第170話 驚きの村

「随分とにぎやかな村だな…」


幌馬車をゆっくりと走らせながら村の様子を観察するフィモッスとフレヴト。

門をくぐったその先は繁華街となっており、幾つもの商店が軒を連ねている。

そして珍しいことに、店番のほとんどが獣人である。


「…どうする? フレヴト」

「宿はあるのかねえ」

「泊まる気か!?」

「今日はこの辺りの夜襲を警戒して夜通しかけてこの辺りを抜けて、多島丘陵エルグファヴォレジファートに入ったあたりで早朝に仮眠の予定だったろう? なら夜に寝られるならそれに越したことはないんじゃないか?」

「まあ見たところ危険はなさそうだが…」


確かに村には特におかしなところは見受けられない。

夕暮れ時も近づいており、部下の疲労も溜まっている。

ここで休めるなら言うことはない。



ただ…その特におかしなところのない村が忽然と草原のど真ん中に現れたのは、明らかにおかしい。



おかしいのだが、自分達を騙して捕らえるなり襲うなりする罠にしては、あまりに大掛かりで手が込み過ぎているし、そこらを歩いている村の者が無防備すぎる。

結局のところということだけが、それがフィモッスを不気味がらせていた。


だが年上のフレヴトはすっかりここで一晩明かすつもりのようで、馬車の横を通り過ぎようとする、大きな麻袋に野菜を詰め込んだ村娘に話しかける。


「あーすまないが…」

「あら! お客様ですね! ようこそクラスク村へ!」

「「~~~~~~~っ!?」」


娘がはじけるような笑顔で振り返り、フィモッスとフレヴトは目を瞠った。

肌理きめ細やかな、抜けるような白い肌、

一本一本美しく流れるような艶やかな金の髪、

格好からして農家の娘のようなのだけれど、その美しさは貴族の娘もかくやという程であった。


「何か御用でしょうか?」

「あ、いえ、そのっ!」


娘はぐぐ、とフィモッスの顔を覗き込むようにして歩を寄せて、心臓の鼓動が危険域に達した彼は慌てて荷台の上で上体を逸らす。


その美貌は豪商や貴族の娘に引けを取らぬというのに、彼女の所作はあまりに無防備すぎて、フィモッスのが危うくそれに敗北しそうになってしまったのだ。

流石に日も暮れ切っていないのにそんなモノを村娘に見せつけては先刻見かけた兵士に捕らえられかねない。


「そ、その、こ、この村に宿はありますか…?」

「まあ、お泊りになるんですね! ありがとうございます! 宿はあそこの灯りのついた…看板のある…そうそう、あそこです。是非ゆっくりしていってくださいね!」


娘の指差す先、繁華街の中心部から少し外れたところに確かに宿屋らしきものが見える。

二人は礼を言って村娘と別れた。


「俺が最初に話しかけたんだがな」

「悪い悪い。しかしびっくりするほど綺麗だったな、あの子」


やや憮然とした表情のフレヴトと、少し舞い上がった風のフィモッス。


「確か名前は…」

「ラルゥ」

「そうそう、ラルゥちゃん!」


そう…誰が知ろう。

先刻の商人達を蠱惑させた娘こそ、つい先日この村で飢えて死にそうだった、この国が切り捨てた棄民の娘、騎士達とオーク共が取り合ったあのラルゥであった。


この村の住人はオーク族族長たるクラスクの支配下となった。

それはすなわち彼の村の一員となるということであり、『はちみつオーク』の商品を享受する権利を得る、ということである。


ゆえに彼女もミエの手によって風呂に入れられ全身を隅々まで洗われてその後とびっきりの化粧品で化粧が施されたのだ。



そして彼女は…

という名の通り、見事な美姫に化けてのけたのだ。



差別する者が、貶める者が、虐げる者がいない新しい環境が彼女から劣等感を薄れさせ、

オーク達が、そして騎士達がこぞって己を求めてくるという状況が彼女の心に自尊を与え、

そして風呂と化粧によって見違えるようになった己の姿が彼女に自信を与えた。

環境の変化が彼女を見違えるように美しく変えたのである。



ただ…それは彼女一人の変化、というわけではない。



「オイオイオイ…」

「どうなってるんだこりゃあ…」


フィモッスとフレヴトは改めて村の様子を見て今更気づいた。

先程の村娘…ラルゥは確かに綺麗だったけれど、よくよく見れば村の中を歩いている、この村の者らしき娘は皆驚くほどに綺麗なのだ。


「なあフレヴト…俺達ひょっとして妖精郷ヒュルゥ レムゥにでも迷い込んじまったんじゃないだろうな…」

「妖精郷に宿屋があるかよ」

「あるかもしれないじゃないか…お前は行ったことあるのかよ」

「そりゃないけどよ…」


二人で大真面目にそんな問答を交わしてしまう。


ただ…彼らは村の娘たちの美しさに目を奪われるあまり、村に人間や獣人とは明らかに異なる別の種族がいるのをつい見落としてしまっていた。

まあ普通に考えたらが人間の住んでいる村にいるだなんて、しかも平和裏に共存しているだなんてあり得るはずがないので、脳が理解を拒んだのかもしれない。


ともあれ、彼らはそんな雑談をしながら宿屋に到着した。


「お、お客さんかい? こりゃ随分と大所帯じゃないか。歓迎するよ。さあみんな! おいで!」


やけに気風きっぷのいい女将が現れ、従業員らしき娘らを指揮しながらテキパキと馬車を宿の横に繋ぎ、客人を宿に案内する。

この女将も、そして働く娘たちもまた瞠目するほどに美人なのだ。


「名前? なんだい? あたしを口説こうってかい? に粉をかけようなんざいい度胸してるじゃあないか」

「あ、いえ、すいません。綺麗すぎてまさか所帯を持っているとは思わなくって…」

「ふふん。世辞でもそう言われると悪い気はしないねえ。あたしはクエルタ。ここの宿の女将さ。さ、部屋はこっちだよ」


クエルタと名乗った女将に案内された部屋はいずれも簡素ながら丁寧に整えられており、十分満足のいくものだった。


「いやーしかし驚きました。その…つい半月前までこのあたりにこんな村ありませんでしたよね? 一体全体どうなって…」


フレヴトに問いかけられた美人女将クエルタは、どこか妖艶に微笑みながら目を細める。


「さあどうなんでしょうねえ。もしかしたら村は最初からここにあって、旦那様方が気づかなかっただけかもしれませんよ?」

「ハハハそんなまさか…」


一笑に付すつもりで高笑いをしかけたフレヴトは、だが女将や宿の従業員の娘たちが皆一様にニコニコ笑っているのを見て己の笑みを止めた。


「で、食事はどうなさいます? うちは朝食以外のサービスはしていないんで基本外の店で摂ってもらうことになってるんですが、疲れてるなら部屋に運ばせますよ。食事処のメニューも用意してますし」

「あ、ああ…そうだな…」


二人は軽く相談し従業員たちには宿で食事を取ってもらい、自分達は外で食事をすることにした。


「お勧め? そうだね…はす向かいのあそこ、見えるかい? あそこの酒場がお勧めさ。酒の品ぞろえもいいしね。きっとびっくりするよ」

「へえ…じゃあそこにするかな」


頷き合う二人の背後で…女将のクエルタが少しだけ意地の悪い笑みを浮かべる。





「もうホント…すること請け合いさね」





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