第251話 閑話休題~ラオクィクの憂鬱~

ここはクラスクの家。

台所の奥にある応接室。

村長が賓客などを相手する部屋である。

中には立派な調度やテーブルがあり、オーク族の家としては珍しいソファまで置かれていて、毎日ミエがこまめに掃除と手入れをしている。


「……………………」

「……………………」


そんな部屋に、現在三人の人型生物フェインミューブが集まっている。

男が一人と女が二人。

オーク族が一人とハーフエルフに人間族。


…より正確に言えば、ラオクィクとキャス、それにミエの三人である。

クラスクのいない状況でのこの三人組はかなり珍しい組み合わせと言える。


「それで…なにがあったんです?」


蜂蜜入りの菓子をテーブルに置き、お茶をそれぞれの前に置いた後ミエがソファに腰かけ、ラオクィクの方を向く。

キャスがさっそくさっそく菓子をつまみ、彼の言葉に耳を傾けた。


どうやらラオクィクからなにか相談事があるらしい。

それを二人が聞いているようだ。


クラスク家における悩み相談…

これはクラスクが族長となる前からずっと行われていたことである。


クラスクが族長となる前…蜂蜜酒を利用してミエが村の女性達に付加価値を乗せオーク達に女性の権利を認めさせようと奮闘し、その甲斐あって協力を約束したオークどもの家から女性達を解放した。

そしてクラスクが晴れて族長となった後、全てのオークの家の女性を鎖から解き放ち、自由にした。


ただ…無論それですべてが解決したわけではなかった。

女性達は束縛からは自由にこそなったものの故郷に帰れるわけではなく、村の中で暮らすしかなかったし、オーク達の女性蔑視や他種族に対する差別的意識が一朝一夕で変わることもなかった。


当然オーク達と女性達の間に不満や軋轢が生まれる。

ただ愚痴を言っても彼ら彼女たちに現状を打破するだけの力はない。

ゆえに相談所という形でのいわば駆け込み寺が必要となったのだ。


族長たるクラスクがオーク達の、そして族長夫人であるミエが村の女性達の不安や不満、悩みなどを聞いて、必要ならすぐに対応して、同時に互いの理解を高め、徐々に価値観を変えてゆく。

この村が『クラスク村』としてまとまるまでには…そうした長く地道で、そして不断の努力が為されてきたのである。


「……………………」


というわけで時は現在。

ラオクィクが相談に来たもののさっきからずっと黙りこくったままだ。


オークの悩みはオークが聞く、というのが本来の形であり、いつもならクラスクが担当するところだが、今日は外の村の方でシャミルと城壁の形状についての折衝中であり不在となっている。

またラオクィクがとしてはなるべく早く解決したい問題らしく、相談相手はミエの姐御で構わないどのことでこの変わった組み合わせが実現したわけだ。


なおキャスはなぜかミエに同席を求められてここにいる。

無論彼女もミエの仕事については理解しているつもりであり、自分も村長の妻女として今後こうした相談事を担当することがあるかもしれぬ、という判断の下ミエの手腕を勉強しようと聞き耳を立てていた。


「ラオクィクさーん、黙っていたらわからないですよー」

「………………………」

「相談があるというからこうしてミエ…姉さんが時間を割いているのだ。そんなに言いにくい事なのか?」

「………………………」


だがミエの言葉にもキャスの疑問にもそのオークは黙して答えようとしない。

ただ手を擦り合わせたり、頭を掻いたり、目線を泳がせたりと割と挙動が不審げではある。


「まったく…どうするミエ。このままでは埒があかないぞ」

「そうですねえ。じゃあとりあえずゲルダさんとエモニモさんに関わる夫婦関係の繊細な問題として話を進めさせていただきますが…」

「ナンデ知ッテル!?」


ぎょっとして目を剥くラオクィク。

その横で同じように仰天しているキャス。


「なんでって…オーク族の流儀で解決する話なら旦那様に相談すれば済む話じゃないですか。それをわざわざ私のところに相談しに来るってことは要はオークのやり口じゃ解決しない問題ってことですよね? ラオクィクさんが自力で解決できないならたぶん女性関係の問題で、ラオさん浮気するタイプじゃないですから相手は妻のゲルダさんかエモニモさんに限られるじゃないですか」

「ア……ウ……」


ぱくぱくと口を動かして唖然とするラオクィク。


「というわけで相談の内容もわかったことですし…キャスさん参考になりました?」

「まったく、ならん!」

「なんでですかー!?」


腕組みをしてもっともらしく頷くキャス。

まあ今の流れをすぐに真似しろと言われても無理なのは間違いないだろうけれど。


「ともあれどんなお悩みなんです? 女心がわからないとか?」

「ソ、ソウ、ソレダ!」


ラオクィクも観念したのか、やっと重い口を開いた。


「ゲルダ最近妙ニヨソヨソシイ。俺ノ事嫌イニナッタノカ」

「う~んどうなんでしょう。護衛隊の店長さんが忙しいのもありますしちょっとそっけなくなってるだけとか?」

「ソウイウノト違ウ。モシカシテ別ノオークニ奪ワレタカ…?」


もしミエが元の世界の男性が利用するアダルトな書籍事情に多少なりとも詳しければ、ここで「もしかして寝取られってやつですか!?」と反応するところなのだが、残念ながらミエはその手のことにとんと疎いためそちらの方面に話が派生することはなかった。


「う~ん…ゲルダさんってなんとなくですけど自分より弱い相手にはなびかないんじゃないですかねえ」

「ソウナノカ?」

「はい。あの性格考えると…殴り勝てる相手なら鎖に繋がれてる時点でとっくにくびり殺してると思うんですよねえ」

「…ソレハ確カニ」


当時の彼女の本気の抵抗を思い出し、ミエの言葉に頷く。

壁に繋がれた状態で意識を取り戻し、充血した瞳で殴りかかってきた彼女の拳には、迂闊に喰らえば頭蓋骨が砕けかねない威力と殺意とが籠っていた。

それを無理矢理押さえつけた時、言われてみれば彼女の表情には確かに驚きがあった気がする。

いがみ合い取っ組み合う暴力的なやり取りはその後も続いたけれど、こちらの頸動脈を噛み千切ってでも殺そうとまでしなくなったのは確かその時からだ。


「それで…なんですけど、この村に『素手の殴り合い』でゲルダさんより強いオークってどれだけいます?」

「ウン…?」


腕を組んで考え込むラオクィク。


「年喰ッテル奴ダト技量ハアッテモアイツ相手ダト体力モタナイ。若イ奴ハ力ガ足りリナイ。ワッフノ奴ハ怪力ナラ負ケンガ体格差ガナ…リーパグハソモソモ素手ノ殴リ合イダト問題外ダシ…」


むむむむ、と首を捻った後、ようやくハタと膝を打つ。


「…俺ト族長ダナ」

「ですよね。でうちの旦那様がゲルダさん奪うと思います?」

「族長ソンナコトシナイ」

「でしょう? だから浮気とかじゃないですよ。それでちなみになんですけどエモニモさんとは上手く行ってますか?」

「今聞イテルノゲルダノ話。エモニモ関係ナイ」

「関係あるから伺ってるんです」


目を細めそう語るミエに少し気圧されるように、ラオクィクは少したじろいだ。


「…真面目ナ女ダト思ウ。何事ニモ熱心ダ」

「そうだろうそうだろう」


ラオクィクの言葉にキャスが幾度も頷く。


「夜の生活も?」

「…ソウダナ。最初ハ抵抗アル感ジダッタガ、言ワレタ事ハ素直ニ従ウシ物覚エモイイ」


ラオクィクの言葉にふむふむと頷くミエと、その横で顔を背けつつその身を震わせながら口に手を当て笑いを堪えているキャス。


「エ、エモニモが男の命令に従って真面目に…い、いかんいかん笑うところではない」

「ほんとですよキャスさん。で、エモニモさんに色々教えたんですよね? 毎日?」

「ソウダ。コウ…最近ハ俺ノ腰帯ヲ引ッ張ッテ今日ハ練習シナイノカトセガンデクルカラ…」

「ぶほっ!」


たまらずキャスが噴き出した。

まあ彼女からすればあの堅物のエモニモが夜毎繰り返される営みにだんだん慣れてゆき、その肢体カラダも徐々に開発され、遂には頬を真っ赤に染め上げながら自ら男を誘うようになった…などということを想像したらそのような反応になるのも致し方ないかもしれない。


「キャ~ス~さぁ~ん?」

「す、すまん」

「…で、つまりエモニモさんに応えてここのところ毎日彼女を抱いてらっしゃったんですよね?」

「ソウ」

「でその間ゲルダさんは抱いてませんよね?」

「ソウダナ」


ミエとキャスは顔を見合わせ、互いに頷いた。


「「…嫉妬では?」」

「シット?」


ラオクィクは首を捻る。

オーク族は皆肉体が頑健で、そして略奪志向である。

欲しいものがあるなら力で奪うべき、それが相手が強くて叶わないのなら奪えるまで己を鍛え上げるべき、というのが本来の流儀なのだ。


要は嫉妬している暇があるなら略奪すべく腕を磨け、という思想であって、なんとも迷惑で物騒な考え方である一方で嫉妬という感情からは縁遠い。


つまりはまあ、夫を新妻に奪られて拗ねているゲルダの心境が、ラオクィクにはよく理解できないのである。


「じゃあですねえラオさん。ゲルダさんと二人っきりで近くに他に誰もいないとこでですね、ゲルダさんの様子がおかしいことをはっきり伝えて、嫉妬してるんじゃないか、って伝えてみてください」

「ソウシタラアイツ直ルノカ!」

「いえ殺す気で殴りかかって来ると思います」

「ダメジャネーカ! …アイヤダメジャナイカ」


素で突っ込んだ後慌てて言い直す。


「なので力で組み伏せてその後でちゃんと謝ってください」

「謝ル? 俺ガ? ナンデ?」

「なんででもですー。女性との関係を円滑にしたいのなら、男には喩え自分が間違ってないと思っていても謝らなきゃいけない時ってゆーのがあるんです!!」


びし、とラオクィクを指差しそう断言する。

何か理不尽なものを感じたラオクィクではあったが、ミエの迫力に気圧されてそのまま頷いてしまった。



×        ×        ×




「で、どうしたんですかラオクィクさん」


過日、同じ部屋、同じ面子で再び集まる三人。

どうやら今回もまた悩み事の相談のようである。


「ゲルダさんと上手く行きませんでしたか?」

「イヤ…ミエノアネゴニ言ワレタ通リニシタラスゴク上手クイッタ。ソノ時モソノ夜モスゴク激シカッタ。アネゴスゴイナ!」

「それはよかったです!」


瞳を輝かせて賞賛するラオクィク。

ミエとしてはえ? その時? その夜? ってことは最初に二人が燃え上がったのは真っ昼間の屋外なんです? などという疑問が浮かんだがとりあえずスルーを決め込む。


「なら問題は解決ですね!」

「イヤ…ソレガ…」

「何かあったんですか? 聞かせてください」


妙に煮え切らない態度のラオクィク。

話すようせっつくミエ。


「イヤ、ゲルダガチョクチョクソノ…アレダ、自分カラ求メテ来ルヨウニナッテ…」

「まあお熱いですね。いいことじゃないですか」

「ソシタラ今度ハコウ、エモニモガ…」

「へそを曲げて?」

「ソウ」

「ぶっほ!」


キャスが真横を向いて噴き出す。

かつての騎士隊長とは思えぬ無作法である。


「それは嫉妬ですねえ」

「ぷ、くくく…嫉妬! あのエモニモが男絡みで嫉妬! くくく…いや笑ったらだめだ笑ったら……!」


口元を押さえ腹を抱えながら必死に笑いを堪えるキャス。

そんな彼女に横から肘鉄を喰らわせるミエ。


「マタシット! オンナゴコロ難シイ! ヨクワカラナイ!」

「まあまあ…そういう時はとりあえずですね…」






ミエが女心についてかみ砕いて説明をはじめた。

オーク達が全員円満な夫婦生活を送れるようになるのは…まだまだだいぶ先の話になりそうである。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る