第235話 でもお高いんでしょう?
「おー…だいぶ進んでますねえ」
ミエが村の西門付近を眺めながら嘆声を上げる。
先日までの閑散とした様子が一変し、そこには積まれた石が確かに壁の一部を形成していた。
村を覆う城壁の一部である。
「うむ。どうやらリーパグの奴も真面目に仕事しておるようじゃの」
シャミルが引いた図面通りにすべく、リーパグが部下のオーク達を叱咤して石を積み上げてゆく。
彼の建築や建設に関わる才能はどうやら本物のようだった。
「人は見かけによらニャイというか…オークの村でオークの暮らしを続けていたらまず日の目を見ることのなかった特技だニャー…」
城壁の進捗を見に来たミエとシャミル、それにたまたま暇ができたアーリがついてきて共に見学していた。
「そういえばお主わざわざネカターエルが石を加工する現場まで見物に行ったそうじゃな。どうじゃった」
「もーすごかったです!」
シャミルに話を振られたミエは興奮した面持ちで瞳を輝かせた。
「なんか呪文をムニャムニャー! って唱えたらネカターエルさんの手がぼうって銀色に輝いて! それで岩場に手を突っ込んだらスゥーってそのまま手刀が岩に入っちゃうんですよ! それでそのままナイフでチーズ取り分けるみたいにスッスッスってした後でオークさん達が引っ張ると岩がごとってこう…丸ごと出てきてですね」
「ほう!」
「それでまた別の呪文を唱えたらそのごつごつした岩肌が撫でるだけで平らに綺麗になって、あとはそのままオーク達が運んで終わりです。いやーすごいですね魔法って!」
「ほーん…職人としても冒険者としても微妙だったけどうちにはぴったりの人材だったてことかニャ?」
アーリの感想にミエがぶんぶんぶんと首を縦に振って全力で同意する。
「あー…あの人このまま村に留まってくれませんかねえ」
「あの娘にも給金は払っとるんじゃろ。使い道はどんな感じなんじゃ。路銀を溜めておるのか?」
「あーいえそれがそのー…こっちの村を案内したらですね、その日から毎日仕事を終えると屋台村のあたりに居着いて森の家に戻るまでそこでずぅっと…」
「ずっと食べとるのか!?」
ミエが苦笑しながら頷く。
「なんとまあ筋金入りの食いしん坊か…それでは路銀は一向に溜まらんのう」
「この村としてはいいことニャンじゃニャイか?」
「ですがそれとは別にこの村にちゃんと残って欲しいんですよねえ…何かネカターエルさんが好きそうなものとか用意できないでしょうか」
「できるニャ」
「そうですよねえ…そう簡単に…できるんですか!?」
あっさり頷くアーリに思わずノリツッコミしてしまうミエ。
「あの子個人の好みは知らニャイけど魔導師なら絶対欲しがるものなら知ってるニャ」
「是非! 是非教えてくださいアーリさん!」
「わかった教える! 教えるからゆーらーすーニャアアアアアア!!」
アーリの肩を掴んでガクガクと揺するミエ。
ぐるぐると目を回すアーリ。
「魔導師が喜ぶものと言ったら『工房』ニャ」
「こうぼう…?」
「そうニャ。魔導術は学問ニャから本を読んだり実験したりする工房があるとないとで研究の進捗や精度が段違いになるニャ。あの娘は特に決まった行き先があるでニャし、工房を餌にすればきっと喜んで定住してくれると思うニャ」
「まあそんな簡単な事でいいんです?」
「簡単かニャー…」
きょとんとしたミエ、困惑したように頭を掻くアーリ、そして何故かやや抑えきれぬ興奮で目を輝かせ耳を傾けているシャミル。
「魔導の研究てめっちゃ金食い虫ニャ。その上できたものが魔導師以外の役に立たないことも多いニャ。それでも構わニャいと許容して、かつ一番シンプルな魔術工房を造るとするニャら本とか魔術の材料込みで初期投資これっくらいかかるんニャけど…」
アーリが手持ちの黒板にさらさらと必要な品の明細を記し、それぞれの値段を一番下で合計し、ミエに見る。
「きゃー!?」
そして見事に彼女に悲鳴を上げさせた。
「た、たたたた、おた、お高くないです…!?」
金貨が四桁を超える出費は気軽にぽんと出せるものではない。
その金額は流石にミエをして一瞬躊躇させた。
「う~~んでもでも研究開発への投資は見返りがなくってもやらなくっちゃって誰かが言ってたような…アーリさん、そのお金出せますか?」
「出せるニャ」
「またあっさり言う~~?!」
「うちは金だけはあるからニャー」
そう、はちみつ産業で大儲けし、その後食器具や食料全般にまで手を伸ばしつつあるこの村は、現在金だけはふんだんにあるのである。
「じゃあじゃあ、一応お高いものなので会議でちゃんと手続きを踏むとして…やっちゃいましょうか!」
「やっちゃうかニャ!」
瞳を輝かせ互いに見つめ合うミエとアーリ。
二人ともこうした先を見越した設備投資は大好きなタイプである。
特にアーリは髭をひくひく揺らしながら頭上で尻尾をゆらゆらさせており、だいぶ興奮しているようだ。
「…わしの工房」
が、そこに横槍を突き入れるノームが一人。
「シャミルさん?」
「わしの工房わしの工房わしの工房もぱわーあっぷしたいのじゃ! 後から来た魔導師ばっかりずるいではないかー!」
「きゃー!? どうしたんですかシャミルさんいきなり子供みたいに?!」
「わしの工房も設備を充実させたいのじゃさせたいのじゃもう手作り器具で微細な調合を目分量でやるのはいーやーなーのーじゃああああああああああああああ!!!」
地面に転がり駄々をこねるシャミル。
いつもは常に年長者然としているだけにミエとアーリが唖然とする。
「オイオイミエノアネゴ困ラセンナヨ」
「リーパグ! お主も言ってやれ言ってやれ!」
駄々をこねるシャミルの横に、いつの間にか城壁造りの現場監督であり彼女の夫のリーパグがやってきていた。
「アー…スマネエナアネゴ。イツモハ外ジャコンナコトシネエンダガ…ドウヤラヨッポド欲シイモンラシイゼ」
「あー…じゃあ家ではたまにこんな…?」
ミエがびっくりした顔のまま問いかけ、リーパグがこくこくと頷く。
「ホレ向コウ行ッテ落チ着ケ。疲レタラ寝テロ」
「何を言うておるわしにはまだ…!」
喚くシャミルを肩に抱え、そのまま去ってゆくリーパグ。
互いに顔を見合わせたミエとアーリは…
「…じゃあ錬金術工房もついでに試算できます?」
「…次の会合までにやっとくニャ」
二人で頷き合って、追加予算を計上することと相成った。
× × ×
「それでもうシャミルさんが駄々こねて大変だったんですからー」
「ハハハ。あのシャミルがな。それは是非見てみたいものだ」
その日の晩、クラスク家。
上着を脱ぎ、下着姿になりながらミエとキャスが楽しそうに話している。
「ほんともう見ものだったんですよ。あと可愛かったです。まあ本人相手にまた見たいって言ったら怒るでしょうけど…」
「目に浮かぶようだな」
苦笑したキャスは、だがその後表情を引き締める。
「さあミエ、今日こそ勝利するぞ」
「はい! 頑張りましょう!」
ミエの言葉と共に二人に≪応援≫のスキルが発動する。
ただミエの場合間違いなくクラスク相手にも使ってしまうのであまり意味はないのだけれど。
「だが…二人がかりで挑んであの体たらくなのは流石に厳しい。ミエ、その、先達として何かアイデアはないか」
そう、毎夜二人はクラスクに夜の勝負を挑み、悉く返り討ちに遭っていたのである。
まあ二人とももあれだけ嬉しそうに嬌声を上げているのだから敗北というには当たらないと思うのだが、それでもキャスは戦士として騎士として相手にいいようにやられっぱなしなのが我慢ならないようだ。
ちなみにここは台所兼食堂であり、クラスクは寝室で二人を待ち受けている。
さしづめディフェンディングチャンピオンといったところか。
「そうですねえ…じゃあ旦那様が本番をなさる前に少し落ち着いていただきましょうか」
「落ち着かせる…どうやってだ?」
「ですからこうして…こうやって…こう手とか口でですね」
ミエが己の前で繰り広げる身振り手振りを凝視していたキャスが、途中からみるみる頬を染めて、遂には耳先まで真っ赤になった。
「そ、そうかあれかっ! ミ、ミエが身重の時にしていた…っ!」
「はい! せっかくですからこれを機会にキャスさんも覚えちゃいましょう!」
「だ、だが私はそういったことは不慣れで…っ! は、果たして上手くいくものかどうか」
困惑するキャスの手をミエがそっと握る。
「心配しないでください…私が横からしっかり教えますから」
「う、うむ。た、頼りにしている…」
最後の方はごにょごにょと尻切れトンボとなってしまったが、ともあれキャスは新たなる挑戦の決意を固めたようだ。
…まあもっともそうした性戯に「不慣れなキャスが懸命に奉仕する様と横でそれを教え導くミエという構図があまりに淫靡すぎたせいでクラスクが大興奮し、結局その日もミエとキャスはいいように弄ばれてしまったのだけれど。
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