第172話 食器具(ギャスロル)

「本当だ…これも、これも、全部はちみつオークの商品じゃないか…!」


フィモッスもフレヴトもそのラベルについては知っていた。

最近商人達の中で話題の渦中にある商品なのだ。


なにせあの超高級品であるはずの蜂蜜と蜂蜜関連商品を、庶民が手を伸ばせば届く価格で提供しているのである。


そんな馬鹿な話があるか!

偽物だと訴えてやる!


と文句をつけた街の豪商が、試供品を口にした途端青くなって走り去り、その後態度を豹変させて戻ってきたときには行商人が忽然と消えていた、などと言うこともあったという。


単に商品の品質だけではない。

酒を小さな瓶に入れて蓋をして保存する技法、自分達の商品には常に同じ絵柄の紙を貼りつけ同一の店の品だと認識させる手法、試供品と称して試しに使わせることで品質を実感してもらう方式…


それらの様々なによって、つい最近出回り始めたばかりだというのに、彼らの商品はすっかりその名と評判が定着してしまった。

いわゆる商品のに成功したのである。



こんな短期間にこれほどの業績を上げるアーリンツ商会とは一体何者なのか。

そして一体どこからあれほど高品質な蜂蜜をあの価格で仕入れているのか。



多くの店が、商人が血眼になって調べたが皆目見当がつかない。

ただ対抗しようのない程にその商品の質が高く、そして品質に対する値段設定が恐ろしく安い、ということしかわからないのだ。


ゆえにその商品群は常に大人気で、アーリンツ商会の行商人がやってくると同時に人が群がり瞬く間に売り切れてしまう。


そんな…アーリンツ商会の看板商品、『はちみつオーク』の酒が、これほど大量に棚に陳列されている。

それは商人として目も剥こうというものである。


「ててて店主、そこの棚の酒全部売ってくれないか! 金なら出す!」


フレヴトが興奮した口調で商談を持ち掛ける。

なにせ『はちみつオーク』の商品は安い。

いや無論単純な価格として安価ではないけれど、商品の品質を考えれば破格に安い。


売る相手を王侯貴族に絞るなら、彼らの商品を定価で買っても十分儲けが出せるのだ。


「コレ店ノ商品。全部買ワレルト商売デキナイ」

「そんなこと言わずに! 頼む!」

「あ、ずるいぞフレヴト! 俺も! 俺からもお願いします!」


必死になって頼み込む二人。

だが店主はギロリと彼らを見降ろし、短く呟いた。


「黙レ」


びくう、とその身を震わせた二人が腰を抜かしたように椅子に尻を落とす。


「こーらぁー、お客様を怖がらせちゃだぁーめぇー」


と、厨房の方からひょっこり顔を出した小人族フィダスのトニアが店主のクハソークに文句を付ける。

その両手にはそれぞれ料理の乗った皿があった。


「怖イ…俺ガ怖イ? 俺ガ怖イカ?」


店主のオークは首を傾げると商人二人にぐぐいと顔を近づけて問いかける。

ぶんぶんぶんと猛烈に頷く二人。


「ソウカ…俺怖イカ」


腕を組んで困ったように首を傾げる店主の横を、料理皿を頭上に掲げたトニアがとてとてと通り抜け、うんしょうんしょと伸びをしてカウンターに置く。


「お待たせいたしましたぁー『猪肉のソテー蜂蜜ソースがけに生野菜のサラダ』と『猪肉と根菜の香草ポタージュスープ』でぇーすぅー」

「「おお…!」」


田舎の村ではなかなかにお目にかかれない見事な料理とかぐわしさに嘆声を上げる二人。

だが何より驚いたのはそこにナイフとフォーク、それにスプーンが添えられたことだ。


「そうか…店置きの食器具ギャスロルか! 初めて見た」

「ほほう、これはなかなか…」


食器具ギャスロルとこの世界で呼ばれる金属製のナイフ・フォーク・スプーン一式は基本的に王侯貴族が用いるものである。

裕福な商人達も真似して使うようになったけれど、庶民の多くは未だ手づかみで食べるのが主流だ。

使ってもせいぜいナイフくらいだろうか。


高価かつステータスの一種でもある食器具ギャスロルは、ゆえに資産家が個人個人で所有しているのが一般的である。

要は普段から食器具を携帯し、食事の際に取り出して用いるわけだ。


ただ人によって所有の有無は当然出てくるわけで、店側で用意してくれるなら有難いことこの上ない。

そういえば先刻は勘違いしたけれど、この店の客が使っていた食器具ギャスロルもつまり彼らの所有というわけではなく店から提供された物なのだろう。


無論盗難などのリスクも増えることになるが、逆に言えばこの村内に於いてはほぼ考慮する必要のないリスクである、ということを謳っていることにもなる。

つまりこの村は相当治安がいいのだ。


この店の食器具は銀製で、装飾は簡素だがかなりしっかりした造りだ。

質と量産性の両方を鑑みたものだろう。

なにせ注文によっては客全員に配らねばならないのだから。


「む、美味い!」

「甘いソースだが肉の旨味がよく出ていて…これはなかなか…!」

「こっちのスープは凄いとろみだ。肉の旨味が野菜に染みてて…んん~~!」


注文した料理に舌鼓を打ちながら貪りつつ酒をあおる二人。

腕組みをしてうんうんと頷く店主クハソーク。


ふと気づくと彼の隣でトニアが嬉しそうにえへへへぇと笑っていて、彼は己の腰の高さ程度しかない彼女頭を武骨な手で撫でる。

彼を見上げて頬を染めにんまりと笑ったトニアは、そのままぱたぱたと厨房に姿を消した。


「いやしかしこんな田舎でこんな酒と料理が味わえるとはな…」

「その上食器具ギャスロルを店側で用意するだなど聞いたこともないぞ。一体どこで…」

「アソコノ店ダ」


二人の疑問にあっさり答えた店主が指差したのは、酒場のはす向かいにある店だった。

木造の商店で、他の店より明らかに大きい。


そしてその店の看板に描かれている文字を流して読んだ二人は…

眉を顰めて再度読み直し、その後目をくわと見開いてまた読み直した。




そこには…『アーリンツ商会総本店』と描かれていたのだ。




「「んんんんんん~~~~~!!?」」

「ウチノ店ノ酒ヤ食材ハアソコカラ仕入レテル」



二人の目の玉が飛び出そうな驚愕に気づいているのかいないのか…

店主クハソークはそんな事実をさらりと告げた。





各地の商人達が血眼になって探している正体不明の商会の…その総本店が、今や彼らの目の前にあった。





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