第165話 変わりゆく村
「鍬はこう持って…そうそう」
「コウカ」
「はい。そんな感じ」
「オ前ノ教エ方上手イ。助カル」
「ま…」
村の娘に土の耕し方を教わりながら、忘れずに礼と世辞を言うオークの若者。
流石に多数の希望者の中から厳選されたオーク達だけあって共通語での口説き文句もなかなか堂に入ったものだ。
かつて棄民と呼ばれていた村の者達は、現在村の周囲の一区画で土起こしの真っ最中である。
土地を個々の農民の所有でなく、族長クラスクが一括管理するようになったため、通常の農地に比べずっと計画的に運用できるようになった。
そのため耕地を幾つにも分割し、区画ごとに異なる運用をしている。
ちなみにこの辺りの土地は既に粗起こしの状態であり、草なども全く生えていない。
なので後は砕土して軽く耕すだけだ。
その前半の粗起こしを担当した立役者は…現在ミエやシャミルと共に別の区画で実験中である。
「うーん、うーん…これ持てなくはないですけど…重いですねえ」
「これこれ身重の族長夫人があまり無理をするでない。お主のやや子に何かあったらわしらが族長にくびり殺されるわい」
「そうですねー…でもできればもうちょっと軽くしたかったなあ」
「無茶言ウナヨ! コレ以上ハ無理ダッテ!」
ミエの無理難題に文句を言っているのはリーパグである。
先程までミエが持とうとしていた物体は彼が作ったのだ。
それは奥行き1.5m、幅60cm、高さ60cmほどの木造の箱で、天井から壁面上部にかけて蔓草で編んだ目の粗い網が張ってある。
そしてその中に数羽の鶏…この世界風に言うなら小鶏だろうか…が放たれていた。
いわば小型の鶏舎と言ってよいだろう。
ただ通常の鶏舎と大きく異なる点として…この鶏舎には床がない。
そのため下は直接剥き出しの地面となっている。
地面が剥き出しになっていることで、当然ながら鶏どもは箱の中をせわしなく動き回り、草をついばみ地面をついばみ虫などを見つけては嚥下してゆく。
作物につく害虫などもこれで大体駆除できる。
その勢いたるや凄まじいもので、見る間に草が喰われ緑が失われていった。
さらに彼らはその脚と嘴で地面をほじくり返し、土を均してゆく。
その上ぼたぼたを糞を落とし地面に施肥までしてくれる。
言うなれば畑の初期に必要な工程を全て彼らだけでやってくれているのだ。
ただし通常この方法はなかなか望んだ形にはなってくれない。
もし放し飼いにした場合、鶏には雑草と作物の区別はつかないためせっかく植えた作物まで食い荒らしかねないし、かといって通常の鶏舎の床を抜くと糞も尿も同じ場所に延々と垂れ流し続けることとなり却って土壌が汚染され、放っておけば地面がヘドロのようになって畑地としては使い物にならなくなってしまう。
…なので、鶏舎の方を移動させる。
そう、ミエの発案でシャミルが図面を引き、彼女の夫であるリーパグが完成させたのは…底の抜けた移動用の鶏舎なのだ。
一定区画で一通り草を喰らいつくし土を掘り起こし、糞を撒いてもらったら、そのまま鶏舎ごと鶏を横にずらす。
これで作物が食い荒らされる心配がなくなるし、適度な粗起こしと施肥を終えた状態で村人たちに作業を引き継げるため、農作業の手間を減らすことができるわけだ。
鶏卵がやや回収しにくい難点こそあるものの、非常に効率的な方式と言えるだろう。
もっともミエとしてはこれを女性でも動かせる程度に軽くしたかったようでそこが御不満のようだが、このサイズかつ木造ではなかなか難しいようだ。
「あまり無茶を言うでない。オークどもなら簡単に持ち運びできるんじゃから当座はそれでよかろう」
「ですよねー…うちはオークさん達がいるからそれでなんとかなりますけど…うーんやっぱり針金とかアルミのパイプとかがないと厳しいですかねえ。せめて竹が生えててくれれば…」
「お主の言うことはよくわからんの」
がっくりと肩を落とすミエにシャミルがジト目でツッコみを入れる。
「まあ当座使える形になっただけ良しとしましょうか! なら次は井戸の方の進捗を…」
「掘レタドー!」
「はっや!」
井戸掘りについてクラスクに相談したところ、幾人かのオークを人足として寄こしてくれた。
彼らは地べたに四つん這いで這い蹲って村の井戸の周囲を嗅ぎまわり、そのまま畑地の方へと赴くと目星をつけたところをざっくざっくと掘り進み驚異的な速さで地下水を掘り当ててしまったのだ。
「もう掘れたんですか!? すっごいですねえ!」
穴から這い出てきたオーク…穴掘りどものリーダー、フォーファーが感心するミエの前に桶を差し出す。
ミエが桶の中を覗くと澄んだ水が湛えられていた。
フォーファーの方に顔を向けると大丈夫と頷くので両手ですくって舌に乗せてみた。
「あ、思ったよりずっと美味しい。あと冷たい!」
「井戸水ダカラナ。普通ハ冷タイ」
「確かに井戸水は冷たいってよく聞きますね。それにしてオークさんが井戸掘りが得意とは知りませんでした」
「オーク族元々洞窟トカ草原トカ森ノ中ニ集落作ル。飲ミ水大事。井戸掘ルノ得意」
「なるほど…?」
「ソノ中デモ俺ハ特ニ得意。村一番」
「フォーファーさんすっごい!」
「意外な特技じゃの…む、確かにこれはなかなか…」
感心するミエの隣でシャミルも桶の水を味見している。
その隣で井戸掘り頭のフォーファーが頭をぼりぼりと掻いていた。
ミエにしか気づけぬほどの微細な表情の変化ではあるが、どうやら少し照れているようである。
「俺井戸掘リ得意。他ニマダイルカ?」
「そうですねえ。なら折角ですからあちらの方にもうひとつ作れます?」
「ワカッタ。任セロ」
「あら頼もしい」
部下達を引き連れて村はずれの方に向かうフォーファー。
ちなみに彼はそれなりに年配であり、前族長時代から飼っていた娘をそのまま嫁にしていた。
…さてそんな彼らの村づくりの様子を指を咥えて眺めながら、エモニモの指揮の下翡翠騎士団第七騎士隊の面々は剣の稽古をしていた。
だがどうにも訓練に身が入っていないようだ。
「何をしてるんですか貴方達! もっと気合入れなさい!」
「でも副隊長ー。俺達が訓練してるのはあのゴブリンどもへのリベンジのためですよね?」
「むーらーをまーもーるーたーめーでーすっ!」
部下の誤りを即正すエモニモ。
「えーっと、まあ、じゃあそうだとして、要は村の為っすよね?」
「そうですね」
「ならこう俺達も村のために何かするべきじゃないっすかね! こう例えば畑仕事を手伝ったりとか! とか!」
「その村のためにこうして剣の鍛錬をしているのでしょう?」
「いやーでもなんかこう俺達だけタダで飯食わせてもらってオーク達が労働に勤しんでるってのはなんかこう…悔しいっつーか負けた気がするっつーか…」
「…………」
それについてはエモニモも思うところがないでもない。
騎士達はオーク族と協力してあのゴブリンどもの襲撃を迎え討つ、という約定の元食料を供給されている。
無論今度こそ後れを取らぬようにとみっちりと稽古をしているのだが、鍛錬自体はオーク達も普通にやっているのである。
しかも向こうはその上で村づくりのためにテキパキと働いていて、それどころか畑仕事まで手伝って、その上労働に応じた賃金を受け取って自ら食事を購って食べているのだ。
これではまるで自分達騎士が無駄飯喰らいのようではないか。
エモニモは大きくため息を吐くと、先程口答えをした騎士達の方を見ながら訓練に使っていた剣を仕舞う。
「ライネス、レオナル。貴方達は確か豪農の出よね」
「はい!」
「うっす!」
「私の方からキャスバス隊長とミエさんに話を通しておきます。ただし剣の稽古と見張り自体に穴は空けないように」
「やっりぃ! 副隊長話せるゥー!」
「やったー!」
何やら自分に隠してなにやら含むところがありそうな二人を睨みつけながら、エモニモがびしりと指を差す。
「それと手伝うなら手伝うでオーク達なんかに負けないように!」
「「ヘイッ!」」
「返事はハイ!」
「「ハイッ!」」
かくして…翡翠騎士団きっての問題騎士隊からの刺客が畑に放たれたのだった。
…鋤と鍬を持って。
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