第214話 クラスク家の賑わい

あのゴブリンと黒エルフブレイの襲撃から半年…。

この間に村の様子は大きく変わった。

その変化について、少し触れてみることにしよう。


まずキャスがクラスクと結ばれ、彼の第二夫人となった。

それに伴い彼女はクラスク村の永住することとなり、翡翠騎士団とは袂を分かつこととなった。


当然ながら彼女の旗下であった翡翠騎士団第七騎士隊も大騒ぎとなり彼女を止めよう…とはならなかった。

村での生活と共同作戦で、彼らもすっかりこの村のオーク達に思い入れをしてしまっていたし、なによりミエの≪応援≫によりほぼ常時発動しているクラスクの≪カリスマ(人型生物)≫の影響もあって、騎士達もこの地域のオーク族の再討伐を指示される事に嫌気がさしていたのである。


結果彼らは相談の上クラスクの下に降る事となった。

キャスがオーク側についたことで、最も反対しそうなエモニモが折れたのが大きかったようだ。


クラスクは彼らを村の兵士として雇い、急増でリーパグに兵士達の詰め所を作らせ、見張り任務をはじめ村内、及び畑や畜舎の巡回などを任せることにした。

また第七騎士隊が人数確保のための寄せ集めだったお陰で農家出身の者もそれなりに多く、彼らには元棄民の村人達やオークどもに農作業のノウハウを教えさせることにした。



…なおエが身重のせいで(本番が)できない分色々溜まっていたクラスクにいいように弄ばれたキャスは、ほぼ二晩で彼から離れられない肢体カラダにされてしまったらしい。



さて一方第一夫人のミエの方だが、あのゴブリンの襲撃の一件以降急に腹が張り出して、歩くのも困難になる程に大きくなった。

皆が彼女の世話する中右往左往していたクラスクは、だが思い立って村を飛び出すと近隣のオークの村からの老婆を連れてきた。


オーク族における出産は基本自然分娩である。

彼らに医療の知識がないので当然と言えば当然だが、不潔な環境で行われる出産で命を落とす女性も少なくない。


オーク族のまじない師は基本女性だけがなるもので、さまざまな系統の魔術ののような術を操り、自然分娩よりはだいぶマシな、いわゆる産婆のような技術も持っていた。

オーク族が捕らえた女の具合を気に入ってなるべく生かしておきたい時など、少しでも安全な出産が望まれる時、彼女ら『まじない師』にお呼びがかかるわけだ。


彼が連れてきたまじない師の名をモーズグ・フェスレクと言う。

クラスク村以外のオークの部族で、女が唯一まともな扱いを受けられるのがこのまじない師という職だ。


女だから、とか女のくせに、といった侮蔑が消えることはそうそうないが、少なくともまじない師が奴隷のような仕打ちを受けることはない。

それだけでもまだマシな方だと、彼女は後にミエの語ったという。


当初は己の住まう村から出るのを嫌がっていた彼女だったが、クラスクの真摯な説得と報酬に負け、結局馬に乗せられクラスク村へとやって来た。

なにせミエの応援がなくとも、彼のスキル≪カリスマ(オーク族)≫はオークには覿面に効くのである。


そして己の村とあまりに違うクラスク村の様子に目を丸くした彼女は、特にこの村の女性の扱いが気に入ったらしく、クラスクが用意した報酬を半分にまけてくれた。


さて、彼女が到着した頃にはミエはベッドから起き上がることもできなくなっており、だいぶ苦しそうな様子だった。


右往左往するクラスクと自然分娩の準備をしていた村の娘達を下がらせ、まじない師モーズグは全て己のやり方に任せる事、己のやり口に一切口出しせず邪魔もしないことを誓わせ、ミエの前に立った。


「せんせえ…わたししぬんですか…?」


不安で心細くなっていたミエがうわごとのようにそう尋ねると…老婆は先生? と首を捻った後、腰に手を当ててこう答えた。


「さてさて、こんな腹の大きな娘から赤子を取り出すのは…まだ百件くらいしか経験がないねえ」


たった一言でミエを安心させた彼女は…その後驚くほどあっさりと出産を成功させた。


彼女はまずミエの陣痛を待ち、その腹が大きすぎるため自然分娩が不可能だと判断してまじないをかけてでミエの腹を掻っ捌き、ぽんぽんと赤子を取り出すとぽいぽいぽぽいと水を溜めた瓶の中に放り込み、見守っていたシャミルやサフィナらを仰天させた。

まるで入水させ赤子を殺害するかのような行為にゲルダが拳を握って部屋に飛び込もうとして、クラスクが慌てて止める。


その間に彼女は手早くミエの腹を原始的な針と糸で縫い合わせ、傷痕を薬草で消毒し、その後瓶の中に放り込んだ赤子たちを取り出した。


三つ子である。

見た目がオークそのものの男の子が一人と見た目が人間族の女の子が二人。

しかも水の中に沈められたはずなのに皆無事どころか実に元気だった。


そしてあらかじめクラスクに砕かせた獣の骨の粉を煎じて緑色の悪臭のする薬を作ると、それをミエに毎日飲むようにと指示した。

一口含んでその感じたことのない味わいと苦みにミエの顔が凄まじいことになったが、必死に喉奥に流し込む。



母子ともに無事だったことでクラスクは大はしゃぎし、消毒した手で己の息子を高々と掲げた。




「お前の名前はクルケヴ…クルケヴダ!」


息子はクルケヴと名付けられ、娘二人はそれぞれミックとピリックと命名された。


大はしゃぎするクラスク、喜びに沸く村の者一堂。

ただ…その中にあって、なぜかシャミルだけは険しい顔でその赤ん坊たちを見つめていた。



その後十日ほど、まじない師モーズグはミエの様子を見るために村に残った。



ミエの産後の経過は驚くほどによかった。

出産前より体の調子がいいほどである。


なにせ出産直後に腕立て伏せや腹筋ができるレベルであり、その点に関しては彼女の知る現代医学よりむしろ優れているとすら言えた。

ミエは自分の子供たちに乳を上げながら、彼女とよく話をした。


出産の時彼女が赤子を水に放り込み、見ている者にあわや殺害…と慌てさせた行為の意味も、その時知った。

どうやらあの瓶の水にはあらかじめ〈羊水ワース・ガシュムネ〉なるがかけられており、そのまじないのかかった水は赤子をまるで母親の胎内にいるかのようにその中で呼吸させるのだという。

一見して多胎児であることを看破したその老婆は、赤子と母親を同時に相手取ることが難しいと判断し、まじないを用いて赤子の相手を後回しにしたのだ。


ミエの体調が妙にいいのも意味ちゃんとがあった。

ミエが服用しているあの苦い薬液は〈伝骨マイルド・トゥメルス〉なるまじないが込められており、ミエの体内の脆くなった骨を元に戻してくれるのだという。

出産した母親がやたら骨折しやすくなるために調合されたらしい。


さらにミエの腹を引き裂いたのは〈なおり傷オラグミューメイ〉というまじないで、こちらは皮膚に鋭利な傷をつけて引き裂いた後、自然治癒力を高めてその傷口をすぐに癒着させ治してしまうのだという。


ミエは驚いた。

水を羊水をに変え赤子が肺呼吸を始めるための補助にする。

骨粗鬆症こつそしょうしょうを防ぐため骨を丈夫にする。

いずれも出産の際に大いに助けになるものだ。


さらに傷つけた身体をその後治療する魔術など攻撃などに使えるはずもない。

それどころかこのは膨らんだ腹が出産後にたるんでしまう、いわゆるぽっこり腹すら自然と元の張りのある肌に戻してくれるのだという。

つまりそれらは女性のなのだ。


科学が人類の必要に応じて発展したように、魔術もまた必要があるからこそ研究し、開発されてきたのだろう。

まじない師のように土俗的な術師であってもきっとそれは変わらないはずだ。


ならば衛生観念が乏しい中世に近い世界で、きっと死亡率の高いであろう妊娠や出産に関わるが発達するのは、むしろ考えてみれば当たり前のことなのかもしれない。

特に種族の維持のため体格や体質がまるで異なる様々な異種族と交配し、出産させねばならぬオーク族にとって、それはとりわけ重要な事だったのだろう。



(でもよかった…私の考えが杞憂で…)



娘二人に乳を与え、よしよしと彼女らを優しく揺らしながら…

多幸感に包まれつつミエはそんなことを想った。


以前東山ウクル・ウィールの部族を訪れた最に感じた違和感…

村ごとに生まれる女性の出生率に差があるのではという疑念。

けれどそれは己が娘を二人産んだことで払拭された。


オーク族全体で女性の出生率が低いことに変わりはないけれど、村ごとに違うなどという珍妙なことはあり得るはずがない。

この村で暫く女児が生まれなかったのは単なる偶然だった。

自分が娘を二人産んだことがその証明ではないか、と。




そう…彼女はここで、を捨ててしまった。




かつて病弱で大人になるまで生きられないと言われた自分が子を産めた幸せと、愛する夫との間に子を為せた安堵に流されて…それが真実かどうかも、村ごとの傾向も調べもせずに、単なる杞憂だと忘却してしまったのだ。





…そこに、大きな意味が隠れていると気づきもせずに。





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