困り果てた衛兵に呼び止められ詰所までやってきていた。


二人の名はライネスとレオナル。

元翡翠騎士団第七騎士隊の一員であり、元農民の出であることを活かして現在は衛兵業務の傍ら村の農作業の指導などにも精を出しており、今や村にはなくてはならない人材となっていた。


「いやなんつうかちょっと埒があかないっつーか判断にこまるっつーか…」

「ちょうど副隊ちょ…じゃなかった衛兵隊長が外回りに出てるもんでどうしたもんかと…」

「いやまああと1,2時間もすりゃあ帰って来るんでそれまで待たせてりゃあいいんですけどね…」

「いえ些細な事でもすぐに解決するに越したことはありません。案内してくださいな」

「いやホントすいません…」


頭を掻きながら恐縮する二人に案内されながらミエは村の中心部へと向かう。


ちなみに現在村の中の建造物の再配置などを行っており、衛兵詰所も一旦立ち入り禁止になっている。

従って臨時の詰め所が木造で設けられており、かなり吹きっさらしな…いい意味で言えばオープンな造りとなっていた。


「あら、あの人は…?」


その詰め所で衛兵たちに囲まれているのは、ミエにも見覚えのある人物であった。


「いやーはっはっは! 参った参った! まさか全財産食べ尽くしていたとは! はっはっは!」


高笑いしているそのやけに筋肉質かつ肉感的な女性は、確か先日肉肉祭りの際に制止の縄を飛び越えてオーク達の徒手格闘ムキィクルコヴフを見学していた人物のはずである。


「しかし私が旅の路銀まで全て費やしてしまったのはこの村の肉料理が旨すぎるからであって…」


詰め所に到着したミエと視線が合った彼女は、無邪気そうに二カッと笑った。


「つまりはまあ、この村のせいと言えなくもない。うむ。私は悪くないぞ。たぶん」


そしてまた愉快そうに笑う。


「さっきから万事こんな調子で梨のつぶてと言うか泥に釘と言うか…」

「あ、そこぬかじゃないんですね…」

「ヌカ? ヌカってなんすか」

「あいえこっちの話で…」


ライネスとレオナルを目線で下がらせ、テーブル越し、彼女の向かいに座る。


「ほう、なかなか肝の座った御仁だ。只者ではないな」

「あったりまえだ。うちの村長夫人のミエ様だぞ」

「村長夫人! ということは…あの巨漢のオークの…?」

「はい。クラスクは私の夫になります」

「なるほどなるほど。あの村長殿、随分とだとは思ったがその妻女もまたなかなかの才媛と見ゆる」


ほうほう、ふふむとミエを頭のてっぺんから足先までじろじろと見つめる。

なんだったらテーブルの下からミエの下半身まで覗き見てつぶさに観察し始めた。

これが男性だったら痴漢と言われてもおかしくない不躾さである。


「こら! そりゃさすがに失礼だろぉ?!」


あまりにもあんまりな彼女の所作にライネスが武器に手をかけそうになるが、ミエがそれを視線で制して首を振る。

その女性の態度は確かに無遠慮ではあったが、ミエはその所作に一切に悪意も害意も感じなかった。


その女性は単に思ったことをそのままやっているだけなのだ。

直観的と言うか野性的と言うか…そのあり方は人間でありながらむしろオーク族のそれに近いとミエは感じた。


しかし一体何者なのだろうか。


種族は見たところ人間族で、体躯は必ずしも大きいとは言い難いが全身にみっしりと筋肉がついている。

栗毛の髪は首の後ろ辺りまでしか伸びておらず、左右に跳ねていてあまり手入れされた様子がない。

そして全身についている傷痕。

詰所の奥に置かれているのは彼女の剣だろうか。


となれば…彼女は戦士か傭兵あたりと考えるのが妥当だろうか。


「ゲルダさん知ってるかな…」

「え? あたしがなんだって?」

「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


唐突に背後から話しかけられてあわあわと慌てるミエ。


「え? あれ?! なんでここに?!」

「なんでってここは往来じゃねーか。うちのオークどもを雇った隊商をたった今送り出してきたとこだよ」

「ああ……」


納得するミエの上から詰め所を覗き込んだゲルダは…その筋肉質の女性と目が合った。


「おお、ゲルダではないか」

「うお?! お前は…!?」


感心したような顔の女性、驚いた表情のゲルダ。


「ゲルダさんゲルダさん。御存じなんですか?」

「ああ。傭兵時代の知り合いだ。ま、所属してたトコは違うが…」


頭ぼぼりぼりと掻きながらゲルダが答える。

そんな二人の様子を興味深げに眺めていた女性は…


「ほう、ほうほう。二人が知り合いとはこれはなかなかの合縁奇縁。しかしゲルダ。しばらく見ぬうちにまた随分と小奇麗になったものだな。見違えたぞ」

「そりゃどうも。誉め言葉と受け取っとくぜ」

「無論だ。褒めている」

「そういうお前はあんまり変わらねえな、ティル」

「それはそうだろう。衣服や化粧に金をかけた覚えはないからな」

「ホントにあの頃と同じ服かよ!? 流石に替えろよな!?」


ゲルダにそこまで突っ込まれるとは相当である。

ミエは妙なところで感心する。


「ええっと…ティル、さん?」

「うむ。渾名あだなだがな。我が名はティルゥ。ウレイム・ティルゥだ」

「『白刃ウレイム・ティルゥ』! カッコいい二つ名ですね!」

「ハハハそう言ってもらえると嬉しい。本名はもう忘れたのでこれが私の名と思ってもらって結構。呼びにくかったらゲルダのようにティルで構わん」


その女性…ティルは爽やかに自己紹介をする。


「で…ティルさんはどういったいきさつでこんなことに…?」

「ウム。傭兵から足を洗って気の向くまま足の向くまま方々を旅して廻っていたのだが、旅先で吟遊詩人から面白い村の話を聞きつけてな。なんとオークが作った村だというではないか。そんな珍しいもの見学せずにいられぬだろう? でいざ訪れて来てみればなんと祭りの真っ最中。見学にも応援にも熱が入ってつい肉串と酒と肉皿と…と平らげていたらどうやら知らぬ内に次の村へと赴く路銀まで使い込んでしまっていたらしく、気づけば無銭飲食と相成った次第。ハハハハハ」

「笑い事じゃねえっすよ!」

「それもそうだ。せっかく村の者があんなに美味くなるまで丹精込めて育てた家畜を盗人のように食い荒らしたとあっては私の沽券にも関わる。だがない袖は振れんのだ。うむ困ったな…」


ううむと腕を組んで考え込む。

なんとも素朴で朴訥な女性である。


「…ゲルダさんゲルダさん」


ミエがちょいちょいと手招きするので顔を近づけるゲルダ。

そんな彼女の耳元でミエは小声で尋ねた。


「あのー…この人はお強い方なんです…?」

「あーそうな。つえーっちゃやたら強いと思うぜ。男の中に放り込んでも遜色ねえし、人間族にしとくのは惜しいくらいだ」

「へー…で、見たところいいひとっぽいですけど…?」

「それも間違いないな。太鼓判押してもてもいい」

「なるほど…?」


ぽくぽくぽくと考え込んだミエは、だがすぐに結論を出した。


「ではこうしましょう。ティルさんが食べた料理の代金は私はお支払いします。ライネスさん、レオナルさん、後でお店の方にこちら払っておいてください」

「「ヘーイ」」

「なんと!? 私の代わりに代金を? そなた神か」

「いえさすがに神様とかではないですけど…」

「いやしかしミエ殿。私には貴女にそこまでしていただくだけの義理がない」


恐縮するティルにミエが微笑みかける。


「義理と仰るならかわりに少し言い遣って頂けないでしょうか」

「む? 何かの用事か?」

「はい。この村は今絶賛人手不足。ここの衛兵隊に入って村の見回りなどをしていただければとても助かるのですが…」

「見回り…?」


ティルはミエの要請を聞いて腕組みをして考え込む。


「…要は村の散歩をすればいいのか?」

「さ、散歩…? まあそうですね。でも例えば乱暴をする人がいたらそれを止めたりとかですね」

「それは当たり前ではないのか? ただの散歩と変わらんだろう」

「あとは困ってる人がいたら助けてあげたりとか…」

「それも当たり前の話だろう。やはりただの散歩と変わらんな」


ミエが眉根を顰めてゲルダの方を見上げると…


「こーゆーやつなんだ」


ゲルダがは肩をすくめながらそう答えた。


「ならつまりその散歩と言う事で…」

「なんと。食事を建て替えてくれた礼が村の散歩だけでいいとは…元々この村に興味があったのだし渡りに船だが。それだけでいいのか?」

「はい! もちろん! あ、あとこちらがお給金になります」


ミエに額を提示されたティルは、そこで初めて目を丸くする。


「なんと? 散歩するだけで金がもらえるのか? …そなた神か」

「いえ神様ではないですけど…」





こうして…村全体が忙しい中、妙な女戦士ウレィム・ティルゥが衛兵隊に加わった。





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