第173話 アーリンツ商会総本店
「ごごごごご馳走様!」
「ううううう美味かったよ! ありがとう!」
「毎度」
「またの御贔屓をぉお待ちしてまぁーす♪」
お代を払い慌てて酒場を飛び出すフィモッスとフレヴト。
夜の街。
普通の田舎村ならとっくに静まり返っている時分だというのにこの村はやけに人通りが多い。
そして今更ながらに村を歩いている通行人の何割かがオークであることに二人は気付いた。
村に来た当時より明らかに増えている。
彼らが夜襲が得意でることと何か関係があるのだろうか。
「そそそうだそんなことより!」
「そうだ! あの店!」
店じまいされては溜まらぬと慌ててアーリンツ商会の店に転がり込む二人。
「みゅみゃ! いらっしゃいませー!」
「おう! いらっしゃいませー!」
そして…店内の様子を見て思わず息を飲んだ。
まず驚いたのは店の明るさである。
壁に等間隔で銀の燭台が掛けられ、蝋燭が明るい光を放っている。
普通の蝋燭のように汚い煙や煤を出していない。
この店特有の無煙蝋燭である。
その明るさはまるで今が夜だと忘れてしまいそうなほどだ。
店員は全員獣人…接客と勘定をするのは見たところ兎獣人と狼獣人だろうか。
だいぶんに若い。
従業員が商売に不向きとされる獣人ばかりが雇われているというアーリンツ商会の店舗である証だろう。
店内には綺麗にテーブルや棚が並べられ、様々な商品が種類ごとに陳列されている。
他に目を引くのは壁の端の方にいる男性だ。
彼は一段高い場所で椅子に座り、竪琴を奏でながら歌を唄っていた。
はちみつオーク
はちみつオーク
平和を愛するオークたち
無駄な争い好まない
今日も今日とて花育て
群がる蜜蜂追いかける
森に潜むは蜂の巣だ
おらたちにちょっとわけとくれ
もらったはちみつかきまぜて
いっぱいつくろう素敵ななにか
蜂蜜! お酒! お菓子!
そして女の子には素敵なお化粧
今日もお客に笑顔を届けるぞ
はちみつオーク
はちみつオーク…
この店の商品にまつわる謂れを曲にしたものだろうか。
楽し気に、リズミカルに、そして朗々と歌い上げる。
妙にテンポの良い歌だ。
さて、そんな吟遊詩人の歌を背景に二人は店内の商品を物色した。
酒類。
蝋燭。
化粧品。
調味料。
蜂蜜関係の食べ物。
先ほどの店に置かれていた黒板とペン、
それに
特に化粧品の多さは圧巻で、石鹸や整髪料、美容液、日焼け止め、白粉、口紅などがずらりと並んでいるではないか。
それがどの程度の効果を持っているものなのか…それを如実に示しているのが女性客達だ。
村の者らしい娘たちが膝をつつき合いながら化粧品を物色しているのだが、その美しい姿と言ったら!
ここにきて二人は、この村で最初に会った娘が格別に美人だったわけではなく、村娘全員がここの化粧品を使っているから美しくなったのだと気づいた。
この店はどことも提携せず、また行商でしか商品を扱わず、商品を手に入れようと躍起になっても噂を聞きつけて急行した時には大概売り切れていて、買えるのはせいぜい
そして何より驚きなのがその値段である。
個々の商品は決して安くはない。
安くはないのだけれど既存の同系統の商品と比べると破格な値付けだ。
それでいて質は同じかそれ以上であろうことは今目の前で見せつけられている。
中年のフレヴトはごくりと唾を飲み込み、頭の中で勘定を始める。
これを今全部買い占めて貴族に売りつければ喩え定価で買ったとしてもひと財産ではないか…と。
だが…若きのフィモッスの感想は少し違っていた。
「そういうわけでどうも…よろしく、よろしくお願いします…!」
「…考えておくニャ」
と、その時店の外で何やら話し声が聞こえた。
幾度も幾度も頭を下げる恰幅の良い人間。
見た目からかなり裕福な商人に見える。
その裕福な商人に平身低頭させているのはあろうことか猫の
フィモッスやフレヴトのところの商会にもそうした風潮がないではない。
そんな獣人族にいかにも
その商人が頭を下げながら立ち去ってゆくのを見て、二人は顔を見合わせてその猫獣人の元へと駆け寄った。
先程の態度と力関係からこの店の店主かそれに近い者と踏んだのである。
「すすすすすすすいませんっ!」
「お、お、お話宜しいでしょうか!」
息を切らせながら猫獣人の前に飛び出す二人。
猫獣人の娘は…指先で猫髭を整えながら二人をしげしげと観察する。
「お客様ニャ? 商品ニャら店内にあるニャ」
「い、いえ、その、しょ、商売の話を…!」
「ぜ、ぜ、是非よろしくお願いします…!」
頭を下げる二人の姿を上から下までしげしげと眺めた猫の獣人は…そのまま背中を向けて店の脇にある階段を指し示す。
「ま、じゃあ話くらい聞くニャ」
「「ありがとうございます!」」
二人が猫獣人に案内されたのはアーリンツ商会の二階にある応接室だった。
造りは比較的簡素だが高級そうな調度が備え付けられており、壁の本棚には大量の書類が詰め込まれている。
「ま、立ち話もニャンだから座って座って」
「はっ」
「お気遣い痛み入ります…」
猫の獣人は壁際の棚から酒瓶…これは陶器ではなくガラス瓶のようだ…を取り出して緑色のガラスのコップに注ぎ、三人分テーブルに置く。
漂ってくる香りは
二人は恐縮して杯を手に取り、口に含む。
芳醇な香りが鼻腔を突き抜け、ふわりと腰が浮くような感覚がする。
どうやら酒場で飲んだものより一段高級品のようだ。
「すまないニャ。さっきの今で部屋が片付いてニャくって」
「ああ、そういえば先程の方は…?」
「ニャ~ン? 確かラグフ商会のヨースフとか言ってたニャ。うちの蜂蜜酒を気に入って提携したいって言って来たにゃ」
猫獣人の言葉に二人がむせる。
ラグフ商会と言えば
無論酒だけでなくそれ以外の多くの商いもしており、彼らの商会とは圧倒的に規模が違う。
そんなところと商談をしているアーリンツ商会が、果たして自分達の話に耳を傾けてくれるだろうか…?
「ま、断ったけどニャ」
再びむせる二人。
「あ、ええ? な、なんでまた…!」
「む、向こうはかなりの
「
憮然とした表情で猫獣人が瞳孔を縦に細める。
「手広くやってるあすこが獣人を雇わないせいで獣人たちが商売人を目指す道が殆ど断たれてきたニャ。だからあそこと提携だけは絶対しないニャ」
呟くように、つとめて落ち着いた声で語られたその台詞には、だが妙な迫力と怨恨が込められていて二人の心胆を寒からしめる。
フィモッスとフレヴトは冷や汗を流しながら己の店の獣人の雇用状況について慌てて記憶を探った。
「で、ニャんの用かニャ?」
「あ、その、私はヴリドロント商会のフレヴトと申す者です」
「私はティロンム商会のフィモッスという者です」
「アーリは…私はアーリンツ商会会長アーリンツ・スフォラポルニャ」
猫獣人…アーリの自己紹介に二人はごくりと唾を飲み、理解した。
間違いない。
店の名前と同じ名を持つ彼女こそが…この商会のトップに君臨する存在…最高責任者なのだと。
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