第212話 こっそり面接官

「なんじゃこれは…?」


説明されなくてもシャミルにもわかってはいる。

壁の向こうは面接部屋、ここは秘密の隠し通路。

とくれば当然行っているのは…


「面接の覗き見か…? 趣味が悪いのう(ひそひそ」

「一応意味があることですので…(ひそひそ」

「意味じゃと?(ひそひそ」


小声で言葉を交わしながら部屋の中を覗き見る。

確かになかなかに悪趣味と言えなくもない。


「なんの意味があるんじゃ」

「今の人はみたいです。でも男の人かー…」

「…大丈夫? なにがじゃ」


言葉の意味がよくわからず問い返すが、ミエは何やら真剣な顔で小さな穴から部屋を覗いている。

シャミルも仕方なしに彼女に習い覗き見を続けた。


…ミエの言葉の前半の意味はともかく、後半の意味をシャミルはよく知っていた。

この村の発展や拡大も無論必要だがそれらはあくまで副次的なものであり、本来の目的はオーク族のである。

そのためには他種族の男性は必要以上に増やしたくない。


…が、村や街を維持するためにどうしても必要な人員は存在する。

それが職人達である。


織物、染物、塗物、大工、金物屋、鞍馬屋、仕立屋、粉挽、精肉、製パン、製靴…特に今は石工などが是非欲しい。

オーク族の原始的な暮らしに決定的に欠けていて、文化的な生活をする上で欠かせない職能の者達は、喩え男性であっても確保しておきたいのである。


ゆえに今のこの村はまず女性を、次に職人を求めており、商売人などはこの村が拠点でない限りお断り…のような選考基準で移住希望者を秤にかけているわけだ。


ちなみに今日はキャスが面接官を務めているが、いつもそうだというわけではなく、兵士たちが面接するような日もある。



だが…詰所の兵士たちは皆人間族に見える。

一体このこの村はどこから彼らを調達したのだろうか。



さて、しばらくは面接が滞りなく進み、シャミルが飽きて小さな欠伸を噛み殺した時…今までじぃっと無言で面接の様子を覗き見していたサフィナが小声でぼそりと呟いた。


「あのひと…嘘ついてる」

「嘘? 今の出身地のこと?」


ミエの問いにサフィナがこくんと頷く。

シャミルは改めて部屋の中を覗き見るが、面接を受けているのは特に特徴もない風采の上がらない若者である。

確かツォモーペの出身と言っていたような…訛り的にもシャミルは特にその発言がおかしいとも思わなかった。


「それって適当に言ってるだけ? それともわざと?」

「…わざと。自分のホントを隠してる感じ」


横で当たり前のようにかわされるミエとサフィナの会話にシャミルが目を丸くする。


「じゃあ…悪いことする人? その、人を殺したりとか」

「…………………」


ミエの言葉にサフィナは暫く押し黙る。

どう答えたらいいか思案している風だ。


「…、すると思う」

「それって感じ?」


ミエの言葉にこくんと肯首するサフィナ。


「あとは…そうだなあ。命令されたらってことは、がいるってこと?」

「…たぶん」


サフィナの小声での返事にミエは困ったように眉根を寄せた。


「うう~ん…うちの内情を探りに来たスパイさんですかね?」

「そういうのは、わからない」

「ですよねー。でも金物屋さんかあ。手に職持ってるのは魅力ですねえ。大工とか鍵師だと侵入路とか作られちゃいそうですけど金物屋ならいいかなあ。本人の様子からするとうちの内情調査ってところでしょうか。ならそれとなく兵士の皆さんと村の人に動向を注意するようにしてもらった上でどんどんうちの情報をその偉い人に送ってもらいましょうかねえ」

「待て。ミエちょっと待て」


淡々と進む会話に唖然としたシャミルは、隣の部屋にバレぬよう小声で二人に声をかける。

だが…


「!!」


びくん、とサフィナが身を震わせ、顔が真っ青になる。

声をかけるより早くミエが彼女を引き寄せ、強く抱きしめた。


「大丈夫?! 平気? どうしたの?」

「こんどの人…ダメ…!!」


カタカタと身を震わせたサフィナが脂汗を浮かべながらその目を驚愕に見開いている。

シャミルは二人の会話に気を取られ次に来た移住希望者を確認していなかったことを思い出し、急いで壁の穴から部屋の中を覗いた。



…が、そこにいたのはいかにも凡庸な顔をしたあばた顔の中年男性だった。

一見すると特筆すべきところがあるようには到底見えない。


だが…サフィナの様子は明らかにおかしい。

彼女はひしとミエにしがみつき、震える声で告げる。


「危ない…危険!!」

「サフィナちゃん? そんなに?」

「死ぬ…いっぱい死んじゃう…!!」


彼女の様子が只事でない事と判断したミエは素早く壁を叩く。

どんどん、どん、どどん。


びくん、とその音に驚く中年男。

同時に目を細め腰の細剣に手をかけるキャスバスィ。


壁から響くその音と叩く間隔を聞いて、キャスが改めて目の前の男を見つめ、目祖細める。


「失礼だが、改めて身体検査をさせてもらっても構わない…かっ!?」


キャスが全てを言い終える前に、その男は床を蹴り椅子に足をかけ机の上を這うように彼女目がけて襲いかかり、抜く手も見えぬ早業で懐から何かを放ち斬りかかった。


鈍い金属音。

キャスの首筋を狙ったその奇妙な針のような細い剣…刺剣は、だがギリギリのところでキャスが鞘から抜きかけた細剣の柄によって受け止められていた。


キャスの鼻腔が何やら不快な刺激臭をその剣先から感じ取った。

おそらく毒刃だろう。


相手はキャスの肌に傷を付けんと力を込め、キャスはそれをさせまいと両手で柄を支える。

毒刃と剣の柄が互いの持ち主の意思を代弁するかのようにギチギチ、と拮抗すした。


と、次の瞬間キャスは何を思ったのか柄を握っていた左手を離し真横に伸ばし、次に人差し指を中指を立てて相手の方に突き出した。

目突きだろうか。


机の上で素早く刺剣を引っ込めその攻撃をかわした相手は、次に彼女が突き出した腕を傷つけんとその刃を横に奮った。


吹け 弾け そして纏えシャウ メイハス アッザスブ…〈風巻・解放ギュー・サイプティア・エイリアマス〉!」


だが…次の瞬間、彼の乗っていた机がばぶん! という音と共に真上に吹き飛び、彼を乗せたまま天井に激突した。

凄まじい勢いで天井に叩きつけれらた男は後頭部をかち割られ、口から血反吐を吐いて…ふた呼吸ほど置いてから地べたにそのひしゃげた身体を落下させた。



先程のキャスの攻撃…あれは正確には徒手での攻撃に見せかけた呪文詠唱だった。

呪文の詠唱には誰もがイメージする音声詠唱の他に身振り手振りと言ったがある。

先刻の腕の振りはその動作詠唱を満たしながら攻撃に見せかけたものだったのだ。


そして精霊魔術。

風の精霊が常在していない屋内の密閉空間ゆえに、彼女の得意とする風の魔術は普段より魔力が嵩む。

ゆえに彼女は己が得意とする、武器に風の精霊を巻き付ける比較的初級の精霊魔術〈風巻ギュー・サイプティア〉を選択した。


そしてそれを…手にした細剣ではなく、


手足も立派な武器である。

ゆえに武器に付与する魔術は基本手や足に付与することもできる。

ただ武器に比べて威力がどうしても劣ってしまうから、誰もやらぬだけだ。


渦巻く風を纏った彼女の蹴りが、真下から机を襲う。

同時にその魔力を一気に『解放』し、呪文の残りの持続時間と引き換えに爆発的な風を巻き起こし相手を机ごと天井に叩きつけたのだ。


「隊長!! なにがあったんす…か……」


外で見張りをしていた兵士二人が部屋の中の異音を聞きつけ慌てて飛び込んでくる。

そして部屋の惨憺たる有様をみて目を丸くした。



「うわあ…大丈夫っつーか…」

「相手のが大丈夫じゃねえやこりゃ…」



二人の唖然とした顔と、部屋をそーっと覗き見て真っ青になる移住希望者達に溜息をついたキャスは、抜きかけた細剣をしまい指示を下した。


「面接は一旦中止だ。残りの希望者は申し訳ないが一度宿に戻ってもらえ。明日以降にずれ込むようならその分の宿代と食費はこちらが負担する。ライネス、レオナル、お前たちはこの部屋の掃除と…あとは村の職人に机の注文をしておいてくれ」

「「ハ、ハイ!」」


キャスが部屋を出ると、詰所の中に通されていた数人の移住希望者たちが慌てて道を開ける。

彼女はそのまま足早に詰所の奥へと姿を消した。





そして…残された村の兵士二人…彼らの兜の下にあったのは…かつてキャスが翡翠騎士団第七騎士隊の隊長、彼女の旗下だった騎士…ライネスとレオナルだった。




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