第276話 延伸延伸また延伸
その日から城壁づくりは急速に進んだ。
毎日ネッカが土を泥に、そして泥を石を変え、それをオーク達が石材に変え次々に村の周りに運搬しシャミルの指示の下積み上げてゆく。
木こりの娘ホロルは石材づくりに使う大量の木板の需要により大忙しとなり、臨時収入だと大喜びであった。
順調に進んだかに見えた石材づくり…だがその進捗は途中から徐々に滞りがちになる。
「ナーミエノアネゴー、コノヤリ方ダトチョット遅レチマウゾー」
などとぼやくのはリーパグ。
彼が指し示しているのは石材の採取予定地表である。
そこに記されている石材採掘現場…即ちネッカの呪文使用予定地が、村の周囲をぐるりと回った後村からどんどん遠ざかっているのだ。
村の周囲は元々城壁を組む予定だったので広めに開けていた。
ゆえにその周りの地面を石材に変えることは簡単であった。
だが村をちょっとでも離れるとそこは一面の混合農業用の農地となっている。
輪作ゆえに休耕されることのない畑はどの季節でも常に何かの作物が植えられているか、家畜のための牧草地兼土壌回復用の豆類の栽培地となっており、そこを潰すのは少なからぬ損害となる。
ゆえに畑を潰さぬよう、ネッカの作る泥沼は村の近くと異なり横2ウィールブ(約1.8m)、縦60ウィールブ(約54m)と細長くなり、畑と畑の間を通り抜けるように作られていった。
そして畑を避ける関係上、その細い魔術採石場はどんどん遠くへ遠くへと伸ばされてゆく。
それはつまり後になればなるほど石材が獲れる場所が村から離れるという事であり、その運搬に手間と時間が余分にかかるということでもある。
「そんなに大変なんです?」
「アッタリ前ダロ! 城壁ニ使ウ石ッテデッケエンダヨ! アレ運ブノ大変なんだカラナー!」
「はいそれに関しては大変申し訳なく…」
捲し立てるリーパグに素直に謝るミエ。
なかなか珍しい光景である。
「アトハヨー、最初ハイイト思ッタンダケドアノヤリ方変エネエ?」
「あのやり方…?」
「泥ニシテ横カラ取リ出ス奴ダヨ!」
「ああ…」
リーパグが言っているのはミエがシャミルにお願いした石材の採取方法の一つである。
まずある地点で石材を採取したら、そこから数十mほど離れて新たに石材を作る。
そして石材を作った後でその間を〈
セットで考えると一日にできる石材は4回に限られているけれど、〈
さてこうするとできた泥はそれより手前のすでに石材を運び終えた場所に流れ込み、平坦となる。
あとはそこに丸太を置いて石材を乗せれば、わざわざ石材を苦労して掘り出さなくとも村までまっすぐ続く直通路の完成という寸法だ。
後は村に運び終えた泥だらけの石を水でちょっと洗ってやればそのまま城壁に積める石材の完成である。
ただし…この方式では石材を作るたびにどんどん村から遠ざかる。
ますます運搬に手間がかかり時間も余分にかかってしまうのだ。
「わかりました。じゃあ西のルートはちょっと抑えめにして南の方に伸ばすルートを開通しましょう」
「ソリャ助カル…ケドヤリ方変エネエト結局同ジ事ジャネーカナー!?」
リーパグの指摘の通りであった。
村の西…正確には南西方面に伸びていた採石場をいったん止めて、村の南から東方面へと伸ばしたルートもまた、結局は同じ理由により採石が滞るようになっていった。
やがてネッカがどんどん石材を作るそのペースに運搬の速度が追い付かず…
気付けばオーク達が必死に運ぶ採掘場の背後に、視界の向こうまで伸びる石材の採掘予定地が延々と続く光景が当たり前となってゆく。
「これ…大丈夫なんでふか?」
流石のネッカも不安になってミエに尋ねる。
「計画通りなので気になさらないでください。ネッカさんはそのまま予定通りにお願いします」
「わ、わかったでふ」
ミエに言われるがままどんどん石材を作ってゆくネッカ。
やがて南に伸びた採石場もまた遠くへと伸びて、再びまた南西へと伸びる採掘場が増えてゆく。
だが…ここまで距離が延びてしまうといかに怪力のオークと言えども石の運搬が滞りがちになってしまう。
かつては石が足りずに城壁が間に合わぬと言われていたが、今や採石場との距離が離れすぎて城壁造りが間に合わぬかもしれないという妙な事態になりつつあった。
「俺ハ事前ニチャント言ッタ! チャント言ッタカンナ!」
リーパグが捲し立てるのもまあ当たり前と言えるだろう。
× × ×
「なんか最近オーク達が随分と殺気立ってるねえ」
村のあちこちでもピリピリとした雰囲気を感じた村人たちが不安がっていた。
「なんかうちの旦那が言うのは
「ほんとかい? 物騒だねえ」
「大丈夫なのかしら」
村の中で自然と噂が広がり、その話題で持ち切りとなってゆく。
まあ隠し事が苦手で裏表のないオークの家族が暮らしている村で、特に箝口令を敷いているわけでもないのだから、根も葉もある噂が広がるのはむしろ当然と言えた。
「あんたは心配じゃないのかい?」
「はい。村長様が何とかして下さると思いますので」
ただ…そうした噂の中でも、特に気にせず普段通り作業に精を出している者達もいた。
この村の成立初期からいる元棄民達である。
「村長が?」
「はい。もちろん私達が今できることを精いっぱいやれたら、という話ですが。村長様は噂に惑わされて浮足立つのを一番嫌われるでしょうから」
そう答えたのは元棄民の現農作業従事者、ラルゥである。
結婚したことで随分と落ち着いた彼女は、オークの妻となったことで自然彼らへの理解を深め、村長であるクラスクに心服するようになっていた。
「なあなああんた、あんたはどうなんだい? 何か聞いてないかい?」
埒のあかぬ男が、通りがかったオークに尋ねる。
男性で元棄民でも衛兵達ないというのなら、後から村に定住した職人だろうか。
「襲撃? アルト聞イテル。詳シクハ知ラナイ」
だが彼の答えは要領を得ず、正確なところはわからぬままだ。
ただ少なくともこれから訪れるであろう戦いを忌避したり厭ってはいないようだ。
「戦イアル。楽シミ。一杯倒セル!」
そういって鼻息を荒くする彼にラルゥを除く周りの者がドン引き、やはりオークは戦闘狂なのだという思いを新たにする。
だが…
「ソレニ今ハコノ村守ルノガ俺ノ仕事! オ前達モ守ル! ソレニ村長強イ! 賢イ! ダカラ大丈夫!」
彼の言葉で呆気にとられる一同。
ひとりこくこくと頷くラルゥ。
どうやらこの村のオークは、他と少し違うらしい。
村で生活を始めてしばらく経つが、男は改めてその想いを強くした。
立ち話を切り上げ、その男は自宅兼仕事場に戻る。
「ギレッドの旦那! 後でうちの鍋直してくれよ!」
「あいよ。持ってきてくれたらな」
そんな会話を交わしているところを見るとその男…ギレットは金物屋なのだろう。
手を振って客と別れた彼は…小声でぶつぶつと呟きながら我が家へと向かう。
「しかしこれでは報告のしようも…オーク達も下の連中は何も知らんようだし…箝口令が敷かれているわけじゃあないが単に情報を秘匿しているな…?」
そんな呟きを、漏らしながら。
× × ×
翌朝、目を覚まし朝飯を食べようとした彼、ギレットは、家に買い置きがないことを思い出し朝市へと出かけた。
肉串とパンでも買ってすぐ帰るつもりだった。
だが…市場に到着してみるとどうにも様子がおかしい。
いつも朝から軒を連ねている屋台が半分くらい閉まっている…どころか屋台ごと消え失せているし、行き交う人々も妙に浮足立っている。
「どうしたんだい? なんかやけにざわついてるが」
ギレットの問いかけに、道行く村娘が眉根をひそめて答えた。
「それがねえ…オークが来てるのよ」
「オーク? オークはどこにだっているだろ。ここはオークの村だぞ」
「そうじゃなくってえ…よその部族のオーク達よ」
「なんだって…!?」
「そうそう。最近なんか近いうちに襲撃があるかもとかって話してたじゃない? あれなのかしらねえ」
「来てるってのは、どこに?!」
「それが…村をぐるっと取り囲んでる、少しずつ間合いを詰めてるみたいなのよ。今うちの村のオークが事情を聞きに行っているみたいだけど。どうなるのかしらねえ」
この村にいると麻痺しそうになるが、オークは元来攻撃的で好戦的で近隣の村や街を襲撃する危険な種族である。
他部族のオークどもとなれば当然そうした風習を残した者達であるはずだ。
ギレットは己の命に危機が迫ったことを肌で感じさっと青くなった。
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