第168話 閑話休題 ~急襲!騎士駐屯地~

「ふくたいちょー! たっだいま戻りましたー!」

「遅い! 二人ともどこで油を売っていたのですか!」


ライネスとレオナルが戻ってみれば、案の定エモニモがお冠であった。


「いやーそれが話せば長くなるんですが…」

「長い。三行で纏めなさい」

「まだ何も言ってないっすよー!?」


ともあれ今日の仕事で起こったことなどを説明する二人。


「なるほど…つまりオーク達と楽しく遊んだ挙句小遣いまでもらってそれを飲み代に替えたということですね」

「言い方!」

「いや確かにおおむね間違ってないっすけど…」


ジト目で睨むエモニモに恐縮し首をすくめる二人。


「いやー…一応みんなに回る分くらいは買ってあるから…ほら」

「だから勘弁してくださいよぉ副隊長ぉ」


そして申し訳なさそうに酒瓶を取り出す。

おお、と騎士達からどよめきが上がる。


エモニモは腰に手を当てて深くため息をつき、騎士達を見回すように告げる。


「…仕方ありませんね。酒類が貴方達の士気を高める効用は認めましょう」


おおおおおお! と騎士達から歓声が上がる。


「よぉ~し早速飲もうぜ!」


アーリンツ商店で買って来た酒を皆に次いで回るライネスとレオナル。


「お、こりゃ美味いな!」

「こりゃ蜂蜜酒ミードじゃなくて…林檎酒エヴロか!」

「こいつは葡萄ズレヴォかな。へえ、はちみつオークの葡萄酒は初めて飲んだ」

蜂蜜酒ミード以外の酒は結構入荷数が少ないからなあ。王都だといつもすぐに売り切れちまってたし」

「こっちはなんだ? よくわからんが美味い!」


皆陶器の杯に注がれた酒に舌鼓を打つ。


「しっかしまあ…まさかあいつらが『はちみつオーク』のオーク本人だったとはなあ…」


誰ともなく呟いたセリフに、一同が一瞬静まり返る。


「まったくなあ。いやまさか本当にオークが作ってるとか…」

「こんないいもんをなあ」


ぐびり、と蜂蜜酒をあおった騎士の一人が、小声で呟く。


「そんな連中を…俺ら討伐しようとしてたんだよなあ」


しん…と再び静寂に包まれる一同。


そう、ここのオークはこんないい酒を造って、鍬を手に畑を耕すような連中で、

襲われれば戦いは辞さないけれど無意味な殺生は好まない。

実際そうでなくば彼ら騎士隊は一度全滅していたはずなのだから。


そんな連中を…事情を知りもせず、知ろうともせず誅滅しようとしたのだ。

そしてそんな事情を知った上でなお、きっと王都に戻れば同じ命令が下されるに違いないのである。


「貴方達、今はあのゴブリンたちが目下の相手です。間違えないように」

「っとそうだったそうだった。明日からも気合入れねえとな」

「気合い入れると言えば晩飯はどうしたんだろ」

「そういやいつもより遅いな…」


鍛錬やら野良仕事やらで一日の終わりには大概腹が減る。

腹が減れば飯が食いたい。当たり前の話だ。


いつもであれば今頃にはもう連絡が来て、騎士数人で食事を受け取るに行く時間である。

ただ今の彼らはオークに食事を分けてもらっている身だ。

腹が減ったからと言っておいそれと飯をよこせと文句を言うわけにもいかない。


しかし流石にこの空腹は耐えがたい。

騎士が一人二人腰を上げた時…



「待タセタ」

「すいません遅くなっちゃって~」



暗がりから声がして、荷車に満載した食料が運ばれてきた。


「あ、いえ言って頂ければこちらから…族長殿!?」


たエモニモが儀礼的に頭を下げ、その後顔を上げてぎょっとする。

食事を運んできたのはなんとオーク達の族長・クラスクとその妻のミエであった。


「あ、オーク族の…」

「族長じゃねーか」

「ミエさん…」


ざわざわとざわつく騎士達の前で、ミエが方形の石をさっと並べ簡易な竈とし、その中に薪と小枝と藁を敷き何かの粉末を撒く。

身重とは思えない手早さである。

その隣でクラスクがこれまた慣れた手つきで火を点けるとポッとすぐに燃え広がり、じわりと薪が赤くなった。


その間にクラスクは荷車から大きな鍋を掴み竈の上に乗せ、ミエは荷車に乗っていたパンやチーズを配り始めた。


「ミエ…殿、貴女は身重なのですからお体に障ります。伝えていただければこちらから受け取りに行きましたのに」


エモニモが恐縮しながらパンを受け取る。


「いえいえ、お気になさらずに。私妊娠は初めてですけど妙に体の調子いいんです♪」


そう言いながらミエは人差し指でエモニモの唇をそっと押す。


「あと殿は余計です。ミエとお呼びください♪」

「ですが…ミエど…ミエ様」

「妥協してそれですか!?」

「その、我々は食料を戴いている身、ここまでしていただく義理は…」

「義理トか関係ナイ」


と、そこに鍋を掻きまわしていたクラスクが割って入る。


「ゴブリンドも追い払っタらお前らこの村出ル。アジト戻ル。そしタらまタ敵になっテ戻っテくル。違うカ」

「「「…………………!!」」」


ずば、と言われた。

それも相手の方から。

彼らがずっと気にしていることをはっきりと、堂々と言い放たれた。

あまりのことに思わず緊張で硬直してしまう騎士達。


キャスバ隊長ですら適わなかったというこのオークが暴れたら、果たしてここにいる者総がかりでも止めることができるのか…?

ぞくり、彼らの背筋が凍った。


「ダからその前に一緒に飯喰イに来タ! ハハハ。そう身構えルな! ここは戦場じゃナイ! さあスープデきタ! 心配しなくテもイイ! 作っタのはミエ! 俺暖めタダけ!」

「「「……………………!??」」」


クラスクの言葉の意味が一瞬理解できず、これまた固まってしまう騎士達。


そんな彼らの手にパンとチーズを乗せてゆくミエ。


「そんな難しく考えなくていいですよー。私達は立場が違うんですからいつか戦うことがあるかもしれません。でもだったら仲良くできますでしょう?」

「そうそう、それダ」


ミエの言葉にうんうんと頷くクラスク。

ちなみに彼の処にスープを受け取りに来る者は目下ゼロ。

当たり前と言えば当たり前である。


「そんなわけですから、短い間かもしれませんが仲良くして下さい。ね、フェイダンさん」


騎士の一人に食事を手渡し、ぎゅっと手を握り微笑むミエ。


「!? 俺の、名前を…?」

「あら、この村を守ってくださる方々ですもの。お名前を覚えるのくらい当たり前ですわ。ね、テォフィルさん? はい、ムンターさん」


騎士達の名を呼びながら次々に食料を手ずから渡し、その手を握、笑う。

やっているのはたったそれだけ。

それだけだというのに…騎士達の反応が大袈裟なほど変わってゆく。


「俺俺、俺の名前もわかる!?」

「はい! ゲオルグさん。どうぞー」

「じゃあ俺は? 俺俺!」

「勿論知ってます。ワイアントさん! いつも隊の一番端っこで剣を振ってこっそり素振りの回数誤魔化してる方ですよね?」

「ゲェー!?」

「…ワイアント?」

「ふくちょー!? ご、誤解です! た、たまたま体調が悪くて…!」

「あら、キャスさんが仰るには騎士団で訓練してた頃からやってたって…」

「ギャー! たいちょーにもばーれーてーるぅー!?」

「ワイアント」

「ち、違います違います! これにはわけが…ギャース!(ぱぐう」


エモニモに剣の平で尻を叩かれ悲鳴を上げる騎士ワイアント。

どっと笑う一同。


「お、お、お、俺は…!」


他の隊員よりやや年上の、髭面であまり見目のよくない騎士が、少しどもりながら訪ねてくる。


「はい、存じ上げてますよゴェドゥフさん。名前がオークみたいだって私勝手に親しみを感じてました。あ、人間の方には失礼に感じるかもしれないですけど…」


パンとチーズを手に乗せて、己の両手で包み込むようにして、小首を傾げて微笑む。

それだけで彼の心臓は見事に撃ち抜かれた。


この中でエモニモだけが唯一高位の貴族の出身であり、幼い頃より帝王学を学んできた。

そんな彼女が…ワイアントを叩いた剣を仕舞いながら、ミエの様子を見て目を細める。



人心を掌握するもっとも簡単な方法は…相手を肯定することだ。

意見や意志ではない。相手の存在を肯定することだ。



自分はここにいていい、自分は自分のままここにいていいのだとを与えることだ。



そしてそのためにできる最も簡単なこと…それが相手の名を呼ぶこと。

直接手を触れること。

そして一切の拒絶をしないことである。



「認めてもらえた」と感じた相手は自尊と自存をどちらも満たすことができる。

それはそのまま認めてくれた相手への好意となって、場合によっては依存や傾倒や崇拝を招く。


そのミエという娘は、ごくごく自然にそれをしてのけた。

教わったのではなく、おそらく素のままで。


きっと以前剣の訓練の時遠巻きにキャスバ隊長と見学した時に顔と名を覚えたのだろう。

その知識と記憶をこのタイミングで切って、見事騎士達の心を掌握したのだ。

どんな身分の出なのかは言動からは計りかねるけれど、為政者か、或いは為政者の妻の資質を持っている。


部下達の様子を眺めながら…エモニモは彼女に対しそんなを感じた。



「ム…誰もスープ飲まなイか。腹一杯カ? それトも…オーク族の族長が怖くテ仕方なイか?」

「むっ! そ、そこまで言われちゃあ引き下がれねえ…オラ! 一杯もらおうか!」

「オー、お前さっき畑仕事しテタヤツ。ライネス。覚えた。ホレ、椀を貸セ」


ライネスから椀を受け取ったクラスクは、たっぷりと根菜入うのスープを注ぐ。


「おお…なんか多いな…」

「最初に来タ奴勇気あル。つまり勇者ダ。勇者には多めの取り分ガアル。オークの習わしダ」

「勇者…俺が勇者か…!」

「次! 次の勇者はイルか!」


クラスクの言葉に負けてはられぬと我も我もと彼の前に並ぶ騎士達。

クラスクは彼らと軽口を叩きながら手早くスープをよそってゆく。


その大柄な体で小さなおたまを使ってスープをそそぐ様がなんともコミカルで、騎士達の中から彼への緊張感がみるみうと抜けていった。



そう…ミエが為政者の妻だというのなら、その夫はオーク達を纏める族長なのだ。






その日彼ら騎士達はクラスクやミエと一緒に大騒ぎしながら夕餉を共にし…

そして、翌日から積極的に村の手伝いに出るようになった。




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