第210話 村の税制

現在この村に起こっている想定外の問題。

それが増加…いや激増しつつある村民希望者である。


無論新たに村人が増えること自体は歓迎である。

なにせ先刻すれ違ったエッゴティラのような女性こそがこの村の『本来の目的』なのだから。


そもそもクラスクやミエがこんな村を作った理由は、元を辿ればオーク族の女性不足に帰結する。

略奪や襲撃を抜きに女性問題を解決しようとした結果、オークの印象をよくして嫁を向こうから呼び込もう、というのが最終的な目的なのだ。


もっともエッゴティラに関してはあくまで職人として自分の腕を存分に振るいたい、というのが望みである。

女性大歓迎かつ職人不足のこの村とはその思惑が一致し、彼女は現状に大いに満足しているようだ。


彼女は結婚願望自体は特に持っていないようだが、村を行き交う(そして親しくなる目的でしばしば店に訪れる)オーク達にもだいぶ慣れたようで、今は仕事が充実しているから後回しにしているけれどいい相手がいればいずれは…程度には考えを改めたようだ。

オークにとっても彼女個人にとっても、かなり理想に近い着地点と言えるだろう。


ただこういうケースは非常に稀である。


根本的な問題として、自分の故郷を離れて旅をしよう、商売をしよう、などと考える連中は大概男であり、当然ながらこの村の定住希望者もその多くが男性である。


だが…それを無制限に受け入れるのはこの村にとって大きなリスクになりかねない。


例えば村に新たな人間族の女性が一人訪れて、ここが気に入って定住したとしよう。

だがそれと同時に人間族の男性が十人住み着いたとしたらどうだろう。

彼女はいざ結婚となった時、人間族よりオーク族を選ぶだろうか。


答えは否である。

誰だって…とまでは言わぬが、選択肢があるのであれば殆どの場合同族の方を選択するはずだ。


それでなくともオーク族は魅力値が低く、世辞にも美男とは言い難い容貌なのだ。

同族の男性と比較したらどちらが選ばれるかなど火を見るよりも明らかだろう。


というわけでこの村は現在勝手に住み着くことを固く禁じており、村への移住希望者は面接が必須となっている。



それは同時に村の住民を完全に管理し把握する必要があるということであり、この村に戸籍を作成する、ということでもある。

そして…戸籍を作るということは、住民に課税することが可能になる、ということでもある。



「その節はシャミルさんには大変お世話になりました」

「まったくじゃ」


憮然とするシャミルにペコペコと頭を下げるミエ。


「すいませんあまり税金方面に詳しくなかったもので…」

「ま、そうじゃろうな。お主が興味なさそうな分野じゃろうし」

「まったくです!」

「ええい偉ぶるでない!」


税金の設定にあたってシャミルは色々と頭を悩ませ、最終的に住民税と所得税をその柱に据えた。

すなわちこの村の庇護を受けるために収める税金と、この村で利得を得た分を収める税金である。


なお住民税に関しては男性より女性の方が安く設定されている。

少しでも多くの女性にこの村に移住し、定住してほしいからである。


それに加えて村の土地は全て村長たるクラスクの所有物とし、その他の個人が私有することはできないものとした。

つまり村の建物は全て借地であり、居住する者は皆賃料を支払う必要がある。

その賃料を用いて村の公共物の建築費や補修費を賄う仕組みだ。


そしてそれ以外の細々とした税…当時の領主があの手この手で収奪しようとした税金は、ほぼほぼすべて取っ払った。


まず外部に金が流出しかねない外からの商売人の参入はしばらくお断りし、アーリンツ商店の系列店のみで経済を回しているために間接税(関税)が不要となった。

同様の理由で村の市場に参加するために支払う市場税もすべて身内のみのため必要ない。


村には教会がないため五分(5%)税…ミエの世界で言うところの十分の一税も不要だし、土地の私有が禁じられているため土地相続税や移転税も不必要だ。

人頭税は住民税で事足りるし、住民が支払う賃料によって公共物を賄う関係上公共利用税もいらぬ。

また『農地を借りたい農民と貸す地主』ではなく『クラスクの代わりに村民が畑を耕し対価として賃金を得る』という形式の為、地代を支払う必要もない。


要は支配者たる貴族があの手この手で徴収していた税金のほとんどがとっぱらわれた形であり、結果としてこの村の税制は非常にシンプルになった。


激論となったのが通行税である。

交通の要衝に設置したため多くの旅人や隊商がこの村を通過せざるを得なくなった。

そのため喩え些少でも通行税を設ければ莫大な収入が見込めるはず…だったのだが、ミエとシャミルが色々と討論を重ねた結果これは見送られた。


これにはちゃんと理由がある。


この村に税を設定しなければ即ち無税ということになり、あまりに有利な条件に移住希望者が大挙して押し寄せてくるだろう。

現時点でも持て余しているのにこれ以上面接官の手間を増やしたくないのだ。

これが税制を敷いた理由である。


だが独自の税制を制定する、ということは当然ながらアルザス王国の領土内にあって彼ら王国の支配に従う気がない、と宣言しているに等しい。

言わば反逆である。


ただ現在この村で制定している税制は、全て村内の住民に対し掛けられるもののみで成立している。

ゆえに少なくともうちはうちで勝手にやっていると、王国に迷惑はかけていないと主張することができるのだ。


けれど通行税を徴収すれば村の住人以外からも金を集めることになり、それはこの街道を利用する者達の利益を損なうものだとして国軍を派兵される大義名分を与えてしまう。

ゆえに通行税を設定することはできなかったのだ。

ちなみに通行税以外にも、関税や市場税なども同様である。



こうしたシャミルの苦心の成果がどのような結果をもたらすのかは…もう少し後の話となる。



なお村の元からの住民…すなわち元棄民達への税金導入は、彼らの労働に対する賃金から天引きする事となった。

その上畑が予想以上に拡大し、秋に多くの実りをもたらしたため、ミエの発案で彼らに税の説明をすると同時に給金を上げた。


すなわち税金を導入した分賃金を上げることにより、彼らの手取りを一切減らさないようにしたのだ。

これにより彼らの税の導入後も彼らの収入は一切下がらず、不満は一切出なかった。


「商店がアーリンツさんの系列店しかないから村の相場が仕入れ値以外に外部の影響をほぼ受けないところが役に立ちましたねえ」

「ま、そうじゃな。物価の上下をこちらである程度制御できるからこそ可能な芸当じゃ」


小難しい話をしながら繁華街に戻ってきた二人。

道行く住人たちが次々にミエに挨拶してゆき、ミエもまた丁寧に頭を下げていちいち挨拶を返す。


非常に腰の低い村長夫人なのである。


「こんにちは、ミエ夫人」

「あ、ミエのあねごだー!」

「ミエのアネゴ、どうもです」

「どうも。どうもですー。いえあのアネゴとかじゃなくてですね…まったくなんでこっちの村まで広まってるんでしょうか…」


ただいつの間にかにこちらの村人たちにすっかり定着したその呼び方にはしきりに首を捻っていたけれど。


「ア、ミエノアネゴダ」

「ミエアネゴ! オツカレサマデス!」

「あなたたちですかー!」


見張りのため巡回していたオーク達に声を上げ、彼らがぴゅうと逃げ出した。

それを見て村人たちが口々に噂し、囁き合う。




一声上げただけで屈強なオーク達を退散させるだなんて。

やはりミエのアネゴはオーク達が話していた通りとても強くて頼もしくて怖い方なのだな…と。





「だから違うって言ってるじゃないですかー!!」





ちなみに彼女のアネゴ呼びを率先して村人に広めたのは……他ならぬ彼女の夫その人である。






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