第166話 吟遊詩人と吟遊詩人

「やあやあどうもどうも」

「オ前ラハ…!」


騎士ライネスとレオナルが鍬を持って村人のいる畑へとやってきた。

無論鎧を脱いで作業着に着替えている。


「俺達もタダ飯喰らいは流石に心苦しくてね。手伝わせてくれよ」

「俺ら元は農家だし、役に立つぜえ」

「まあ、それは助かりますわ」


村娘が嬉しそうに微笑む。

それを見てへらへらと笑いながら手を振るライネスとレオナルの二人。


その様子を見てオーク達はすぐに気づいた。



こいつら女目当てだな、と。

俺達と同じだな、と。



そして当然というか…騎士達の方もオーク達のそういう下心をしっかり見抜いていた。



(コイツラニハ…)

(こいつらには…)



…負けねえ!

と互いに士気を高め意気軒高となるオークどもと騎士達。



「フン! 力ガ足リナインジャナイカ!(ザクッ」

「何言ってるかなー力より効率だよ効率!(ザクザクッ」

「ソナナノ覚エタラ俺ノ方ガ強イ!(ザクザクザクッ」

「ほっほーうつまり覚えるまでは俺に勝てないって認めるわけかー(ザクザクザクザクッ!」

「ンギギギギギギギギギギギギ」

「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ」

「まあ!」


互いに角突き合わせ額を突き合わせながら、だが競い合うように恐ろしい勢いで畑の荒土を砕き耕してゆくオークの若者と騎士ライネス。


それを見て喜ぶ村娘。


つつつつ…とその背後からそっと近寄って村娘にこっそり耳打ちするミエ。


「ふたりともー、頑張ってくださいねー♪」

「頑張れ! 頑張れ! その調子ですよー♪」

「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」」


村娘の応援に発奮し、ミエの≪応援≫の補正を受けて、瞬く間に一区画を耕し終える二人。

それを見て我も我もとなる他のオークどもと騎士たち。


「というわけで次の勝負の場所はここになります♪」


そしてミエが自然な流れで次の区画へと案内する。

怒号を上げながらみるみる耕してゆくオークどもと騎士達。


「というわけで、ここが終わったら次はこことここ…あとこっちの方に順次案内してあげてください。応援は贔屓せずどっちにもしてあげてくださいね?」

「はい!」


村娘に耕作予定地を記した猪皮紙を渡し、彼らの制御法を伝授するミエ。


「というわけでお待たせしましたシャミルさんゲルダさんサフィナちゃん!」

「相変わらずえっげつないことするのう」

「こえーこえー、あれが男の操縦法って奴か」

「おー…べんきょうになる(こくこく」

「ちょっ!? 人聞きの悪いこと言わないでくれませんっ!?」


今日は珍しく全員空いた時間が取れたため、久々に四人で集まって各所の手伝いである。


「しっかし久しぶりだなー四人で集まるの」

「そうじゃな。皆最近多忙じゃったからのう」

「おー…耳が落ちそうなくらい忙しい…」

「あら、それってエルフ語の慣用表現?」

「そう(こくこく」


そうなのだ。

ここ最近は四人が四人ともなかなかに忙しく、まとまった休みを取れることがほとんどなかった。

あっても他の三人と調整するとなるとかなり難しい。


「なにせミエが後から後から仕事を思いつく上に手伝いたがるからのう」

「妊娠中の自覚あんのかー?」

「あ、ありますよっ!」

「おー…休むのも、大事なしごと…」

「お、サフィナよう言うたよう言うた」

「もー…ちゃんと時間見繕って休んでますってば」

「「「じー……(疑いの目」」」

「ホ、ホントですからねっ!?」


確かにミエは合間合間に休憩時間を入れてはいる。

ただしそれで十分体が休めているかというと少々疑惑が残る。


本人が望むと望まざると村の仕事や相談事が次から次へと舞い込む上に当人が次々に安請け合いしてしまうからだ。


「しかしまあよう考えるのうこのようなこと」

「あたしも最初に聞いたときはたまげたけどなー」

「おー…びっくり…」


三人が話しているのはミエが村の改革の前に提案した『あること』である。

ただパッと見た限り村には特に変化や異常はない。


ミエ達は村はずれから村の中心部へとやってくる。

そこではオーク達がリーパグの指揮の下急ピッチで建物を建造していた。


「あれが終わったら接客の練習して…シャミルさんリーパグさんが空くのっていつくらいです?」

「フム…あの様子じゃとあと三、四日と言ったところかのう」

「なら開店初日は七日後くらいですかねえ」

「おー…かいてんしょにち…?」

「まーたミエが変なこと言い出したぞ」

「だが言わんとすることはわかる。差し詰めわしらはサーカス団の一員と言ったところか」

「サーカス団! それいいですね!」

「あたしゃサーカスにゃあまりいい思い出ないけどな」

「「あ……」」


恐縮するミエとシャミルをゲルダがフォローする。


「ああいや気にすんなって。どうせやるんだったら楽しいサーカスにしたいねえ」

「はい! それはもう! そのためにも…ね! ゲルダさん! あの件を是非!」

「アタシがぁ…? 正直接客はあまり得意じゃねえんだけどなあ…」

「でもそういうのができる旦那様もラオさんたちもみんな多忙だし、頼める女の人でが任せられてなおかつオーク達が言うこと聞いてくれそうなのゲルダさんしかいないんですよう!」


両手を合わせて拝むような格好のミエを前に、困ったように頭を掻くゲルダ。


「はああああ…参ったねどうも。ミエにそんなことされると断りづらいっつーか…」

「キラキラ…っ」

「瞳を輝かせたみたいな擬音出してもダメだっつーの!」

「そですか…(がっくし」

「ああもうそんなしょんぼりして肩落とすなっつーの! わかった! やる! やるから!!」


一瞬にして表情を輝かせる百面相が如きミエ。

横を向いて笑いを堪えるシャミル。

真似っこして横を向くサフィナ。


「なんだよ笑うなよ」

「クックッ…いやすまん。しかしお主本当にミエに弱いのう」

「コイツに強いうちの村の女がいたら会わせてくれっつーの」

「ま、それもそうじゃな」

「おー…サフィナ、ミエが弱点…?」

「弱点て」


懐かしのコントを彼女らが繰り広げているちょうどその時…

村の西門からアーリンツ商会の荷馬車が幾台もやってきた。


「アーリさん!」

「ミエー! 頼まれてた連中連れてきたニャー!」

「まあ! では早速細部を詰めましょうか!」

「「頼まれてた連中…?」」


当時同席していなかったゲルダとサフィナが首を捻る。


「あー、確か吟遊詩人クィムズロールを連れてくるようにとかなんとか言うておったような」

「はい。あとは最初だけ吟遊詩人スリアッポロもお呼びさせていただきました」

「なぬ…?!」


シャミルが目の玉を剥き、ますますもって意味がわからぬゲルダとサフィナが顔を見合わせて首を捻る。


「なんだ…吟遊詩人って種類があんのか?」

「ふむ…ゲルダ、サフィナ、お主ら今の二つの吟遊詩人、聞いたことがあるか?」

「そりゃ酒場にいて歌ってる奴らは吟遊詩人クィムズロールだろ?」

「おー…サフィナが習った共通語だと、吟遊詩人スリアッポロって言ってた気がする」

「マジでか」

「おーおー、育ちの違いがよくわかる反応じゃの」

「あれ? なんかアタシ馬鹿にされてる?」

「馬鹿にはしとらん。ただ二つの吟遊詩人はちとが違う」

「にゅあんす?」


この世界の吟遊詩人の元を辿れば王侯貴族であった。

世界の創生神話や王族の家系を讃えるいさおし、騎士達の冒険譚や恋愛譚など、王族たちが好みそうな様々な詩や歌を彼らは編み出し、語り聞かせ、或いは言い伝えた。


そうした詩歌を謳い語る者がやがて独立し、宮廷内で王や貴族たちを愉しませるようになっていったのが初期の吟遊詩人、すなわちスリアッポロである。

彼らは王宮から王宮を渡り歩き、各地の王の人となりなどを隣国に伝えたりもする。

同じ国に定住する者は宮廷楽師ゲッヴォレなどと呼ばれたりすることもあるようだ。


一方で職を追われたスリアッポロや没落した騎士や貴族達が市井に降り、自分達の知るそうした詩歌で日銭を稼ぐようになっていった。

これが後の吟遊詩人、すなわちクィムズロールである。


吟遊詩人クィムズロールは初期こそそれなりの地位の者達がいたが、今ではその出自は庶民となんら変わらない

まあ高貴な身分をうそぶくことはよくあるが。


彼らは酒場や広場で得意の歌を披露し、物語を語り聞かせ、或いは運よく王宮のパーティーの賑やかしなどとして呼ばれた時はのちに王侯貴族のあることないことを市民に伝え、愉しませる。

この世界の重要な娯楽のひとつと言っていいだろう。


「てえことは…なんだ」

「うむ。ミエとアーリの奴…王宮仕えの吟遊詩人を呼んできおったぞ」

「なんのためにだよ」


シャミルとゲルダの疑問に、ミエはにこやかに笑って答えた。






「決まってるなないですか! …です!」




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