第167話 閑話休題 ~騎士たちとオークども~
「ハァ、ハァ…」
「ゼェ、ゼェ…」
夕刻…翡翠騎士団第七騎士隊の騎士ライネスとレオナルは、大の字になって畑に倒れていた。
その横には同様に大の字となって荒い息を吐いているオークが二人。
無論体力と言う点においてはオークの方が遥かに勝っている。
ただ彼らは農作業の効率的なやり方を知らない。
力任せに鍬を振るい続けていればそれは疲れも溜まろうというものだ。
結句人間族とオーク族は、その日珍しく互角の戦果を残してあらかたの畑の土起こしと土砕きを終えていた。
「ハァ、ハァ…な、なかなかやるじゃねえか…」
「ゼェ、ゼェ…オ前ラコソ見直シタゼ…」
地べたに横たわりながらそう呟いたかられらは、やがて上体を起こし、お互いがっしと手を握り合う。
「俺ノ名前、ヴェノシ」
「俺ドゥキフコヴ」
オーク達が己の名を名乗り、
「俺はライネス!」
「俺はレオナル!」
そして騎士達がお互いの名を名乗る。
なんということだろう。
あろうことか騎士とオークが戦場で名乗りを上げるのではなく、畑でお互いの名を名乗り友情を築いてしまったのだ。
「皆さまー、お疲れさまでしたー!」
村娘の声と共に土埃をはたきながら立ち上がる四人。
「見ろよ。俺達がやり遂げた成果を!」
振り返れば自分達が耕した畑が一面に…もとい一区画広がっている。
「…案外小サイナ」
「…だな」
なにせ彼らが耕した畑は碁盤の目のようにあちこちに点在しているためその戦果全てを把握するのは難しいのだ。
「いやー疲れた疲れた。あ、お嬢さん。畑仕事疲れませんでしたか?(キラーン」
ライネスが村娘にねぎらいの声をかけながらもカッコつけたポーズ。
隣でレオナルも爽やかな笑みと共に手を振っている。
「俺達! 全然! 疲レテナイ!(ムキィ」
「マダマダ! 耕セル!(ムキムキィ」
彼らに対抗するようにドゥキフコヴとヴェノシが己の筋肉を強調するような恰好…いわゆるポージングをする。
負けじと騎士達もポージングで対抗する。
それを見ながら頬を染め笑う村娘。
その日…彼女は、村娘ラルゥは久々に心から笑った。
棄民の子として生まれ、差別と偏見を受け続けた彼女は、同じ棄民達以外からこんな風に優しくされたことも、ちやほやされたこともなかったのだ。
それは、嬉しいことで。
とっても、嬉しいことで。
自分でも驚くほど、びっくりするほど嬉しいことで。
だから…ラルゥは、笑いながら我知らずぽろぽろとその瞳から涙をあふれさせてしまった。
「ナンデ泣ク!?」
「アワワワワ族長ニ怒ラレル!」
「わたわたすんな! おい大丈夫か?」
「俺達なんか気に障ることでもしたかい?」
あわあわと右往左往するオーク達と素早くフォローする騎士二人。
女性を屈服させることならいざ知らず、女の扱いそのものにかけてはやはりまだオーク達は人間族には及ばないようだ。
× × ×
は野良仕事を終えた村人たちは三々五々と村の方へと向かっていた。
例の騎士達とオークどもは、なんとなく歩を合わせて歩いている。
「いやしかし急に泣き出すとはなあ」
「まあ今までの扱いを考えりゃあなあ。そもそも普通ならこんなとこまで護衛もなしに追放まがいの事もされんだろうし」
騎士ライネスとレオナルにも全く身に覚えのないことではない。
翡翠騎士団の騎士団長ヴェヨールからしてそうした差別には否定的な人物であるし、王都でもそうした訓戒を受けてきた。
それに世話になったこの村の者達が、そして尊敬する隊長の出自が棄民だと知った。
だから今の彼らには棄民達を差別しようなどと言う心根は欠片もない。
欠片もないけれど…
それでも、幼いころに両親からそうした差別的なことを教わって、畑仕事を手伝わされていた彼らをそうした目で見ていた記憶は、ある。
それは子供心ゆえの無知だからと言い訳できるけれど。
差別と言うのは結局そうした教育から生まれる偏見なのだというのもまた間違いない。
自分達だとて、こうした機会が訪れなければずっと心の奥底にそうした価値観を抱いたままだったかもしれないのだ。
ライネスとレオナルはぶるりと身を震わせた。
「ナンデアノ女泣ク? ワカラナイ」
「キミンッテナンダ。オ前モアノ娘モ同ジ人間族」
腕を組み首を捻りながらない知恵を絞るオークども、ドゥキフコヴとヴェノシ。
彼らの台詞を聞きながら、ライネスとレオナルは思わず吹き出してしまった。
「ム。ナニガオカシイ」
「バカニシテルノカ、ニンゲン」
「いやいやいや。逆だよ、逆! 思わず感心してたとこだ。褒めてんだ」
「そうだよなあ。同じ人間だよなあ。しかしまさかオークに教わるなんてなあ」
そう、オーク達にしてみれば制度だの差別だのは大した問題ではない。
男か女かどうかの方がよっぽど重大事なのである。
自分達人間は彼らオークを女性蔑視の悪鬼どもだと決めつけてきたけれど。
少なくともこの村にいる彼らについては少々認識を改める必要がありそうだ…などと考えるライネスとレオナル。
「ま、ともかく今日は楽しかったよ。またな」
「オイドコニ行ク。モラウモノハモラッテ行ケ」
「「は…?」」
日も暮れかけてきたしいい加減戻らないと副隊長に大目玉を喰らいかねんとオーク達に別れを告げようとした騎士二人は、だが彼らに連れられ村の広場へと向かう。
「はいお疲れさま。お疲れ様。今日も頑張りましたね、お疲れ様です!」
とそこには…あのオーク族の族長の夫人だとかいう娘…ミエが、村人たちにねぎらいの言葉をかけながら硬貨を渡していた。
「ええっと…こりゃあ…?」
「ああ! ライネスさんとレオナルさん! お疲れ様です! 凄い仕事っぷりだって村の人たちからも大評判でしたよ?」
「い、いやあ…ヘヘヘ」
嬉しそうに破顔するミエの笑顔に思わずだらしない顔で照れる騎士二人。
「俺達モ負ケテナイ! 同ジクライ頑張ッタ!」
「ええ、ええ、わかってますとも。はいドゥキフコヴさんもヴェノシさんも。今日の分です! 頑張りましたね。えらいっ!」
ミエが二人の手にジャラジャラと硬貨を乗せ、頭を撫でる。
騎士達が驚いたことに、オーク共は自分よりかなり背の低いミエの前で、まるで子供の用に背をかがめて嬉しそうに撫でられている。
「はいお二人も! 手を出してくださいねー」
「え? 俺らも!?」
オーク達に毎日食事を恵んでもらってその上向こうは村の手伝いまでやっている。
騎士としてオークどもに負けてはられぬと強引に割って入って無理矢理手伝わせてもらったという認識の彼らは、自分達が報酬を受け取ることに違和感を覚えた。
「当ったり前です。うちの村のために働いてくれる人に意地でもただ働きなんてさせるものですか! お二人のお陰で今日はずいぶんと作業が捗ったんですから、ね? 受け取ってくださいな」
「あ、いや…でへへ…」
ミエが硬貨をライネスの掌に乗せ、己の両手でぎゅっと包み込むようにして無理矢理持たせ、上目遣いでお願いしてくる。
こんなことをされて断れる男がいるだろうか。
いやいない。
「はいレオナルさんも。お疲れ様です。今日はいっぱい頑張りましたね! えらいっ!」
「いやあ、ハハハ、んな大したことじゃあ…」
二人は大いに照れながらその日の報酬を受け取った。
「げ。結構あるなこれ。俺しばらく農作業してよっかな…」
ライネスが改めて受け取った金を勘定して呟く。
「なあ店に行って酒買って来ようぜ酒! これなら結構買い込めるぞ!」
そこまで言い差して…ライネスは相棒の様子が少々おかしなことに気づく。
もらった金を両手でぎゅっと握り締め、胸に当て祈るようなポーズで突っ立っているのだ。
「おいどうした…レオナル?」
「ミエさん…」
「げ…おい、あの人クラスクとかいうオーク族の族長の嫁さんだかんな?! しかも妊娠中だぞ! あの腹見ただろ!? 懸想なんぞしようもんなら斧で真っ二つだぞ!?」
「ち、ちっげーよ! そういう色恋的なアレじゃなくって…いやまったく違うわけでもないけど…こう、なんかこう、思い出すんだよ!」
「なにをだよ!?」
「故郷のかーちゃん!」
「あー…」
言われてみてライネスもすぐに納得した。
あの無私の優しさは確かにどこか子供に対する母親を想起させるのだ。
「あ、やべ、お前が変なこと言うから俺まで思い出してきちまったじゃねえかあ!」
そして、日が落ちて宵闇が支配する村の小径にて…
「母ちゃん…」
「ママ…」
妙なことを呟きながら突っ立っている謎の二人組が残ったという。
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