第169話 いざオープン初日

その日の午後遅く、大きめの幌馬車が数台、街道を北に走っていた。

馬車の半分弱はティロンム商会のものでやや小さめながらだいぶ新しい造りである。

隊商の長はフィモッスという若者で実直そうな顔立ちだ。

残りの馬車はヴリドロント商会のもので、やや大き目ながら少し造りは古い。

こちらの隊商の長はフレヴトという中年で髭面で小太りの、やや世故せこけた男である。


二人はバクラダ王国から中森と呼ばれる森を抜け、御者に鞭を入れさせつつ馬車を走らせている。

行動を共にしているのは彼らが商人としてよく取引をする親しい仲だと言うこともあるが、単純にまとまって行動した方が野盗や山賊、それにオークやゴブリンなどに狙われた際に突破力が上がって逃げやすいからである。


あとはまあ…どこかの馬車が捕まった時にもう残りがまとめてとんずらしやすいから、という実に商人的な理由もあるのだが。


なにせこの辺りはオーク族の縄張りとして有名だ。

少しでも速度を緩めればたちまち彼らに取り囲まれ貴重な荷駄も命も奪われかねない。


「おうい! フレブトの!」

「なんだあ、フィモッスの!」


フィッモスが幌馬車の後ろから顔を出し、隣の幌馬車に大声で叫ぶ。

ゴトゴトと揺れているため声がよく届かず、かなりの大声でやっとフレブトが幌から顔を出した。


「なんかぁ、おかしくないかぁ!?」

「なにがだぁ! 旅は今んとこ! 順調そのものじゃあないかぁ!」


互いに怒鳴り合うような口調で相談する。

馬車の速度を落とせば済む話なのだが、この辺りのオークは手強いことで有名で、迂闊に標的となる愚を犯したくないのである。


「この街道ー! この前通った時こんなに整備されてたかあ!?」

「誰かが整地したんじゃあないのかあ!?」

「オークの縄張りでかぁ!」

「…そりゃ確かに変だな」


最後の言葉だけは怒鳴り声ではなく、フレヴトが自らに語り掛けるように呟いたものだ。


「あとぉ! この辺りの街道はぁ! もっと大曲がりしてなかったかぁ!?」

「そうだなぁ! それは俺も気になってたぁ!」


なんだろう。

妙な心地がする。


街道が綺麗に整備されていて、かつ通りやすくなっている。

それは隊商を率いる者としてとても助かるし有難いことである。


一方でオークの縄張りの真っただ中で一体誰がそれを整備したのか、ということになると皆目見当がつかない。

、だとしたらオークに襲撃される危険を冒してまで、一体誰がそれを成し遂げたのだろう。


「フィモッス様ぁ!」

「旦那様!」


と、二人が乗っている馬車のそれぞれの御者台から、彼らを呼ぶ声が響いた。


「どうした」

「なにがあった」


二人は幌馬車の後方から顔を引っ込め、荷物を避けながら馬車の中を移動し、先頭からにゅっと顔を出す。


「いえ、その、村が…」

「村…ああ廃村か。いつも脇を通ってるだろう」

「いえ、それが、その…」

「どうした」

「村が…その、あるんです」

「いやだから脇を通ってだな」

「いえ、で、ですから、そのぉ…」

「「~~~~~!!?」」


御者たちが震える指で馬車の行く先を差し示す。

その指先、彼らの前方に…


ここを通る時幾度も見かけた廃村ではない。

明らかに人の気配を、賑わいを感じる。


村の周囲には木の柵が張り巡らされており、その外側には碁盤の目のように区切られた小さな畑地が広がっていた。

ある区画では麦が育ち、ある区画では草が生い茂り羊や牛がそれを食んでいる。

またある区画ではそれ以外の野菜や根菜が植えられているようだ。


それらが交互に配置され、村を囲んでいる。

なんとも見事に整備された、牧歌的で美しい風景である。



そして彼ら隊商の下を通っている街道は…まっすぐその村へと吸い込まれていた。



二人はすぐに幌馬車の速度を落とさせた。

だが馬車を止めない限り、或いは馬首を返して元来た街道を引き返さない限り、村は嫌が応にも近づいてくる。


「おい…」

「どうする?」

「どうするって、お前…」


馬がだく足となってゆっくりと進んでいる。

止まる理由がない。

街道が村を通過するのは何も珍しいことではない。

当たり前のことだ。



問題は…この村が姿ことにある。



前回…半月前にここを通った時はこんな村はなかった。

この規模の村が生まれるには、そしてこの大きさになるには、それなりの手間と時間が必要なはずだ。

どう考えても半月で育つ規模ではない。


ならこの村は一体何なのだ。

罠か? 野盗のアジトか?

いや罠としては少々凝り過ぎているような気がする。

そういう用途ならこんなに手間をかけてここまで立派にはすまい。


なにより村からこちらに届いてくる『音』が、明らかに違う。


人々の雑踏、ざわめき、喧騒、歓声、威勢のいい呼び声…そして馬車の轍の音。

それらは明らかに活気のある村のそれで、商人としての彼らの経験がこの村がまっとうなものであり、いびつな罠であることを否定させた。



だが…同時に彼らの商人としての直観が、この村の不自然さに警鐘を鳴らしている。



頭の中で鳴り止まぬ警戒音と、村の活気に心惹かれる気持ち。

彼らの商人としての在り方が、矛盾するそれらの感情を同時に発露させ、混乱させる。


だからこそその隊商は速度を落とし…けれど止まることも引き返すこともできず…のろのろと進んでいった。


だが、どんなに歩みが遅くとも、進んでいればいずれ辿り着いてしまうものだ。

彼らの前に…今や村の正門たる大きな扉が立ちはだかっていた。


「『ようこそ…クラスク村へ』…?」

「…クラスク村か」


扉の上には大きな看板があり、そこに歓迎を示す大きな文字が記されている。

扉は現在大きく開かれており、特に通行を邪魔されたりもしていない。


遠間で確認した限り、どうやら西へ向かう街道も東へ向かう街道もこの村から生えているようだ。

とすればここからは見えないが軍事都市ドルムへと向かう北の街道もこの村から伸びているのだろう。


交通の要衝たる街道の辻に生まれる、いわゆる辻村である。

それだけなら特におかしなことはない。

村の成立条件としてはごく当たり前のものだ。



問題は…つい半月前までこのあたりにそんな十字路が存在しなかったことだ。



無論錯綜としていたこの辺りの街道が整備され一カ所にまとめられたのは実にありがたい。

有難いのだがでは一体誰が? という疑問が一層深くなるばかりである。


さらに言えば商人としてもう一つ気になることがないでもない。


自分達の前に、旅人らしき男性が村の中へと消えていった。

だが彼は特に門番に咎められることもなく、また何かを支払う仕草もしていなかった。

通行税が徴収されると思っていたのだが、どうやらそれがなさそうなのだ。


この立地なら自分達であれば絶対通行税を設ける。

それだけで相当な収益となるはずだ。

無論ない方が通過する方としては助かるのだけれど、それが彼らには少し不自然に映った。


ともあれ税を徴収る気がないのであればこの門は夜襲などのために備え付けられたものなのだろう。

扉の左右には鎧を着て槍を構えた門番らしき男が一人ずつ立っており、彼ら隊商を兜の下からじぃと見つめていた。


「あのぉ~…」


恐る恐るフィモッスが話しかけると、門番らしき男どもは左右に一歩退く。

どうやら通行の邪魔をするつもりはないらしい。


「通レ」

「通行税とかは…」

「ナイ。歓迎スル」


とりあえずほっとして幌馬車を進める一行。

だが彼らは気付いていただろうか。

兵士らしき門番二人の体躯がやけにがっしりしていたのを。

服の下の地肌が緑がかっていたことを。

そして…牙に似た獰猛な犬歯が、その兜の下の顔に隠れていたことを。



彼らの認識は誤っていた。



この村は野盗などが適当にでっち上げたものではない。

村の造りにも、活気にも嘘はなく、ちゃんと生活の跡がある。

周囲の畑も実にしっかりしたものだ。

だから罠とは思えない。

彼らはそう判断した。



だが…であることを、彼らは考慮していなかったのだ。



数台の馬車が、門をくぐって村の中へと消えてゆく。

門番らしき男が…兜の下で不慣れな共通語を呟いた。






「ヨウコソ…クラスク村ヘ」





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