第250話 (第五章最終話)誓い

「え、ええっと…どうしたんです?」


この世界にも土下座ってあるんだ…などという場違いな感想を抱きつつ、ミエが尋ねる。


「もしかして差し出がましいことを言ったとかそういった事を気になされてるんです?」

「全然気にする事ナイ。スゴイ為になっタ」


ミエとクラスクがフォローを入れるが、ネッカは土下座したままふるふると首を振る。


「違うんでふ違うんでふ! そういうことじゃないんでふ!」

「ならどういう…?」


ミエに聞かれて、ネッカはようやく面を上げた。


「さっき私がクラ様の斧の曰くについて言った事を覚えてまふか」

「ええっと確か『家護』とかいう…?」

「『上書き』でと言うておったな、そういえば」


ミエが指を顎に当て思い出そうとしていると、背後からシャミルの言葉が届き、ネッカが頷く。


「それはつまりお主はそのを乗せられなかったということか?」

「はいでふ」

「デモ俺の斧確かにそのイワクっテやつくっついテル! 体勝手に動イタ! 間違イナイ!」

「そうでふ。でふから…それは私が付与したではないんでふ。元からその武器に宿っていたものなんでふ」

「ふぇ……?」


首を傾げるミエを前に、ネッカは困ったように頭を掻いた。


「まさかオーク族の斧に『家護』のが宿ってるなんて思ってもみなかったんでふ。こう…大切な人を護るために勝ち目のない戦いに臨んだりとか、愛する人を護るために決闘を挑んだりとか、そういう伝説や伝承がないと宿らないタイプのなんでふが…」


ゲルダが、シャミルが、サフィナが、

そしてラオクィクが、リーパグが、ワッフが、

それぞれクラスクがミエを護るために挑んだ兄貴分たるイクフィクとの、そして前族長ウッケ・ハヴシとの決闘を思い浮かべた。


「…してるな」

「おー…してる…」

「うむ。しておるな」

「「「メッチャシテル」」」

「してるんでふか!?」


ネッカが驚嘆して瞳を輝かせクラスクを見て、その後ミエを見た後再びクラスクを見つめた。

彼女の脳内で愛する女(ミエ)を護るため斧を手に巨大な怪物に立ち向かう勇者クラスク(美化300%)の妄想が浮かんだが、今回に限ってはあながち間違いでもない。


「ええーっと、その、それって…つまりあの決闘とかが後の世に昔話とか伝承とかで伝わっちゃうってことですかね」

「そうじゃろうな。なんなら途中途中で決闘の回数が五回くらいに水増しされそうじゃが」

「んでそのたびにクラスクの旦那の愛の告白があるってことか」

「おー…オーク村の勲功いさおし…」

「きゃー! きゃー! 旦那様の活躍は聞きたいけどなんかそれ恥ずかしくないですかー!?」


ぼっと顔を真っ赤にしてへたり込むミエ。

耳先まで朱に染めて両手で顔を覆いいやんいやんしている。

まあ自分と旦那の愛の馴れ初めが世界に記憶されるレベルの言い伝えになるかも…となれば恥ずかしい気持ちもわからないではない。


「まあ曰くはあくまで可能性の萌芽なので結果そこまでこともありまふが…ともかく、『家護』の曰くを上書きしようとしたら上手く行かなくって、もしかして既に内にあるんじゃないかってなって育ててみたらでふね…その…」

「その?」


ミエがキョトンとした顔で尋ねると、ネッカは真っ青な顔で半泣きになって叫んだ。


「えっと…うっかり一緒に眠ってた別のまで出てきちゃったんでふぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」


ミエとキャスとクラスクは、互いに顔を見合わせてクラスクの斧を見つめた。


「別の…」

「曰くか」

「フム」


クラスクはぶんぶんと頭上で斧を振り回すが、特に変わった様子はない。


「何か悪イものなのカ」

「なんなのかはわからないでふ! でも間違いなくよろしくないものでふぅぅ~~~~~!」


えぐえぐと泣きながら杖を振り、〈ソヒュー・ルシリフ〉の呪文で武器に発現した曰くの魔術系統を調べる。


「ええっと…防御術…は『家護』だから除くとして…他に感じる属性は『混沌』と『悪』、系統は『死魂』に『変化』なんでふぅぅ~~~~」

「「「おおう」」」


キャス、エモニモ、アーリが明らかに眉をしかめ露骨に嫌そうな顔をする。


「ええっと…よくわからないんですけど何か悪いものなんです?」

「あー、うむ。悪は邪悪な術、混沌は自分本位の術、という意味だな」

「『変化』は前に言ってたニャ。『死魂』は人の命を奪ったり盗んだりとか死を与えたり相手をアンデッド…あーゾンビとかにしたりする系統ニャ」

「それは…あまりよくないものなのでは?」


キャスとアーリの説明を聞いて、ミエも流石に少し青くなる。

そしてミエの言葉にうんうんと頷く二人。


「死魂と変化の複合系統っていうと…なんだろうニャー。持ってるクラスクがゾンビに変化しちゃったりとか、持ってる斧が死霊に変化して使ってるクラスクの命を啜っちゃったりとかかニャ?」

「ふむ、ありそうだな」

「だんなさまー! 今すぐ離してくださーい!?」


ミエは大慌てでクラスクに訴える。

が、クラスクはその斧を大事そうに掴んで離さない。


「手に持っテもなんトもナイ。ダから大丈夫」

「呪われた奴はみんなそういうニャ」

「だんなさまー! の、呪われてるってー!」

「…ミエはもう少し人の言うことを疑った方がいいニャ」


あわあわあわと動転し右往左往するミエ。

なかなかに珍しい構図である。


「その…ミエ様の言ではないでふが、私もあまりお勧めはしないでふ。手にしただけで主人を操って周囲の相手の命を奪うような『曰く』でなかったのが幸いでふが…」


ネッカはクラスクを見つめ、深々と頭を下げる。


「本当に申し訳ないでふ。先祖代々の大切な武器を…」

「ダから気にすルナ。俺コイツ気に入っタ!」


ぶんぶん、と軽々斧を振るいながら、クラスクはネッカの前に立つ。


「感謝スル。お前には色々教えてもらっタ」


そして歯を見せて笑い…オーク族が苦手なものだったのだが…ながら、彼女の肩に手を置いた。


「約束すル。魔族ダカなんダカわからんガ、あんな奴に負けナイ街作ル。そのための困難に立ち向かう為にこの斧振ルウ。それがアイツに立ち向かう手段ならなおさらダ」

「クラ様…」


ぽーっと上気するネッカの前で、クラスクは己の斧を天高く掲げた。


「ドんな敵が来テモ! 俺は負けナイ! そのダメに…まずは城壁造りダ!」

「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」


クラスクの檄に皆が歓呼で応える。





頭上に掲げた彼の斧刃オノは…

陽光に煌めきながら、どこか背筋を曲げた、せせら笑う年経た悪魔のように見えた。





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