第213話 深緑の巫女

「大丈夫ですか!?」


隠し通路から飛び出したミエは。詰所の裏の廊下でキャスと鉢合わせするなり心配そうに声をかけた。


「すまないミエ。捕らえて話を聞き出そうとしたのだが、思った以上に手強く仕留める他なかった」

「そんなの気にしないでいいです! キャスさんの無事が一番ですから! よかったぁぁぁ…」


へなへな、と右肩から壁にもたれかかるミエ。

相当に心配だったのだろう。


キャスはミエがそのまま崩れ落ちないことを目視で確認したのち、その背後で小さくなっているサフィナに声をかける。


「サフィナ、助かった。正直私も最初気づけなかった。不意を打たれていたら危なかったかもしれん」


キャスの言葉にサフィナはふるふる、と首を振る。

その身は未だ微かに震えていた。


「…そんなに危険な輩だったのか?」

「いっぱい…いっぱい殺すことしか考えてなかった。見た目とぜんぜん違いすぎて、その、すごく、怖かったの…」

「そうか…だがそれだけ殺意を抱いていたらら流石に私でも気づけそうなものだがな…?」


ふむ、と顎に手を当てながらキャスが不思議そうに呟く。


「ミエ、今回の件次の会合の議題に上げていいか?」

「あ、はい。私もそうすべきかと」


互いに頷き合う二人…その背後に、怒ったような不満なようなそれでいて困惑したような、なんともいえぬ表情のシャミルがいた。


「待て。待て待て。待て待て待て待て!」

「ふえ?」

「何か気になる事でも? シャミル殿」

「気になるも何もあるかあ!」


そう叫びながらシャミルはずびしとサフィナを指差す。

思わずびくりと身を震わせるサフィナ。


「これはどうしたことじゃ!?」

「サフィナちゃんをこれ呼ばわりは酷いと思います」

「サフィナ傷ついた…」


しょんぼりと肩を落とすサフィナ。


「違う! そういう話ではない! サフィナのについてじゃ!!」

「能…? ああ、サフィナちゃんて勘が鋭いところあるじゃないですか。だから元々取り調べ? 用に作ったらしいこの部屋をお借りして面接官のお手伝いをしてみたらこれが大当たり! ガンガン要注意人物を見抜いて大助かりなんですよー」

「あったりまえじゃああああ!」

「ふぇ!?」


シャミルの思った以上の剣幕にミエが気圧され思わずびしりと背筋を伸ばす。


「サフィナ…お主『深緑の巫女ギスク・キャスィパスリィ』じゃな?」


重々しく問いかけたシャミルの言葉に…だがサフィナは小首を傾げて頭上に『?』を浮かべた。

一方でその単語を聞いたキャスが僅かに眉を顰める。


「…違うんじゃないですか? 本人もわかってないみたいですし」

「いやそんなはずは…そうじゃサフィナ、少し確認させてくれんか。お主は西の神樹アールカシンクグシレム護人もりびとで、『世界樹の加護』を受けておる。そうじゃな?」


以前尋ねられたことをまた聞かれ、サフィナがこくこくと頷く。


「『世界樹の加護』により世界樹の護人もりびとは若い内に成長がいったん止まり、その後の成長が極端に遅くなると聞くが、それは真実じゃな?」

「…他の森のことサフィナ知らない。でもうちの森では、そう」


シャミルの問いは、かつてミエ、ゲルダ、シャミル、サフィナの四人でこの村の改革を始めた時、お互いの身の上話をした際に既に話題に上っており、ミエもよく覚えていた。


「ふむ…ではで成長を止めた者は他におるか」

「…いない」


ふるふる、とサフィナが首を振る。


なんじゃな」

「そう」

「やはりか…参ったのう」


再びこくりとサフィナが頷き…シャミルは額に手を乗せ嘆息する。


「あの~…話が見えないんですけど…」


思った以上に深刻そうなシャミルの様子にミエがおずおずと尋ねる。


じゃよ、サフィナは。あの異様に鋭い直観はその力の発現じゃ」

「私も人間の国育ちであまり詳しくはないが…巫女と言うなら『森の巫女キャスィパスリィ』のことか?」

「キャスさん、御存知なんです?」

「少しな。エルフ族の役職のひとつで、その森のエルフ族を導くとされる。そうだな…人間族ていう預言者のようなものだ」

「へええ~…」


確かにミエの世界でも歴史的に預言者などが国や組織を導いたり指導した例は、特に古代に於いて多くあった。

しかもこの世界には魔術が実在しているのである。

そうした役目はより強く、それでいて実用的な意味合いが高いとみるべきだろう。


「うむ。有体に言えばその『森の巫女キャスィパスリィ』の世界樹版が『深緑の巫女ギスク・キャスィパスリィ』ということになる」

「…なん、だと?」


シャミルの言葉にキャスまでも真剣な面持ちで黙思に耽る。


「以前からおかしいとは思っておったんじゃ。世界樹の守護のために長寿のエルフ族の成長を止めさらなる余命を与えて森を守るための護人もりびととする…」

「おかしいんですか? っていうかそもそもシャミルさんがさんがそう言ったんじゃないですか、以前」

「言った。シャミル言った」

「確かに言うた。じゃが幼体で固定するのは変じゃろ。長寿のエルフ族が子供のまま成長が極端に遅くなればいつまで経っても大人になれんではないか。その幼い体で森を守ろうとしてもそれこそ児戯にしかならんじゃろ。そうしたらミエ、どうなると思う」

「…可愛いと思います!」

「可愛さは護人もりぼとの要素から外さんかーっ!」


世界樹…大きな木の根元から大量のサフィナが湧いて出る様を想像してミエが拳を握って力説するが、当然ながらシャミルに一蹴された。


「普通に武器や魔術を用いて世界樹を護らんとするなら青年期になってから成長を止めた方が遥かに有利じゃろ。わざわざ子供時代に成長を止める意味がない。じゃが……というのならば納得できる。書物にもよるが巫女の力は成長と共に失われるともあるからのう。それならばサフィナのように幼いまま固定させる意味もあろうというものじゃ」


はあああああ…と深く嘆息するシャミル。


「どう思う、お主ら」

「何か大変そうな印象を受けました」

「おー…サフィナすごい? すごい?」

「…思った以上に伝わってくれたようで何よりじゃ」


あまり危機感のない二人に再び額を押さえるシャミル。


、そんなに大変な事なんです?」

「ええ、。これが知れれば西の森の世界樹とその周囲の森のエルフ族が徒党を組んでこの村に襲撃に来てもおかしくない程度には」

「…それってまずいことなのでは」

「ええ。そうなります」


ミエの口調が変わるのと同時に、キャスにしては珍しく丁寧な言い回しで返す。


「だからそう言うとるじゃろ」

「でもなんていうかこう…魔法があるんですからサフィナちゃんを探したりはしなかったんですかね」

「そこなんじゃ問題は! 今までそうした動きが全くなかったからサフィナが重要人物じゃという警戒をすっかり解いておったが、深緑の巫女ともなれば占術の全てを駆使してでも探そうとするはず…! なぜ今まで取り返しに来ないんじゃ!」

「シャミルさんでもわからないんです?」

「わしは学者であって魔術師ではないわい! そういったものは専門外じゃ! まだキャスの方が知っていよう」

「いや、私も占術方面は正直あまり…」


視線を交わした三人はしばらく押し黙り…その後キャスが重い口を開いた。


「これも議題ゆきだな」

「ですねー…」

「どうしてこう難題ばかり持ち上がるんじゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」





シャミルの絶叫の下…噂の渦中にあるサフィナだけは、危機感のまるでない顔で不思議そうに小首を傾げていた。





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