第281話 気の合う娘たち

「へぇー…へぇー! これをオーク達に作らせたのか! すげーな!」


次女のリュットがミエに案内されながら感嘆の声を上げる。


「作らせたというか、ここに決めたのは旦那様ですけど…」


ミエの言葉を後ろ手にしながら聞いているリュット。


かー。そういうのはうちはあまり実感ないっつーか」

「ああ…妻問婚ですものね」

妻問婚ワイリガー・ネラエッツォ?」

「あ、はい。昔の婚姻形態の一つでですね…」


ミエは簡単に妻問婚の仕組みを説明する。


「…うちのだな」

「そうかも…」

「まあ、昔からあった様式だったんですねえ」


三姉妹が顔を見合わせる。


「ゲヴィの奴自分で考えたなんて言ってたくせに…」

「思いついたのは本当じゃないですかね。ただそれ以前に同じ方式がたまたまあっただけで」

「ふ~ん…」


首をコキっと鳴らしながら次女のリュットが大きく伸びをする。


「しかしその妻問婚ワイリガー・ネラエッツォてのはそのー…なんだ」

「はい?」

「こう…えーっと…」

「女性上位、って言いたいのかしら、リュット」

「そうそうルミュ姉ェそれそれ! それ! 昔はそうだったんだよなー…なんでなくなっちまったんだろ」

「う~ん…私も詳しくは知らないですけど…だいたい戦争のせいじゃないですかねえ」

「「「戦争…?」」」


ミエの言葉に姉妹が首を捻った。


元々夫婦などという概念がなかった頃は、男女は好きな時に好きな相手と交わって子を作っていたと思われる。

いわゆる共同婚と呼ばれる形式だ。


…乱交とも言う。


だがそんな状態であっても子供は母体から生まれるし、父が不明母が確定となれば当然子供は母親の下で育てられる事になる。

赤子を育てる母乳も母親が出すのだから当然と言えば当然の帰結だろう。


「そうなれば…子供が母親に懐いて母親の言う事を聞くようになるのは当然じゃないですか。まあ宗教的に神様が自分の似姿で種族を作った時点で婚姻が既に制度として成立していたとかなら話は別ですけども」

「たし

 かに」


ミエの説明にほほうと頷くリュット。


「でも争いや戦が起こるとどうしたって力の強い男の人がリーダーシップを取りますから、そうすると自然男性が人を、つまり兵を集めるための『家』が必要になってきて、母親…というか妻ですね、それを自分の家に住まわせるようになります。これが嫁取りです。なので戦が終わらない限りこの風潮はなかなかかわらないでしょうね」

「ほほーう」

「わあー…」


顎に手をやり幾度も頷く次女リュット。

ミエの流暢な説明に瞳を輝かせる末妹クロネ。


「まああくまで仮説ですよ仮説? あまり真に受けないでくださいね?」


なにせ神様が直接己の種族を作ったことが確定している世界である。

ミエの言っていることが完全に的外れな可能性だとて低くはない。


さらに言えばミエはわかりやすさ重視であまり突っ込んだ話は避けていた。

女性が財産を相続する、いわゆるの国や時代であっても、別にであるとは限らない。

そういう制度下であっても実権が母方の夫にあることも珍しくないのだから。


「すごいです…おくわしいんですねっ!」

「あー…だからですねー…」


クロネの尊敬のまなざしを面映ゆく思いながら微笑むミエ。

なんとなく話題を逸らそうとして気になっていたことを尋ねてみる。


「あー、そういえば、皆さんてすでにご経験済みー……ですよね」


途中まで言いかけて、全員が真っ赤になってもじもじとし始めたので最後まで言わずとも答えは分かった。


「それじゃ、その、お子さんはもう?」

「おお、ルミュ姉ェが二人、私が一人。クロネはまだだな」

「おおー」

「そういうミエちゃ…ミエさんは?」

「別にちゃん付けでもいいですよ? イヤじゃないですし」


リュットが「ほれみろー」といった感じの得意げな顔をルミュに向けるのを微笑ましく見つめながら、ミエがちょっと頬を染めて答える。


「ええっと…三つ子でした…」

「「「きゃーっ!」」」


三姉妹が一斉に黄色い声を上げ、ミエの耳をますます赤くさせる。


「どうでした? どうでした?」

「どうでしたって…ルミュさん、その、どういう…」

「痛くなかったですか?」

「痛く? あ、いえどちらかというと気持ちよく…」

「一人っ子でもお腹相当膨らみますよね? 三つ子だなんてそんな…」

「ふぇ、出産の話ですか!?」

「え? 違うんですか?」


すぐに互いの誤解に気づき、お互い耳先まで真っ赤になるミエと長女ルミュ。


「あ、ああ気持ちよくってそういう…」

「きゃー! きゃー! ルミュさんいまのなし! なしでお願いします!」


額から湯気を出しながら縮こまるミエ。


「だ、だって仕方ないじゃないですか…旦那様、その、とてもおじょうずですし…」

「まあ…そうですよね、オークの方なんですから…」

「うんまあそこは同意せざるを得ないというか…」

「………………(ぷしゅー」


ミエの言葉に三人が三人とも己の体験を思い返し再び茹でたタコにように赤くなる。


「あ、出産! 出産の話ですよね! えっと私の場合旦那様がオーク族のまじない師を呼んでくれまして、この方がとても腕の良い方で…」

「あ、もしかして西丘ミクルゴックの? えーっと誰だっけか」

「モーズグさんでしょう? 貴女は恩人の名前まで忘れちゃうんですから…」

「そうそう! モーズグさん! モーズグ・フェスレクさんですよね!? 皆さんもお世話に?!」


己の出産に立ち会ってくれたオーク族のまじない師の名が出てミエが興奮する。


「はい。ゲヴィが私達の出産の際に手を尽くしてくれまして」

「いやあの時はほんと死ぬかと思ったわ。すごいよなオーク族」

「ほんとですよねー。オーク脅威のまじない力というかー…」


きゃいきゃいと下らない話で盛り上がる一同。



…ミエはこんな風に楽しく雑談したのは久しぶりであった。



無論ゲルダやシャミル、サフィナとは仲がいいし、よく雑談をするけれど、彼女達とは年がやや離れている。

人間換算で言うならゲルダがだいぶ近いけれど、彼女の場合種族差とこれまでの生活環境…有体に言えばに大きな開きがある。

ゲルダのそれは少々過酷に過ぎていて、ミエには頭で理解し同情することはできても、感情として共感と実感がしにくいのだ。


では村の他の娘達はどうかというと、今度はミエに対する尊敬や畏敬が強すぎて対等に会話すること自体が難しい。


そういう意味で実年齢が近く、種族も同じで、オークの嫁であり、その上この村の運営に一切関わらぬこの三姉妹は、ミエにとって初めての対等に話せる相手なのかもしれなかった。


「…そういえば北原にはゲヴィクルさんと皆さんしか女性はいらっしゃらないんですよね」

「そうだな。そうなる」

「オークが子守りとか難しいですよね。今日はどうやってここに?」

「どうてってそりゃあ…連れて来た」


ミエの質問にリュットが村の中心部を指差す。


「うちの子連れ歩いて見学しようと思ったらほらあそこ、なんか子供を預けるとこがあってさ」

「ああうちの託児所ですね」

「そうそうそれそれ。どひゃーこんな便利なもんがあるのかってなってルミュ姉と驚いてたんだ」

「えーっと…ゲヴィクルさんが頭を悩ませたようにこの村もオークの女性出生率の低さを解決する目的で作られてるので…その、女性の方が快適に仕事できる環境をまず作らないと女性を呼び込めないと思ったんですよね」

「ほーうほうほう。なるほどねー」


ミエの説明にしきりに感心する次女リュット。

両手を合わせ頬を真っ赤に染めて尊敬のまなざしを送るクロネ。


「とても素晴らしい考えだと思います、ミエさん」

「ありがとうございます。そう言って頂けると励みになります!」



そんな挨拶を交わしたあたりで…ミエの自由時間は終わりを告げた、



「おおいミエ、そろそろ競技が再開されるぞ」

「はぁーい! じゃあ皆さん、私はこれで! あ、そうだ、化粧品! 化粧品が御入用ですよね! アーリンツ商会の人に話は通しておきますから! 夕方までに受け取りに来てください! それでは!」


ミエが片手を上げて別れの挨拶に代えシュタっと走り去る。

産後とは思えぬ身体能力だ。



「行っちまったな」

「行ってしまいましたねえ」

「ほわわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


三者三様でミエを見送る三姉妹。

次女のリュットはミエの背中が見えなくなったあたりで…ぐるりと村を見渡した。


「いやしっかしオーク族の女性問題を解決するためっつったって…この規模で作るか? フツー」

「みえさますっごい…っ!」


瞳を輝かせる末妹の頭に手を置いてくしゃくしゃと撫でたリュットは、感心したように小さく息を吐く。


「確かに。こりゃ尊敬できるわ」





オーク達による肉肉祭り…その午後の部が始まろうとしていた。





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