第193話 強行突破
「抜カセルナ!」
「わかってますっ!」
ラオクィクがぶうんと頭上で斧を振り回し狼を一匹威嚇し飛び退らせる。
同時に逆側を突こうとしたもう一匹の狼の一撃をエモニモが盾で受け、唸り声を上げながら盾を引っ掻く相手を盾で上にずらしつつその下に潜り込み、剥き出しになった狼の腹に膝蹴りを入れた。
それは敬愛する隊長の戦い方を真似たものだったが、思った以上に効果があった。
狼の者ではない呻き声が響き、同時に咆哮を上げた狼の牙が頭上から彼女に迫る。
その狼の腹にはゴブリンが潜んでいて、隙あらば彼女の鎧の隙間を狙おうと短刀を構えていたのだけれど、その後頭部に彼女の膝蹴りがもろに当たったのだ。
だがそれは同時に狼にとってはゴブリンが盾代わりになってくれたお陰でほぼダメージとなっていたということで、そのまま盾の上から顔を出した獣の如き…というか野獣そのものの暴威が彼女に襲いかかった。
「く…っ!」
右手の剣でその牙を防ぎ、その爪はかわし切れず、だが鎖鎧で受け止めて、左手の盾で相手を上に押し戻す。
その両者の力が拮抗した一瞬に、素早く馬首を返したラオクィクが突き込んだ槍の穂先が狼の首筋を貫いた。
そう、敵の数が多い今、ラオクィクは右手で斧、左手で槍を構え、脚だけで騎乗している
「ふう…っ!」
狼がずるずると崩れ落ち、同時に盾に懸かる圧力が抜け、なんとか一息つくエモニモ。
剣技で相手に劣るとは決して思ってないけれど、小柄ゆえの非力さは常に彼女の悩みの種だった。
「俺助ケタ」
「そうですね」
「礼ハ」
「たーすーかーりーまーしーたー!」
「……誠意ガ、誠意ガ足リナイ気ガスル」
「誠意とか! オーク族がどの口下げて言う言葉ですかー!」
事あるごとに口喧嘩を始める二人。
だがこれでいて周囲への警戒は一切怠っていない。
それを肌で感じるからこそ、狼共も騎乗しているゴブリン共も迂闊に彼らを攻めきれぬ。
また二人を避けて村へ向かおうにも、ラオクィクが連れてきたオーク騎兵どもが左右に控えこちらを警戒している。
彼らは積極的に騎狼どもと戦うつもりはない。
馬上で守りを固めながら狼たちを引き受け、その間にラオクィクに駆けつけてもらう算段であり、また万が一…いや十が一ほどはあるだろうか…突破された際に全力で狼どもを追撃するのが役目である。
ゆえにゴブリン達は、そして狼共はこの面倒な壁を容易に突破できずにいた。
「ギッ!」
「ギッ! ギギャッ!」
ゴブリン達が互いに何かを短い叫びで伝え合う。
だが流石にラオクィクもエモニモもゴブリン語はわからない。
「気ヲ付ケロ」
「貴方こそ」
じり、と重心を落とし、相手の出方を窺うエモニモ。
馬に脚で命じながら、僅かに馬体を巡らせるラオクィク。
次の瞬間…残った三匹が一斉に右方向へ疾走した。
「マ、ソウダロウナ…ッ!」
他の騎狼どもが騎士達の相手に忙しく、またラオ達の壁が思った以上に厚いとなれば正面突破は難しくなる。
ならば左右どちらかに全戦力を集中して片方の壁を抜くのが一番手っ取り早いし勝算も高い。
ラオクィクが相手の立場でもそう考えただろう。
ラオは右手の斧を軽々と宙に放り上げ、狼達の向かった方角へ素早く馬首を向けると派手に鞭を入れる。
「きゃっ!?」
そして手が空いたそのタイミングで、ラオはついでのようにエモニモを軽々と摘まみ上げ、そのまま脇に抱えて走り出した。
さらに直後に落下してきた斧を、彼女を抱えたまま器用に受け止める。
「な、なにをするんですかっ!?」
「オ前ノ力ガ必要ニナル。後ロニ乗レ」
「~~~~ッ! そういうことは先に…っ!」
「時間ナカッタ」
「い、いいですけど…っ!」
エモニモは少し頬を染めながら、もぞもぞと彼の腕の中でもがき、ラオクィクの胴体を掴むと器用に脚を回して彼の後ろに跨り、そのまま彼の腕から首を引っこ抜く。
「絶対止メル」
「言われなくても!」
ラオクィクは戦力上必要なエモニモを拾い上げ、だがその手間の分狼たちに僅かに出遅れる。
その間に狼共は鋭角に向きを変え三匹でラオクィクの右側を守っていたオークに一斉に襲いかかった。
「フォーファー!」
ラオクィクの叱咤が飛ぶ。
フォーファーと呼ばれたそのオーク…井戸掘り頭のフォーファーは、一匹の攻撃を斧の
激痛に顔を歪め、だが目を剥いて威嚇しつつ馬上から腕力で彼らを押し戻そうとする。
…が、攻撃を防がれた二匹はそのまま彼と彼の斧を足場に跳躍、フォーファーの背後に降り立つと同時に村へと向かい疾駆した。
相当に訓練された動きである。
二匹に先に行かれ、さらに一匹に喰いつかれたフォーファーが馬上でもがく。
腕を食いちぎらんばかりに牙を突き立てる狼。
さらにその狼の脇腹からぬっと姿を現したゴブリンが、毒塗りの短刀を首筋の頸動脈めがけて突きこんできた。
咄嗟に馬上で体をずらし、肩で受けるフォーファー。
だが掠っただけで毒が回り、眩暈で一瞬視界が明滅した。
全力で馬を駆るラオクィクは…
だがフォーファーの脇を駆け抜け、鋭角に村へと馬首を向けると彼に背を向けた。
「
「
短く、低い声で。
互いに要件だけを伝え合い、二人は別れた。
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