第194話 届く声

おいしいヤウイーに鞭を入れ速度を上げるラオクィク。

彼の後をもう一騎のオークが追いかける。


「いいんですかー!?」

「ナニガダ」

「その…彼を! 助けなくて!」


エモニモが背後を振り返りながら風音に負けぬように大声で叫ぶ。


「アノ連中ヲ逃ガス方ガ問題ダ」

「それはそうですけど…!」


なおも何かを言いかけたエモニモは、だがその言葉を飲み込んだ。

掴まっているラオクィクの体が激昂で震えている。

彼なりに苦渋の決断だったのだろう。


「…背中を借ります」

「好キニシロ」


エモニモはラオクィクの腰帯を片手で掴み、馬に跨ったままその身体をぐぐいと横に倒した。

それはまるで曲乗りのような恰好で、その頭を馬の横、地表スレスレにまで落とす。

そして盾を構え、前方に見える篝火の灯りを頼りに目を凝らした。


「! 何か投げました! 地面! 右から回り込んで!」

了解オッキー


狼の脇腹付近に身を移したゴブリン達の手から何かが複数放たれ、それらが篝火の紅を反射して一瞬煌めいた。

それを見逃さなかったにエモニモから鋭い声が放たれ、ほぼ同時にラオクィクが馬体を足で蹴り進路を僅かに変えさせ、畑を踏み荒らしながら弧を描くように狼たちに迫る。

通り過ぎる一瞬、エモニモの目には先刻まで自分達が踏破しようとしていた先のうねに光る何かが散らばっているように見えた。

毒塗りの鉄菱か何かだろうか。


すんでのところで気づけたお陰で被害には合わなかったがそのせいでまた少し距離を離される。

二匹の狼はぐんぐんと村の柵へと迫っていた。


このままでは届かない。間に合わない。

村へ侵入される。無辜の村人が襲われる。



このままでは…!



「コノ声ハ…!」

「ミエ殿の…!?」



…と、その時、遠くから声が聞こえた。



がくん、と二人の体が揺れた。

唐突に馬が…おいしいヤウイーが急加速したのだ。


首を落とし歯を食いしばり、一段身を沈め両脚をぐんと伸ばして稲妻のように疾駆する。


闇を切り裂きみるみる狼どもの背に迫る茶褐色の矢。

ゴブリン達からすれば驚愕の事態だろう。

なぜここに来て相手の馬がこれほど急加速できるのか彼らには理解できなかったはずだ。


「ハハハ。ソウカ、オ前モミエノアネゴニ応援サレテミットモナイ真似デキナイカ!」

「ブッヒヒン!」

「確かに…なんとかなる気がしてきました!」

「ソウダロウソウダロウ!」


ラオクィクは左手の槍を素早く構え、ぶうん、と大きな音を立てて投擲する。

それは鋭く弧を描きながら狙い過たず狼の一頭の頭上目がけて襲いかかり…


直後に狼が真横に横っ飛びに飛び退いてすんでのところでその一撃を避けてのけた。

まるで背後に目があるかの如き凄まじい挙動だが、これにはタネがある。

ゴブリンどもが狼を操りながらも背後の追手の動きを警戒していて、放たれた槍に気づいて慌てて狼を脇腹を叩いて注意を喚起したのである。


だがそのせいで彼らの全力疾走が止まり、猛突進してくる馬と、その馬の突進力を利用したラオクィクが全力で振りかぶる斧を間近で拝むこととなった。


「ギャギャッ!」


狼の体を盾に、ラオクィクから見て逆側の脇腹にへばりついたゴブリンが、腕を横に薙いで何かを放った。


それは短剣などよりさらに小さいで、数がさらに多い。

おそらく十近いだろう。夜の闇に紛れ正体は不明。

それが放射状に、ラオクィクと彼が操る馬の全身に向けまるで散弾のように放たれた。


迫る速度から考えて、おそらく刺突する系の飛来物。

当たったらどうなるかなど考えたくもない代物だろう。


その正体を探るより早く、馬の横に身を乗り出していたエモニモが盾でその大半を受け止め、残りを剣で横に弾く。

彼女が守りに徹することで、ラオクィクはその相手に全力で挑むことができた。


ぶわん、という大気を薙ぎ裂く斧頭の音。

槍を全て使い切ったお陰で両手持ちとなった斧が、彼の全力と共にすさまじい威力を伴って狼に迫る。

横っ飛びに避けようとする狼。彼を遮蔽に反撃の機会を狙うゴブリン。


その瞬間…ラオクィクは肩を捻りつつ斧を手にした右腕を離した。

左肩を突き出し、片腕で振り下ろされたその一撃は、彼の長身と長い腕も相まって驚くほどにリーチが伸びて、ギリギリで身をかわしたはずの狼の胴体をひと撃ちで両断する。


…が、手先から伝わる斧の感触に一瞬眉を顰めるラオクィク。。

ゴブリンごと真っ二つにしたつもりなのだが、手に残ったのは狼の胴を薙いだそれのみだったからだ。


そう、その狼に騎乗していたゴブリンは先刻ラオクィクの槍に足止めされた時既に騎狼と己とを繋げていた革帯を外しており、追いつかれた瞬間後方に転がり下りていたのだ。


盗賊らしく陰に隠れ、闇に潜み、その厄介な追手に必殺の一撃を見舞うために…!


「ブギャン!?」


そして、ちょうどエモニモの目の前に転がってきたそのゴブリンは、彼女の持つ盾で正面から思いっきり顔面を殴打され、そのまま横にあった彼女の剣の錆となった。


「ラオッ! もう一匹!」


なんとか一匹仕留めたものの、もう一匹は取り逃がした。

エモニモが顔を上げ、必死の形相で彼に追撃を頼むと…


ラオは首を振り、前方を指差した。


そこには…畑の中でどうと倒れた狼と、その大きく空けた口の奥、喉笛を貫いたやじり、その隣で必死に逃げようとして全身に幾本もの矢を受け事切れているゴブリンと…


間近に迫っていた村の柵、その柵越しに弓矢を構えふんぞり返っているリーパグ、そして同様に弓を構えている彼の配下のオークどもがいた。


「村ノ中ノ連中ノ掃除ガ終ワッタンデ手伝イニ来テヤッタゼ。ミエノアネゴニ応援サレテ踏ン張ラネエワケニャイカネエカラナ」

「マッタクダ」


古馴染みにして現在は村の最高幹部たるリーパグとラオクィクが互いに頷く。

そしてリーパグがニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。


「ヘヘ、コレデ貸シ1ナ」


得意満面に胸を反らす。

ラオクィクに貸しを作ったことが相当嬉しかったのだろう。


「ソレナラコレマデノ俺ノ貸シ1ツデ帳消シダナ」

「グギ…! ソレハ昔ノ話ダロ!」

「貸シハ貸シダ」


リーパグは弓は大得意だが白兵戦があまり得意ではなく、襲撃の際はクラスクやラオクィクによく助けられていたのだ。

どうも当時彼らに相当借りを作っていたものらしい。



もう一騎のオークがラオクィクに追い付いた時…そこは既に戦場ではなくなっていた。


…さて、リーパグをやり込めたラオクィクは、背後から己の背中をつつき注意を引く人間族の娘に眉を顰めて振り返る。


「ナンダ」

「今の戦い、私のお陰で助かったと思うのですが」

「ソウカナ…ソウカモシレン」

「礼は?」

「アー…タスカッタ?」

「誠意が足りないと思います!」

「…オークニ誠意ナドナイ」

「言いましたね! さっきの今でどの顔を下げてそんな台詞…!」


一息ついたところでぎゃーぎゃーと言い争う二人を前に…リーパグが呆れたように呟く。


「仲イイナオ前ラ」

「仲ヨクナイ!」「ありませんっ!」





馬上の二人の声は…妙に息が合っていた。




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