第249話 家族の護り

「エエー? 俺が教官撃ツノ?!」

「お願いしまふ」

「イヤデモ当タッタラ怪我ジャスマネエゾ…?」

「私は構わんぞ。やってくれ」


風を纏った愛剣を抜き放ち、キャスが涼やかに告げる。

せっかく強化してもらった武器の使い心地を試したいのもあるのだろう。

なにせ魔法の剣となったのはいいけれど、逆に切れ味が増しすぎて迂闊に訓練で使うと相手を刺し殺しかねなくなってしまったのだ。


「ジャア…行クゼ。怪我シテモ文句言ウナヨ!」

「それは怪我をさせてから言え」

「言ッタナ教官!」


軽口を叩きながらも弓を構える姿はなかなか堂に入っている。

オーク族の中では小柄なリーパグは己の不利を埋めるためひたすら飛び道具の修練を重ねており、今では村の遊撃部隊の隊長を務めて部下に弓の使い方を教える立場にまでなっていた。

それだけに弓の腕には相当自信があるのだろう。


「ほう、なかなか様になっているではないか」

「ソコ外野ウルセエ!」

「身内じゃ!」


シャミルの賞賛とも皮肉ともつかぬ台詞に怒鳴り返すと、引き絞った弓弦ゆんづるをひょうと放す。

大気を切り裂きながら空を駆ける矢が狙い過たずキャスの額目がけて飛んで行き…


ふぉん、という風切音と共にクラスクの斧によって薙ぎ払われた。


「………………」

「………………」


唖然とする一同。

怪訝そうなキャス。

困惑するリーパグ。

そして眉根を顰めるクラスク。


「…兄貴ィ、嫁ガ心配ナノハワカルケドヨォ」

「クラスク殿、確かに斧で弓を打ち払うのは結構な技術だが…」

「……うン。すまナイ」


頭上に幾つも「?」を浮かべたクラスクが少し距離を取る。

そしてリーパグが再び矢をつがえ…


ぶぉん。

という音と共に再びクラスクによってその矢は薙ぎ払われた。


「…クラスク殿」

「兄貴ィ」

「ち、違ウ! 俺違ウ! 体勝手に動イタ!」


クラスクが慌てて否定する。

頭上の疑問符がさらに増えていた。


「…それが、私が『上書き』で乗せようとした『家護やもり』といういわくでふ」

「ヤモリ…?」

「でふ」


クラスクの怪訝そうな声に、ネッカがこくりと頷く。


「『家護やもり』は近くにいる家族親族を守ろうとする『いわく』でふ。勿論武器で防げる範囲で、手が届く範囲の被害のみでふが」

「ホホウ。便利ダナ」


クラスクは感心したように己の武器を眺める。

例えば盗賊などがミエを狙ったとき勝手に護ってくれるならとても助かる。

だが…


「…そうでふクラ様。これは何かを倒すには何の役にも立たない『いわく』でふ」


ネッカは、まるでクラスクの頭を覗き込んだような台詞を吐いた。

そして自らに集まる注目に視線を泳がせ、息を止め、唾を飲み込み…それでも覚悟を決めて、大きく深呼吸をすると己が伝えるべき言葉を紡いだ。


「クラ様は私にこの武器をと頼みんだでふ。でも…ってなんでふか。強くなってんでふか。魔族を倒すことがでふか」

「………………!」


その台詞にクラスクはハッとした。

妻を、仲間を、村の者を守るために欲した強さだったはずなのに、いつの間にかにその優先順位が入れ替わっていた。


そんな彼の様子を見つめながら…ネッカは小さく息を吸い、を告げる覚悟を決めた。


「魔族と人型生物フェインミューブは生息環境が異なる、互いに倒すべき敵というのが多くの種族の間での共通認識でふが…魔導師の中には彼らと交渉する者がいまふ」

「「「!!」」」


その発言に皆一様に驚き、息を飲んだ。

その背後から蜂蜜の汲み出し作業を終えたゲルダがどたどたと駆けて戻って来る。


「え…なんでですか? その、環境的に相容れない相手ですよね…?」

「はいでふ」


ミエの言葉に素直に頷くネッカ。


「でも…魔族は相当な長寿で高い知性を誇りまふ。この世の全てを式として解き明かそうとしている魔導師にとって、彼らの知識は非常に魅力的なんでふ。公的には月の女神にして魔術の神であるであるイラシグ様が人型生物フェインミューブに魔術を授け、それが魔導術の始まりと言われていまふが、一説にはこの世の全ての叡智を求めたとある人型生物フェインミューブが魔族にその一端を教えてもらったものが始まりとも言われていまふ」

「あくまでも仮説じゃろ、それは」


シャミルが憮然とした表情で呟き、ネッカがそれに同意するように肯首する。


「はいでふ。ただ魔族としても瘴気の外の世界について色々情報を仕入れることができまふし、互いに利害の一致で知識の交換などをしている魔導師もいるみたいでふ。中には…えっと、そのまま堕落して魔族の側に付いちゃう魔導師もいるらしいでふが」


自らの立場を危うくするような発言をしながら、けれどネッカは言葉を続ける。


「でふから魔導学院には魔族の生態や習性に関する書物が多くありまふ。なので私もそれなりに書庫で読んで彼らについて学んだでふ」


ガタ、とミエとシャミルが身を乗り出した。

先日の一件は村に被害こそ出なかったが実質魔族の襲撃と言っても差し支えない。

彼らについての情報は少しでも多く知っておきたいのである。


「彼ら魔族が人型生物フェインミューブにもたらし導くものはでふ。焦りは判断を鈍らせ、強欲は進むべき道を誤らせまふ。それらを利用することで彼らは人をに陥らせようとしまふ。他の人よりも上に行きたい。自分だけが利益を得たい。助かりたい。楽をしたい。そうした望みを人に持たせ、操り、自分達の目的を遂げるんでふ」


そう言われてクラスクは今更ながらに己の心境を鑑みた。

恐ろしい敵の存在を知って焦っていなかったか? アレを倒すためならなんだってやってやると思い込んでいなかったか? 強さを希求する欲に支配されていなかったか?


あの邂逅で、彼がそれを求めて仕向けたのだとしたら…

自分はあの魔族が望む方向にまさに足を踏み出しかけていたことになる。

それに気づきクラスクの背筋が凍りついた。


「そんな彼らに対抗する最良の方法は…でふ」

「ええっと…利他的であれってことですか?」

「はいでふミエ様。魔族は力も知性も頑健さもとても高く、そして強いでふ。でも個々が自己完結しているため利害の一致で動くことはできても他者と協力とし合うことができないんでふ」

「協力…できないんですか?」

「はいでふ。魔族は瘴気のない地に降り立つと弱体化すると言いまふが、それでも熟練の冒険者がパーティで挑んだり騎士団が騎士隊を丸ごと投入しないとならない程度には強いでふ。なので北の闇の森ベルク・ヒロツに潜んでいる彼らがお互い手を取り合って協力して攻めてくれば防衛都市の戦力ですら防ぎ切れないかもしれないでふ。でも…彼らはそれができないんでふ」

「ええっと…なんでです?」


重ねて聞いてしまう。

何度でも尋ねてしまう。


ミエには互いが協力し合えない、という理屈がどうにもわからなかったのだ。


「協力するってことはお互いの弱点を補い長所を伸ばして総合力を高めるってことでふ。でも他の魔族に自分の弱点を教えたらその瞬間にそれを利用され殺されてしまうでふ。彼らはなんでふ。そんなことをしなくても自分は強いのだから、わざわざ手を取り合う必要なんてない、というのが彼らの考えなんでふ」

「なるほど…?」


そこまで言われてミエにもようやく彼らの理屈が理解はできた。

だが理解はできてもさっぱり共感できなかった。


「なので魔族に対抗する一番の手段は…彼らの逆を行くことでふ。それがさっき言った『利他』…すなわち誰かのためになろうとすること、誰かの助けになろうとすること、困っている人に手を差し伸べること…でふ。これらは魔族達が知識として知ってはいても理解も共感も実感もまったくできないものでふ。実感できないものを正確に計算し予測することはできないでふ。彼らの計画を狂わせられるのはそうした『誰かのためにあろうとする』その在り様そのものであり…」


小さく息を吸って、ネッカが彼女の知る結論を告げた。


「仮にこの村が魔族のよこしまな計画に組み入れられていたとしても……この村が、そしてクラ様やミエ様が目指す道、歩んできた道程それ自体は、決して彼らが望むものではないと、誤ったものではないと、断言していいと思いまふ」


静寂が…彼らを静かに覆った。

そして全てを言い終えて大きく息を吐いたネッカの耳に…やがて周囲から拍手の音が響く。


「へー、結構喋れんじゃんお前」

「おー…かんどうした」

「ああ。見事な演説だったぞ」

「そうですね、隊長。衛兵を預かる身として大変ためになりました」


口々に響く賞賛の雨と集まる視線に、ネッカは耳先まで真っ赤になって小さく縮こまる。


「なるほどー…誰かのために、ですか…でもそれって普段通りでいいってことですよね?」

「おー…ミエはそういうこと言う」

「ハハハ! 確かに!」

「言うておくがお主の普段通りは余人のそれの範疇を超えておるからな」

「ミエは自分の普段通りを他人も気軽にできるものと思わない方がいいニャ」

「なんで私が責められる流れになってるんですー?!」


総ツッコミを受けてミエが思わず叫び、皆から笑い声が漏れた。



「え、ええっとぉー…その、そろそろいいでふか」



と、そこに片手を挙げたネッカが名乗り出る。


「? いいって…なにがですか?」


ミエに尋ねられたネッカは…

なぜか大仰に飛び退すさり、後方ハイジャンプ土下座を決めながら地面に頭を擦り付けた。




「申し訳! ありませんでふっ!!!!」







それは…見事な、実に惚れ惚れするような土下座であった。






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