第274話 大いなる試み
「では…いきまふ」
ネッカが一歩前に出て、目視で目標を確認する。
「あ、そこのオークさんもうちょっと下がっててくださいでふ」
そして彼女が何をしようとしているのか覗き込もうと前に出たオークを下がらせた。
「
詠唱と共に彼女の周囲に青白い文字が浮かび、それがぐにゃりと歪んで幾つかの小さな文字となって周囲に展開してゆく。
「〈
呪文の発言と同時に杖を前方へ突き出し、素早く何かを宙空に範囲を描く。
そして彼女が描いたとおりに…一瞬にして前方の地面が泥沼と化した。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!?」
オーク共がそのまじないに驚嘆する。
こんな簡単に泥沼を作り出せるなら、攻めるにしても守るにしてもできることは山ほどある。
戦闘を好む彼らにはその有用性がすぐに理解できたのだ。
「スゴイナ! ネッカスゴイナ!?」
クラスクも同様に驚嘆し、そしてすぐに次の
特に今回はどちらが攻めて来るにしても防衛戦である。
相手を待ち受け泥沼で足止めしてからの飛び道具は遅延戦術としてはかなり有効なはずだ。
「もちろんネッカさんは凄いです! でも今日はこれから! リーパグさぁーん!」
「オウヨ!」
ミエの合図を聞いたリーパグが部下にテキパキと指示を下してゆく。
「ほほう、あやつも人に指示を出すのがだいぶ堂に入って来たではないか」
その様を見ていたシャミルがほほうと妙に感心していた。
「ジャアオ前ラ! マズハソノ板ヲ交互ニ横カラダナー…板ノ縦横間違エンナヨ!」
「
さてネッカが作り出した泥沼は正方形ではなく、彼女から見て妙に縦に長く作られていた。
彼女が指定したサイズは横4ウィールブ(約3.6m)、縦30ウィールブ(約27m)、そして深さ1ウィールブ(約90cm)である。
リーパグはまず泥沼の左右にオーク達を二人ずつ配置し、その背後のオーク共から例の板を渡させて沼に差し込んでゆく。
そして自分はこぶ付きの紐のようなもので板と板との距離を測り、(測れる範囲で)僅かな誤差も許さず部下を叱りつけ板の位置を修正させた。
板はまず沼地の縦方向に対して横向きに差し込まれた。。
まず最初に切れ目のある板を、切れ目を上向きにして先に入れ、そこに切れ目のある板をもう一枚、今度は切れ目を下にして先程の板と垂直になるようにはめ込んでゆく。
上から見ればちょうど十字になるような形である。
:」
それを最初は1と1/2フース(約45cm)目に、その後横板の位置を1ウィーブル(90cm)ずつずらしながら差し込んでゆく。
ちょうど十字が連続で並んでいるような形である。
端から端までその板で沼地を埋めると、次にリーパグの指示が変わる。
今度は切れ目のない板を用意させ、先程の十字と十字の間に差し込んでゆく。
そして最後にそれぞれの十字を仕切るように、切れ目のない板を、30ウィールブ(27m)分縦にずらっと並べ差し込んで全ての工程を終えた。
これによりその泥の沼地は、上から見てきっかり1.5フース(約45cm)四方の正方形のマス目に区切られた状態となったわけだ。
「ほほう、板と板を合わせることを考慮して幅を細かに調整しておるな。なかなかの腕じゃ」
「はい。ほんとはもっと長い板で一気にはめ込めば楽だったんですけどねー。生憎と合板を作る技術がなくって木の幹から切り出したものを使うしかなかったのであれ以上のサイズは作れませんでした」
「ホホウ…デ、これはなんダ?」
感心するシャミル。
これまた感心しつつもいまいち意図がわからず首を捻るクラスク。
「それは…これからお見せします。ネッカさん!」
「わ、わかりました! いきまふ!」
そして満を持してネッカが…最後の呪文を唱えた。
「
詠唱に合わせて彼女の周囲に浮かんだ青白い文字が、歪み弾けて小さな文字となり、さらにそれが歪んで周囲に細かな文字を撒き散らす。
「〈
そして彼女の杖から照射された稲妻のような光がその泥沼を撃つと…
泥沼が、全て石に変わっていた。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!?」
驚愕するオークども。
彼らもまじないの存在は知っていたが、これほど派手なものは見たことがなかったのだ。
クラスクは仰天して石と化した地面と、荒い息を吐いているネッカを目をまん丸くして幾度も見た。
「スゴイナ! ネッカスゴイナ!」
「はい! わたしもびっくりしました!」
自ら言い出したことだというのに、目の前で起きたことに驚嘆と畏敬を禁じ得ない。
それほどにネッカのしてのけたことは絶大で、インパクトがあった。
「泥沼を作っテ! 石に変えれバ! ドんなデかブツデも無力化デきル! スゴイ!」
「はぁ、はぁ……そうでふね。〈
ネッカの言葉にミエが我に返る。
「あそうだ…リーパグさん! 出来栄えはどうですか!?」
「今カラヤル! チョット待ッテクレヨゥ!」
ミエに言われるまで口をあんぐり開けて呆けていたリーパグは、彼女の言葉で正気に戻ると、同様に目を見開いて硬直していた部下どもを叱咤して鋤を用いてざくざくと穴を掘ってゆく。
「へぇー、ほぉーう、なかなかやるじゃん」
それを眺めながら木こりのホロルが感心したように口笛を吹いていた。
「サテト…」
そして沼地…いや今や岩場だろうか…の真横を掘り終えたリーパグとオーク共は、その端の石に手をかけて手前にずらす。
やや力を込めた後、がこん、という音と共に引き出されたその石は…縦横1と1/2フース(約45cm)、高さ1ウィールブ(約90cm)の綺麗な直方体となっていた。
表面にやや木目が残っているが、ほぼ加工の必要のない石…いや『石材』である。
「おおー、あれなら加工の必要もなくなんとか使えそうですねえ」
ミエが手をかざしその成果を眺めながら満足そうに呟く。
土を泥に変え、その泥を加工し、その後泥をまとめて石に変える。
どちらも比較的近しい組成であるため、先日ネッカに聞いた通りその変化は恒久的となる。
まあ無論術師がその域に至るだけの高度な呪文が操れることが前提となるのだが。
つまり結果として…持続時間が切れたり魔術を解かれたりすることのない、単に加工された石材だけが残るわけだ。
「ネッカさん、この呪文って一日に何セットできますか?」
「セットでふか!? ええっと…一日3セット…無理すれば4セットくらいは…」
妙におどおどと告げるその姿は、成し遂げた事の大きさに対して何とも自信なさげに見える。
「ということは…8×60で480個、それが4セットで1920個か…」
「なんか無理する前提になってまふー!?」
「ぜひぜひ! おねがいしますっ!」
ちょっぴり涙目のネッカにぶんっと大きく頭を下げて、ミエは目の前の石切り場を凝視し硬直しているシャミルとクラスクに向かってにこやかに告げる。
「ということでネッカさんが無理そすれば一日に石材が2000個弱くらい作れるそうです。これなら…間に合いますか? 城壁づくり!」
ネッカの魔術とミエのアイデアで…遂に、反撃の狼煙を上げる準備が整った。
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