第211話 移住希望者

「しかしあれじゃな。先ほどの様子を見るにすっかり立ち直ったようじゃな」

「? なんの話です?」


曖昧な言い回しにミエがきょとんとした顔で問い返し、シャミルが周囲に聞かれぬよう声のトーンを落として答えた。


「元棄民の連中じゃ。以前に比べだいぶ溌溂はつらつとしておるではないか」

「確かに…」


ミエは人差し指を顎に当てながら繁華街の様子を窺った。

新しい村人たちの間に当たり前のように元棄民の村人たちが混じっている。

今は昼間なのでその多くは畑作業に従事しているが、買い物や少し豪勢な昼飯を摂ろうと出店の方に顔を出している者もいるようだ。


そして…彼らの表情は皆驚くほど生き生きとしている。

かつてクラスク達が村にやって来た時に反抗する気力も気概もなくたた地べたに這いつくばり平伏していた頃と比べればその差は歴然である。


「いつからじゃろうな」

「う~ん…初めの頃、お給金を支払い出した時と、化粧を教えた時と…あとは…課税を始めた時ですかねえ」

「課税!? なぜそれで元気になるんじゃ!?」


ミエの言葉にシャミルが目を丸くする。


虐げられるばかりだった彼らが労働とその対価の賃金、という雇用形態によって契約上は雇用主と対等に扱われ、尊厳を手に入れたこと。

公共の風呂が設営され、また主に女性達がミエに化粧を教わったことで皆清潔に、そして綺麗になり、外見の変化から自信を手に入れたこと。

そこまではいい。

シャミルにも納得できる。


だがなぜ村や街に住む者達の最大限の悩みの種であり不満の元である税金を課せられたことが、彼らをあれほど生き生きとさせているのか、それがわからない。


「ん~…たぶんなんですけど、彼らは私達に感謝してるんじゃないかなって」

「そりゃしとるじゃろ」


棄民達はかつて差別を受け続け、すっかり自信を喪失していた。

字の如く自らを信じることができなくなっていたのである。


それに対して怒ったのがクラスクであり、具体的な救いの手を差し伸べたのがミエである。

いわば彼らは彼らは命だけでなくその自尊を救われたのだ。

感謝しないはずがない。


「でも…その感謝をずっと返せてないって思ってたんじゃないかなって」

「ああ…成程?」


彼ら棄民達は確かに己の労働で正当な対価を得られるようになった。

小奇麗になったことで自分にも自信がついた。


けれど心まで救われた自分達が受けたほどに、クラスクに、ミエに、その恩を返せていないのではないか……と、彼らがそう感じていたとしたらどうだろう。


そう考えると課税、即ち納税義務を課せられたことで、彼らは初めて自分達が恩を返せていると感じたのかもしれない。


「ふうむ…人の心は複雑じゃなあ」

「ですねえ」


二人がそんな会話を交わしている最中…雑踏の中こちらを見つけて両手を挙げてぴょんこぴょんこと飛び跳ねる少女がいた。


「ミエ! シャミル!」

「サフィナちゃん!」


ぱたぱたと駆け寄ってきて二人に飛びつくサフィナ。

獣人のように尻尾が生えていたら全力で振っていそうである。


「久方ぶりじゃな。まあ最近でも遠目でちらちらは見ておったが」

「人がふえて、いそがしい…」


彼女の夫であるワッフは森のクラスク村の食料や商品の管理を任されている。

今はアーリンツ商会の倉庫があるから幾分楽にはなったけれど、その分販路が拡大し注文も増えたので多忙さは変わらなさそうだ。

当然彼の手伝いをしているサフィナもまた忙殺されており、以前のように気軽に集まれる仲ではなくなってしまった。


「以前と言えば…」


村の中心部を少しだけ過ぎたあたりで、クラスク村護衛隊の店の前を通りがかる。

中ではいつもの如く旅の商人達がオークの護衛部隊の取り合いで盛り上がっていた。


「ともかく一刻も早く届けなくちゃならんのだ! すぐに手配してくれ!」

「それよりこっちだこっち! うちだって納期迫っててまずいんだ! 襲撃とかされたら不渡り出しちまう! 金なら出す!」

「なんだこっちのが先だぞ!」

「順番より金だろ!?」

「なんだと」

「あーもーうるせーなあ!」


喚き罵り合う商人達を前にゲルダが叫ぶ。


「たいへんそう…」

「随分と苦労してるみたいですねえ」

「任せたのはお主じゃろ」

「それはそうですけど…」


ミエは感謝と若干の申し訳なさもあって詰所の方に両手を合わせ頭を下げる。

彼女の故郷であれば『拝む』と表現するのが適切だろうか。

真似っこするサフィナ。

二人を見て仕方なく頭をちょこんと下げるシャミル。


「…シャミルにはせーいが足りない」

「なんでわしがゲルダに誠意を示さんとあかんのか」

「そうかな…そうかも」


眉根を顰め小首を傾げ考え込むサフィナ。


「ところでわしらは今どこに向かっとるんじゃ。村の課題の洗い出しはさっきので最後かの?」

「あ、はい。課題の方は。今向かっているのは兵士さん達の方の詰め所です」

「詰所…? あそこは確かいま今月分の面接会場になっておらなんだか」


兵士の詰所は村の門番や見張り、それに巡回などに就いている兵隊たちが待機したり休憩したりする場所である。

現在はその一角が改装され、月に何度かこの村への移住希望者の面接を行う会場となっていた。


「はい! サフィナちゃんと合流できたのでその面接に向かうところです!」

「なに…サフィナと?」


シャミルが怪訝そうな顔で問い質すと、サフィナが鼻息荒く腕曲げ力こぶを作った(作れてない)。


「サフィナ…うらめんせつかん(ふんす」

「うら…どういう意味じゃ」

「せっかくですから見ていきます?」


ふんすふんすとやる気満々なサフィナの横でミエが指差した先には、目当ての兵士たちの詰め所があった。


その入り口には見張りの兵士が二人ほど。

そしてその前に数十人の列ができている。


「おお、おお、千客万来じゃな」

「最近は面接があるたびにいっつもこうですけど…シャミルさんはあまり見てないんです?」

「ふむ、わしは最近法律関係の書物の閲覧と錬金術の研究とで森の方ばかりにおったからな…」


シャミルはミエに案内されるまま行列の脇を過ぎ、詰所の裏手へと回った。

詰所の裏には扉があって、ミエは懐から鍵を出してそこを開ける。


裏口から詰所に入ると、ミエは廊下を歩きながら右手側の壁をずっとさすさすとさすっている。


「なんじゃ、迷宮にでも挑むつもりか」

「迷宮…まあちょっと近いですかね」

「なんじゃと?」

「ミエ、今過ぎた」

「ふぇっ!? …あ、ほんとだ」


サフィナに指摘されたミエが慌てて立ち止まって二、三歩戻り、手探りで壁をまさぐる。

そしてその一角を手で押すと、なんとその部分が沈んで鍵穴が現れた。


「おお、随分と凝った仕掛けじゃな。もしやこれをリーパグが?!」

「はい。鍵師のリグトさんに弟子入りしまして」

「マジでか。そういえば少し前に何やら自慢げに話しておったような…」


ミエが先刻とは別の鍵をそこに差し込むと、壁が回転しその向こうに薄暗い通路が現れた。

サフィナがとてとてと、そしてミエが少し背をかがめながらその中に入る。


「…なんじゃ、ずいぶんと狭い通路じゃな」

「表向きは存在しないはずの通路ですので…」


小柄なサフィナやシャミルはさほどでもなかったが、ミエの身長からするとやや狭な通路を少し進むと、前方の壁からなにやら光が差し込んでいるのが見えた。

指を立てシャミルに向かってお静かに…のポーズをしたミエが、つんつんとその光を指差す。


シャミルがそこから覗き込むと、その向こうには3m四方程度の部屋があり、中央にテーブル、そしてその左側に汗を掻いている見知らぬ男性がいた。

そしてその右側には…


「で、この村への移住を希望する動機は?」





面接官として彼に質問しているキャスバスィの姿があった。




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