第275話 ミエの奇妙な注文

「オオ…ウオオオオオオオオオオオオオオオ! 間に合ウ! ミエこれ間に合ウゾ!」

「間に合うどころかこれは砦や城壁どころではなく…城が作れるのではないか!?」


ミエの提示した方策に驚嘆するクラスクとシャミル人。

だがすぐにその先について考え始めたのは流石と言うべきだろうか。


「城壁が間に合うなら守備兵は…いやエモニモには騎馬隊を任せタ方ガ…イヤ待テ、そもそも籠城前提ならに人手を割ける余裕ガ…?!」

「待て、待て待て待て。この石材の量を考えると…砦をやめて村全体を覆う城壁に変えて厚みも変更…回廊を付けて上も人を通れるようにして…ううむギリギリまで石材の目処が立った時用にどちらにも移行できる部分だけ最初に作っておいてよかったというべきか…」


無論シャミルには石材が急に増えて城壁づくりが間に合う目処などなかった。

なかったけれど、クラスクとミエならなんとかしてしまうのではないか、という妙な期待があって、小さな砦を作るにしても、大きな城壁を作るにしてもどちらでも行けるような図面を引いておいたのだ。


「ふふん、わしもどうやらお主らにだいぶ毒されてきたようじゃ」

「毒!? 大丈夫ですか!?」

「そのままの意味で取るでない!」


本気で心配するミエを一括したシャミルは、すぐにクラスクの方を見上げる。


「すぐに図面を引き直す。今の作業はそのまま続けられるはずじゃ。その代わりオークどもの村の仕事の大部分を中止して石材の運搬と積み上げに回してくれんか」

「わかっタ。すぐに手配すル」

「ううむじゃがこの分なら引き直す図面はもう少し余裕を持って…」


大幅な予定変更に対し瞬く間に計画を練り上げるシャミルに目を丸くするミエ。

ただ…彼女には彼女の、少し二人とは別の思惑があった。


「あのー…差し出がましいようで申し訳ないんですがー…」

「なんじゃ」

「ナンダ、ミエ」

「はい。二点ほどいいでしょうか」


そしてシャミルが描きかけの図面を見ながらちょんちょんと指を差す。


「まずここを空けて欲しいのとですね」

「む、村の一等地…の隣接地域ではないか」

「ですです。あとシャミルさん、この方式なんですけど…しません?」

「「……………………?」」


ミエが描いた線の意味を、シャミルとクラスクは最初理解できなかった。


「どういうことじゃ」

「つまりですね…」


ミエはひそひそ声で自分の考えを告げ、そしてクラスクとシャミルの目が真ん丸に見開かれた。


「な…なんじゃと…?!」

「…できます?」


ミエの問いにシャミルが眉を寄せて考え込む。


「ううむ…アイデアとしては面白い…いや非常に面白いと思うが…」

「石が足りないですか?」

「いや石材は足りる。石材は足りるが…がの。人手的に足りるかどうか…」

「あー……」

「大丈夫ダ」


ミエがシャミルの言わんとする事を察し己の考えの至らなさに嘆息したその時、横から話を聞いていたクラスクが口を挟んだ。


「シャミル。ミエの方針デやっテクレ。俺がなんトカすル」

「…わかった。そうしよう」


シャミルが手持ちの黒板にさらさらと書き足し、大枠の方針が確定する。


「じゃあじゃあ私ちょっとみんなに声をかけてきます! 緊急会合を開きましょう!」



×        ×        ×



「成程…それで思いついたというわけか」


夜、寝室にて。

会合の後帰宅した二人が、下着姿のままベッドの上で会話する。


「はい。性質が近いものに変えられるなら、ひょっとしたら土→泥→石の流れで石材を作れるんじゃないかなって」

「よく考え付いたものだ。確かに泥なら形も整えやすいだろうが…」


ううむと腕を組み呻るキャス。


「でも…なんていうか、なんで今まで誰も思いつかなかったんでしょう?」

「以前ネッカに聞いたことがあるのだが…」


ミエの素朴な疑問にキャスが丁寧に答える。


「魔導師の呪文は個々に別々の魔導師が開発したものと聞く。まず今回のような呪文の組み合わせの呪文を同一の魔導師が覚えていたこと自体が少なかったのではないかな」

「ははあ…なるほどー…」

「さらに言えば魔導術は各々が所持している魔導書に書き写した呪文しか唱えられぬと聞く。術のレパートリーを増やすには己で研究開発するか、金を払って魔導術の記された巻物を購入しそこから書き写すか、或いは他の魔導師の仕事を引き受けたりして対価として呪文書を書き写させてもらうか、といった手間がかかるらしい。となれば覚える呪文も自然厳選されたものになるだろう。ネッカの覚えている呪文は…多くの魔導師にとって覚える対象にないのではないではないか?」


キャスの言葉は正鵠を射ている。

魔導師は学院卒業時点で十個前後の呪文を修得しており、その後成長しても覚える呪文はせいぜい数十個程度だ。

百を超える呪文を修得していれば賢者と呼ばれてもおかしくはない。

これには当然自身が研究開発した呪文も含まれる。


無論学院で巻物でも購入して己の魔導書の書き写せばレパートリーは増やせるが、そんな金銭的余裕があるなら研究に費やしてしまうのが魔導師と呼ばれる人種である。

数千とも数万とも言われる呪文の中から己の魔導書に書き写す呪文は、ゆえに自然ある傾向を有する呪文が多くなる。


…『汎用性』である。


幾つもの用途がある呪文や、多くの範囲を巻きこめるような攻撃呪文、仲間を補助することで結果として己が利益を得らえる呪文など…

便利で有益で様々な局面で役に立つ呪文が選ばれることが殆どである。


数多の魔導師の研究の成果として開発された多様な呪文…だが実際魔導師達が修得するのはその内の厳選されたごく一部の上澄みのみなのだ。


一方でネッカの呪文はそうではない。

泥化イクォウ〉の多くの相手を足止めできる、という意味では有用ではあるが、飛行する相手には完全に無力だし、〈泥を石にイヴェルク・エル・ファウ〉に至っては呪文の対象が泥や濁った沼地などでなければ効果自体が発揮されない。


限定状況であれば強力だが、そうでなければ役に立たない呪文は、前述の理由で多くの魔導師の修得呪文候補からは外される。

だがネッカは己の石や土を得意とする特性を活かそうと、汎用性うんぬんよりそうした呪文を多く学んでいた。

それが幸運にも今回の結果に結びついたというわけだ。


「なんの話シテル」


のっそり寝室に入って来たのは当然ミエとキャスの夫、クラスクである。

子供達は皆すやすやと寝入っており、寝室は今や完全に夫婦の空間となっていた。


「あ、ネッカさんの呪文がすごいなあって話です」

「そうダナ。凄イ。俺も驚イタ」


クラスクもまじない師自体は知っている。

オーク族であれば西丘ミクルゴックの老まじないしモーズグ・フェスレクがそうだし、かつて隊商を襲ったり、村や街を襲撃した際に向こうのまじない師から攻撃されたこともあった。

ただネッカのような規模の大きなまじないをする魔導師はほとんど見たことがなかったのだ。


「そう言えば…クラスク殿」

「ナンダ」


上着を脱いでいるクラスクにキャスが尋ねる。

以前は彼のそうした仕草を見るたびに耳先まで真っ赤になっていたものだが、今は多少頬を染める程度で済むようになっていた。

つまりそれだけ彼の裸体に慣れた、ということだ。


は…しないのか?」

「演説?」

「ああ。今までの計画の最大のネックが城壁を作る石材の不足だったはずだ。その目処が立った今村の者やオーク達の士気を上げるために皆を集めてトップが演説をした方がいいと思うのだが…」


いくら数字上可能だと算出されたことであっても、実際にやってみると上手く行かない事例は多い。

なぜなら実際に動かすのは数字ではなく人だからであり、彼らのモチベーションが作業の能率や効率に関わるからだ。


ゆえに村で一番偉いクラスクが大演説をすることで村人の士気を高め、皆のやる気を上げてはどうか…とキャスが進言したわけである。


「…スル。スルガ、今じゃナイ」

「今では…」

「ない…?」


クラスクの言葉にミエとキャスが顔を見合わせ首を捻る。


「演説スルなら村の連中に色々説明ガイル。デモ村にはミエが引き入れタがイル。早めに情報渡すのよくナイ」

「「あ……」」


まさにこういう時のために意図して引き入れたはずの彼らの扱いについて、二人ともすっかり失念していたようだ。


「演説すルならもっト後ダ。大丈夫、オークはそんな事しなくテモ族長…村長の言う事には従ウ」

「…わかった。クラスク殿がそう言うならそちらは任せよう」

「任されタ」


会話をしながらも、クラスクが全ての衣服を脱ぎ去り、二人の前に仁王立ちとなる。

下着姿の二人は夫の裸体の一部分を吸い寄せられるように見つめながら、ごくりと喉を鳴らした。


二人は頬を、そして耳朶を朱に染め上げて、クラスクがベッドに上がるスペースを互いの間に作る。

そして…声を合わせて、己が夫にこう問うた。



「旦那様…」

「クラスク殿…」





「「今宵は、どちらを先にお相手なさいますか……?」」





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