第200話 戦いを終えて

遠くから風に乗って聞こえてくるのはオーク達の凱歌だろうか。

どうやら主戦場の方でも決着がついたようである。


まああちらの戦場はそもそも未訓練のゴブリンを数だけ放り込み、こちらの主力を誘い込んだ上でゴブリンごとまとめて焼き払うつもりだったのだろうから、その計画が頓挫すれば順当にオーク達が勝利するのは自明の理と言えた。


さて火の精霊の機嫌が戻ったのか、残っているのがまだ枯れていない青草ばかりだからか、この辺りの炎もだいぶ鎮火してきたようだ。


つい先刻まで戦場だったその地で、クラスクはナイフで自分の傷口を抉り取り、周囲の未だ燃えている枯草でナイフを炙って傷口に押し当てていた。


「ふう…これデ大丈夫ダ」

「全っ然大丈夫じゃない! まったくなんて乱暴な…!」


クラスクのやっていることは簡易的な毒抜きと消毒と止血ではあるが、やり方は強引極まりない。

人によってはこの治療の方でダメージを受けそうである。


「せめて包帯代わりの布があればいいんだが…」

「布そこにあル」

「私に全裸になれと言うのかっ!」


クラスクの指し示した鎧の下の己の下着を両手で隠し、真っ赤になってがなり立てるキャス。

まあこんな軽めの会話ができるのも目下の敵を打ち果たしたからこそではあるが。


「しかし…すっかり騙されたな」

「ドうイう事ダ?」

「敵はんだ。お互い姿を消して、巧みに連携を取って、二人で一人を装って動いていた」

「成程…ドうりデ時々手応えが変な気がシタ」

「ああ。両方殺してしまった以上これは推測でしかないが…おそらく高いランクの精霊魔術を操るが盗賊技術はそこそこの者と、高い練度の盗賊技術を有するが精霊魔術はそれなりの者とが組んで、それぞれの弱味を補って戦っていたのだろう」

「ホホウ! 頭イイナ!」


キャスの説明にクラスクは本気で感心してる。

自分の知らぬ戦いのスタイルというものに興味津々のようだ。


「目に見えナイから誤魔化しやすイトイウ事カ。考えタナ」

「まったくだ」

「俺もラオと組めば同じようなこトできルか?」

「…お前たちは姿を消せないだろうが」


キャスに言われて「ソウダッター!」のような驚愕の表情を浮かべるクラスクに、キャスは軽く吹き出してしまう。


ほんのわずかな間に遠くまで移動したように見せたり、

ランクの異なる魔術を連続で放ったり、

攻撃魔術を撃ったすぐ後に背後から奇襲を仕掛けてきたり、


これらは全て一人の圧倒的な技量を持つ盗賊兼精霊使いが為した事にも見えるけれど、練度の異なる二人のコンビネーションでも説明が可能である。

なまじ知識があるだけに、キャスの頭が勝手に相手を強大に仕立てていたわけだ。


「しかしよく気づイタナ」

「そこはクラスク殿のお陰だ」

「俺ノ?」

「ああ。クラスク殿は先刻無茶をして傷口を広げて血の飛沫を相手に浴びせかけただろう」

「浴びせタ」


キャスの問いかけにクラスクはうんうんと頷く。


「あの時見えたのだ。クラスク殿の目の前の相手に血がこびりつくのと同時に、その背後で、血が地面に落ちる前に『何か』に付着したのをな。それで気づいたのだ。透明な相手は最初から二人いたのではないかと」

「オオー!」


クラスクが目を丸くして素直に感心し、盛大に拍手をして讃える。


「あまり褒めるな。今日はクラスク殿がいなかったら幾度か死んでいた。己の未熟を恥じ入るばかりだ。これでは部下どもに大きな顔もできん」

「そんなこトナイ。キャス。お前のイテくれテ助かっタ」

「クラスク殿にそう言われると、少しは楽になるが…」


ふう、と体の力を抜いて、先程の激闘の跡を眺める。

そこには自分達が打ち倒した敵の死体が二体転がっているはずだが、未だに目には見えぬままだ。


「アレ消えたままカ。知らん奴がここ歩いタラ転びそうダナ」

「いや…姿を消した状態を維持し続けるのは魔術的にも難しい。もう少し待てば見えるようになるだろう」

「ナルホド」


魔術に関してはクラスクは殆ど素人である。

キャスの説明にいちいち感心して聞き入っている。

それがキャスには少々面映ゆかった。


「トこロデ…一つ聞イテイイカ」

「ん? なんだ? 改まって」


クラスクの顔がやや神妙になっていることに気づき、キャスも背筋を伸ばし彼の言葉に耳を傾ける。


「こイつラ…ダト思うカ?」

「!!」


キャスの体がびしり、と硬直し、一瞬言葉に詰まる。

そして僅かな逡巡の後、己の判断を告げた。


「…違う、と思う」

「ダヨナ」

「クラスク殿もか。どうしてそう思った」


キャスの問いにクラスクはどこかつまらなそうな顔で呟く。


「戦っテテこイつらから自分デ何かする! し遂げテヤル! みタイナを感じなかっタ。言われタからやっテル感じダ。確かに強かっタが上に立つには貫目おもさが足りナイ。そうイう奴は強くテモ怖くナイ」

「ハハ。なるほどな。族長としての視点か」

「お前はなんデそう思っタ」

「魔術は実力以上にはできないからだ」

「ウン…?」


キャスの言葉の意味がわからず、クラスクが眉根を顰める。


「先程クラスク殿が…その、私を守ってくれた呪文があっただろう。炎の渦巻くだ」


そう問いかけながら先刻の事を思い返し、知らず頬を赤らめてしまうキャス。


「あっタ。熱かっタ」

「あれを熱いで済ませられる辺りがまずおかしいのだが…あの呪文を〈炎の大蜷局キェミュート・アリンヴ〉と言う。炎の精霊を狂暴にさせ暴れさせる危険な攻撃呪文だ」

「オオ。危なかっタ」

「クラスク殿が狙いを逸らし、ゴブリン達とオーク達が戦っていた向こうの主戦場の上空で大爆発を引き起こした呪文…あれも同じ呪文だったわけだが…あれに比べると範囲が少し狭くなかったか?」

「ん? アア…言われテみればだいぶ小さかっタ気がすル」


クラスクの言葉にキャスが小さく肯く。


「多くの呪文はその威力や範囲が使い手の魔力によって変化する。簡単に言えば魔力が高い程威力が上がり、範囲も広くなるわけだ」

「戦士が筋力高いほド強イ! みタイなものカ」

「…まあおおむねそうだ」


高機動型の戦闘を得意とするキャスはクラスクの認識に少々物申したいところはあったけれど、話を続けるために黙っておいた。


「魔力の高い術師が魔力をことで呪文の威力や範囲を低下させることは可能だが、逆はできない。自分の実力を超えた力は出せんのだ」

「筋肉あル奴が手加減はデきルが非力な奴は頑張っテも怪力になれナイのト同じカ。全力で鍛えルしかナイナ」

「…そうだな。その解釈で正しい」


なんでも筋肉で考えるクラスクに少し呆れつつ、認識自体はさほど誤っていない事に感心する。

なんというかクラスクにはどうも物事の要訣を掴む資質があるようだ。


「あの時…連中にとって私達を殺すのは絶対条件の筈だ。手を抜く必要は一切ない。全力を出してあの威力なら…最初に村や向こうの主戦場めがけて同じ呪文を唱えた奴とは別人ということになる」

「俺達相手なら格下デ十分、トイう事カ」


少しムッとした表情でクラスクが文句を付ける。


「デモ倒しタ! 次は最初のアイツ出テクルナ!」

「嬉しそうにするな! 村が狙われているんだぞ!」


キャスに言われて「ソウダッター!」のような驚愕の表情を浮かべるクラスク。


「問題は…何故こいつらがあの村を狙って来たかと言うことだ」

「やり口から考えテこっちを全滅させようトしテタのカ? 欲しいのはあの村の場所カ?」

「わからん…目当ての奴以外は全滅、とかかもしれんしな…む、連中の術が解けるぞ」


キャスが指差した先で、彼女らが屠った敵の死体が転がっているはずの場所…その周辺の景色が歪む。

クラスクも瞳を爛々と輝かせてその光景を見つめていた。



相手の正体がわからない。

目的も一切わからない。



けれど今から現れる彼らの姿を見れば、その一端に繋がる情報を得ることができるはずだ。


「これは…!?」

黒んぼファクティクドダナ」


彼らの前に現れたのは、左右に真っ二つにされた…そして上下に抉り裂かれた…







二体の黒エルフブレイの死体、だった。






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