第282話 ラオクィクの奮闘
「さー盛り上がってまいりました! 残す競技もあとわずか! 応援席の興奮も最高潮です!」
積みかけの城壁の上で、サフィナの魔術によって遠くまで声を届けることができるようになったミエがオーク達の筋肉の祭典を実況している。
そしてそれに負けじと大歓声を以って応える観客たち。
村人も、旅人も、旅の商人達も、皆このイベントに大いに湧いていた。
「頑張れ頑張れラオクィク様!」
「頑張れ頑張れラオクィク様!」
「「そーれ!」」
民族衣装のような装束を纏った村娘達が、
特に両手にそれぞれ麦の穂や鈴なりに実をつけた木枝を玉房のように持った女性達が飛んだり跳ねたりはしゃぎながら応援する姿は実に見応えがあり、自分達に向けられた応援でないというのに他部族のオーク達にも大好評であった。
チアなど用いるポンポンの先祖のようなものだろうか。
「…なんかアイツが応援されてると腹立つな」
「同感です」
それを応援するでもなく野次るでもなく眺めているのはクラスク村護衛隊の店主ゲルダと村の衛兵隊長エモニモの二人。
言わずと知れたラオクィクの夫人たちである。
「こりゃあれかな。やっぱ嫉妬って奴かな」
「ぐ…っ! こう、なんでしょう、それを認めるのは
なんとも苦々し気な口調でそう告げるエモニモの頬は、けれどそれを認めているかのように朱に染まっている。
「だよなあ。フツーなら村の連中が応援してくれてんだから喜ぶとこだよなああたしら」
「相手も相手ですしね…」
現在
ラオクィクは現在対戦相手に大苦戦中である。
それもそのはず、彼の対戦相手の名はスギクリィ。
『蹂躙』のスギクリィと呼ばれる
「あーっとラオ選手鋭い足払いにバランスを崩したー! そしてそのまま引き倒されるー! 素早く上に乗らんとするスギクリィ選手! これは決まったかー!」
ミエのノリのいい実況に観衆が湧き、クラスク村の娘達が悲鳴を上げる。
「くぉらラオお前ー! 負けたら承知しねえかんな!」
「………がんばれ、がんばれ…!」
腕を振り上げ大喝するゲルダと、そっけない風を装って小声で呟くエモニモ。
応援するにも色々その作法は違うようだ。
「私としては! 主催者側の立場上どちらかに肩入れすることはできないのですが! やはりうちの村の選手を応援したくなるのは人情というもの! というわけでちっちゃい声で…ガンバレ!」
サフィナの〈
その≪応援≫の効果は絶大だった。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「ナニィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!?」
ラオクィクが己の上に馬乗りとなり今にも勝利を確定せんと拳を振り上げたスギクリィの腰を引っ掴み、気合と共に横に薙ぎ倒す。
そして同時に素早くその長い脚で相手の腹をまたぎ、その上に跨った。
いわゆるマウントポジションの完成である。
「おーっとラオ選手逆転! 相手の上に跨った! 跨りました! そしてそしてそのままー…おや? あーこれはもしかして…ギブアップ! ギブアップです! スギクリィ族長これは勝てぬとみてギブアップ―! ラオクィク選手優勝! 優勝です!!」
中腰になったラオクィクが西丘の族長に手を差し出し、助け起こす。
わっと大歓声を上げる観衆。
そしてスギクリィがラオクィクの腕を掴んで高々と掲げると、割れんばかりの歓声が轟き拍手が打ち鳴らされた
「よし…よしっ! よっしゃ!」
「……………………………っ!!」
こぶしを握り締めガッツポーズを取るゲルダと、無言のまま身体を震わせはあああああああああああ……と深く安堵の溜息をつくエモニモ。
若いオーク達にもみくちゃにされ、同輩たちとハイタッチしながらオークどもの肉の壁を潜り抜けたラオクィクは、彼らを片手で制し妻たちのところへとやってきた。
「よう、やったな!」
「アア」
ぱあん、とゲルダと手を打ち合わせるラオクィク。
「オ前達ノ声聞コエタ。ミエノアネゴノ声モダ。アレガ力クレタ」
「~~~~~~~もう、汗だくじゃないですか、みっともない!」
頬を染めたエモニモは村特製のタオルを取り出してラオクィクの体を丁寧に拭いてゆく。
が。その低身長ゆえ上の方には十分に手が届かず、背伸びをしてぷるぷると震えた。
そしてゲルダがタオルを受け取り替わりに拭いてゆく。
彼女にしては珍しい光景である。
実際応援が彼に力を与えたのは間違いない。
妻の声援によって奮起したのも確かだろう。
特にミエの≪応援/個人≫は確実に実益を与えている。
なにせひたすらに他人の応援をしているミエである。
スキル≪応援/個人≫はクラスク相手でなくとも相当な効果を発現するようになっていた。
≪応援/ステータス上昇≫の効果は上級に達しているし、応援により上昇するステータスの種類も増えている。
単なる士気の向上だけでなく、これがあってこそ成し遂げられた逆転劇ともいえる。
「いやそれにしてもよその族長に勝つなんざなかなかやるじゃねーか」
「イヤスギクリィ殿ハ結構ナ年ダシナ。ダカラ最後ノ競技ヲ断念シテコッチニ来タ。スギクリィ殿ガモット若カッタカ、スクァイク殿ガ参加シテタラ勝テナカッタカモシレン」
『獰猛』のスクァイクは
獣のように四つ脚で戦うとも言われており寝技も得意で、クラスクですら
ただ…彼は現在別の競技に参加しているためこちらに出場することができなかったのだ。
「ま、なんにせよ勝ちは勝ちだ! うちの村の強さも示せたし、上々の結末じゃねーかな!」
「…ソウダナ」
上には上がいることをラオクィクはよく知っている。
幼い頃互いに競い合っていたはずだったクラスクは、気づけばはるか先を歩いていて、その歩調を以前よりさらに早めている気すらする。
けれど…もう追いつけないとしても。
隣に並ぶことができないとしても。
それでも彼の背を追うことはやめまいと、ラオクィクは決めていた。
年齢差や徒手のみという限定付きであっても他部族の族長に勝利したという事実は変わらない。
それが少しでも自信となって、彼の背を追う力になってくれるかもしれない。
ラオクィクは少しだけ拳を握り締め、己自身に小さく肯いた。
「さあていよいよ最後の競技です! その選手たちが村に戻ってきています! ご覧ください!」
ミエの声と共に観衆の声が向きを変える。
村の南西部から村目がけて、オーク達が全力で走っていた。
その背後にある石材を積んだ荷車を一人で引きながら、である。
「
観客の声が一層大きくなる。
肉肉祭りの最期の競技が…今まさに最高潮を迎えようとしていた。
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