第283話 祭りが終わって

ネッカがその魔導術によって作り上げた採石場…その一番遠い場所からこの村まで凡そ8ニューロ(約12km)

そこから村まで、各々小さな荷車を引いて石材を運んでいる。


石の大きさはどれもきっかり底辺1ウィールブ(90cm)四方、高さ2ウィールブ(180cm)。

それだけ聞くと大したことがなさそうに聞こえるが、このサイズの石材なら3~4トン程度の重量はあるはずで。つまりはまあ相当に重い。


その超重量の石を、これまでの競技のように力を合わせてではなく単身で引っ張ろうというのだ。

いくら車輪がついている荷車とはいえ相当きついはずである。


だが彼らは村へと向かっている。

それも結構な速度で。


互いに競り合いながら相手に負けじと怪力に任せて荷車を引いてゆく。

流石に参加者の殆どがオーク族の各部族の長たちだけなことはあるというものだ。


「さーどんどん村に近づいてきます! あの大きな石を背後に引き摺りながら! 一歩! 一歩! でも着実に! 村に向かって近づいております!!」


ミエの実況にも自然熱が入る。

盛り上がる観客一同。

飛び跳ねる村のチア娘達。

怒号を上げ興奮する各部族のオークども。


「信じられません! なんという怪力! 私などではどんなに力をこめてもびくともしないあの巨石を選手たちはたった一人で! 皆さん! 村へと帰って来た選手たちに盛大な拍手を!」


ミエの言葉に観衆たちが総立ちとなり、万雷の拍手を浴びせかける。

そしてその中で先頭を走っていたのは…


「旦那様! 旦那様です! じゃなかったクラスク選手! クラスク選手が旦那様です! じゃなかった! 旦那様が先頭です! じゃーなーくーてークラスク選手が旦那様で先頭ですってば!! え? これもちがう?!」


どっと湧く観客。

ミエの駄々洩れな本音が受けたらしい。


「もーやめ! 実況やめ! やめです! もう全員見えてるからいいですよね!? ってことであとは皆さんでそれぞれ推しの選手を応援してください!! 私も応援しまっす! だんなさまー! だんなさまー! がんばれええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!!」



さてミエのスキル≪応援≫のレベルは相当に上がっている。

もはや対象が個人であるならば、クラスク以外を応援しても相当な効果を上げることは先刻のラオクィクの徒手格闘ムキィクルコヴフの部での優勝を見ても明らかだ。


その応援を、特定の個人に…≪応援/旦那様(クラスク)≫の対象であるクラスク当人に向けて行えばどうなるか…答えは火を見るよりも明らかであろう。


クラスクの荷車を引く腕の力がめきめきと強くなる。

全身に筋肉が漲り、見てわかるレベルで肥大してゆく。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


雄叫びを上げたクラスクは…

まるで重荷などないかのように荷車を引っ張り、猛烈な速度でゴール地点を突っ切った。


「やたっ! やりましたっ! 優勝! 旦那様ー! 旦那様がクラスク選手で優勝でー! おめでとうございまーす! きゃー!!」


もはや公人そっちのけで個人的応援に終始するミエ。

だが村の者は誰も気にしない。

ミエが亭主の事を放っておくことなどできないことを誰もが知っているからだ。


「ハー、ハー…ハァァァァァァァァァァァァァァッ」


クラスクに遅れてゴールに到着した東山族長の『虎殺し』ヌヴォリは、激しく息を吐きながらバキバキになった肩を回す。


「コウナンダ…オマエノヨメ? アノ女ノ声ハスゴイナ…」


勝者を讃え、素直に感心する。

オーク族は羨むことはあっても嫉妬をあまりしない種族性なのだ。


「…俺モそう思ウ」


クラスクはなんとも実感の籠った声でそう呟いた。

ミエの声に力をもらって、それで今日まで何度助けられてきただろうか。


積み上げられた城壁の上でぴょんこぴょんこと危なっかしげに飛び跳ねる妻を見ながら、クラスクは心の底から感謝した。



いつの間にやら、クラスクの周囲にオーク共が集まっている。



「オ前ガ一番ダ」


西谷ミクルナッキーの族長、『獰猛』のスクァイクがそう告げた。


「今年ハナ! 次ハ負ケン!」


東山ウクル・ウィールの族長、『虎殺し』ヌヴォリが対抗心を剥き出しにして指を差す。


「イヤあ最後の競技見事デシタ。感服しきりデす。ハハハ」


自分は参加せずに高みの見物と洒落込んでいた北原ヴェクルグ・ブクオヴの族長代理、ゲヴィクルが爽やかに笑う。


「サア、


そしてその中の最高齢、西丘ミクルゴックの族長『蹂躙』のスギクリィがそう告げて…

彼らと、そしてそれ以外の小部族の長達が集まってクラスクの腕を取り高々と掲げた。


彼らに促されたクラスクは小さく頷くと…大きく息を吸い込んで、建てかけの城壁が崩れんばかりの大声で雄叫びを上げた。


「このクラスクが! 肉肉祭りの終了を宣言すル!!」

「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」」」


クラスクの声に合わせオーク達が一斉に叫ぶ。

びりびり、びりびりと大気が震え、聞いていた者達を震撼せしめた。


なにせ他の種族がオーク達のこんな雄叫びを聞くのは襲撃や略奪を受ける時か彼らと戦をするときくらいなのだ。

つい物騒な予感を感じて身構えてしまうのは当たり前と言えるだろう。


だが今回その後に響いたのはオーク達の歓呼の声であった。


全員で騒ぎ、笑いながらこの祭りで活躍したオーク達の背を叩き、もみくちゃにする。

クラスクや他の族長達もたちまち囲まれ、オーク達の肉の海に飲み込まれた。



…オーク達は普段不愛想で、不機嫌そうで、何を考えているかわからず不気味な印象がある。



だがこの村に初期からいる者達は知っている。

オーク族は酒を好み、仲間内の取っ組み合いで盛り上がり、太鼓のリズムに合わせて踊る。

彼らには彼らの素朴な楽しみがあり、原始的な文化があるのだ。


ただそれはこれまで他の種族に一切知られることはなかった。

オーク族から向けられた敵意とその受け入れ難い習性のせいで、彼らの習俗を学ぶ機会がなかったからである。



だからそれは大きな一日だった。

その祭りは多くの者に示したのだ。

オーク族の習俗を、文化を、そしてを。



そう…彼らと手を取り合える未来をイメージできるだけの可能性を、この祭りは感じさせたのだ。



この村にはアーリンツ商会の方針で多くの吟遊詩人が集まっている。

彼らにとってこの祭りはこれまで殆ど明らかになっていなかったオーク族の風習を、性質を、そしてを知る絶好のイベントとなった。


この祭りの後、この村を出た彼らが謳い、語り、そして伝えてゆくだろう。

この村の事を、この祭りの事を、そしてこの地に住み暮らすオーク達の事を。



こうして祭りは大盛況のうちに終わって…

そして、村の周囲にはうずたかく積み上げられた石材だけが残った。





そう、城壁として積み上げるべき大量の石材である。




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