第150話 路地裏での出会い

「国王派…? 隊長。彼らにどこまで話しているのですか…隊長?」


エモニモがキャスに小言を言おうとして、その異常に気が付いた。

彼女はエモニモの言葉が耳に入っていないかのようによろよろと歩き、この村の…棄民達の長の前に膝をつく。


「長老殿…ひとつ、ひとつお伺いしたい…っ! その、ここに、貴方達と共にエルフ族の血の混じった娘が寄こされはしなかっただろうか…っ!?」

「エルフ族の…? はて、そのような者は…?」

「耳と瞳の色を隠すためフードを被っていたのでエルフとはわからなかったかもしれんが、その、褐色の肌の娘で…っ」


ミエの隣で地面を大きく踏みしめる音がした。

シャミルが身を乗り出しながら目を剥いている。

なにやら相当動揺しているようだ。


黒エルフブレイじゃと…?!」

「…? なにかまずいんですか?」

「そうか、記憶喪失のミエにはそこから説明せねばわからんか」

「すいません。その…日焼けしたエルフとかじゃ…ないですよね?」


ミエの素朴な疑問に頭を抱えたシャミルがやや苛立たたし気に答える。


黒エルフブレイは地下世界に住むエルフのことじゃ」

「ええっと…地底って確か結構危ない場所って言ってたような…?」

「そうじゃ。地底にはまず森がない。森の女神イリミから生み出されたエルフ族は地底ではその恩恵が非常に薄い。ゆえに生存のためイリミを見限って邪神或いは魔神と契約したのが黒エルフブレイの始まりと言われておる。彼女らの肌が黒いのはその代償じゃともな」

「!!」


邪神なり魔神なりと言われても正直ミエにはピンと来ないのだけれど、人型生物然り魔族然りこの世界の成り立ちはそうしたものと密接かつ不可分なものであるようだ。

そういうことであれば注意して聞かねば…ミエはシャミルの言葉に耳を傾けた。


「ゆえに黒エルフブレイは例外なく邪悪であり、地底に住まうオークやその他の怪物などを率いる危険極まりない存在、というのがおおむねの見解なんじゃが……してキャスや、なぜお主が黒エルフブレイを探しておるか聞かせてもらおうか」


シャミルの言葉に地べたに跪いたキャスの背中が僅かに揺れる。

もはや隠し通せないと観念した彼女は、静かに重々しい口を開いた。


「彼女…ギスクゥ・ムーコーは私の古い知り合いです。ギスクゥ…ギスは、かつてこの地に巣食っていた魔族どもに攫われた…『棄民』の一人でした」



×        ×        ×



今から凡そ50年近く前…ハーフエルフであるキャスがまだ幼かった頃。

建国したてのアルザス王国は未だあちらこちらで瘴気が噴き出る荒野であった。


だがこの国に入植してきた兵士や騎士達、そして農民たちは…彼らは皆覚悟と使命感に燃えていた。


一刻も早くこの地から瘴気を消さなければ。

魔族達が侵入を躊躇するような土地にしなければ。

そんな強い意志と共に彼らは仕事に邁進していた。


そんな中…両親を戦で失い身寄りがなかったキャスは、一時的に人間達が建造中の王都、その孤児院に保護されていた。


だがその後アルザス王国と暗がりの森バンルラス・ヒロスに住むエルフ達との関係が急速に悪化。

その結果彼女はということで孤児院の子供たちの差別やいじめの対象となった。


彼らも親を戦で失い精神的に不安定になっており、幼心に芽生えた未熟な感情…憤怒、憎悪、怨恨にまでなり切れぬ、己ですら説明できない苛立ちの捌け口としてしてキャスが選ばれたのだ。


先日まで仲が良かった友人たちの突然の豹変。

理不尽な仕打ち。

耐えられなくなったキャスは孤児院を飛び出し、路地裏で浮浪者同然の暮らしをすることとなった。



そこで出会ったのが彼女である。



最初は下らぬショバ争い。

他よりマシな残飯の食べられる縄張りを求め険悪になり、派手に喧嘩した。

なにせそのひの食事にありつけなければ飢え死にしかねないのだ。


傍から見れば子供同士のたわいない取っ組み合いに見えたかもしれないけれど、当人たちにしてみれば互いに相手を殺すつもりの命がけの決闘にも等しかった。



「お前…っ!?」

「貴女、まさか…っ!?」


だが…その時、互いの被っていたフードがめくれ、その容貌が顕わになる。


金の髪、白い肌、尖った耳をした娘と、

白銀の髪、褐色の肌、そして同じく尖った耳をした娘。


そして互いにエルフと黒エルフブレイの特徴を強く有しながら…その瞳は美しい、蒼。

エルフのように翡翠の色でも、黒エルフブレイのように燃えるような紅蓮でも、ない。


それは彼女たちが互いに純粋なエルフ族でないことを示しており、二人はお互いすぐにそれを察した。



「っ!!」

「いけない! 見られちゃう! こっちよ!」



浮浪者同士の喧嘩にざわざわ、と物見遊山気分の見物客が集まってきた。

だが二人は互いにエルフ族の特徴を備えている。

容貌を見ればすぐに見当がつくだろう。


当時エルフ族は人間達と非常に険悪な関係となっており、庶民の間でもそうした空気が蔓延していた。

もしエルフ族の血を引いている事がバレたらどんな仕打ちを受けるかわかったものではない。


キャスはその黒いエルフに連れられて貧民街の方へと逃走した。


「はぁ、はぁ…どうやら撒けたようだ」

「ふぅ、ふぅ…そうね。ふふ、それにしてもまさか私以外にエルフ混じりがいるだなんて」

「こっちも驚いた。お前、名前は?」

「ギスクゥよ。ギスクゥ・ムーコー。ハーフの黒エルフブレイ。貴女は?」

「キャスバスィだ。こちらもハーフエルフだ。さ」

「ふふ、お互い様ね」


互いに差別や迫害を受けた身であるということと、エルフ族の血が混じったハーフ同士であるということから二人は意気投合し、手を組んで王都の貧民街を食い荒らした。


キャスは直接殴り合ったり力任せに解決することが多かったが、ギスの方はもっと搦め手が多く、知的に立ち回るのが得意だった。

特に掠め取ったものを隠すのが巧みで、役人に怪しまれ幾度身体検査を受けても一度たりとも隠したものを見つけられたことがなかったほどだ。


彼女たちは同じような浮浪者どもと犬猫のように縄張り争いをして、悉く力でねじ伏せ、彼らを吸収し勢力を拡大。

瞬く間に裏で名の知れた勢力にのし上がった。


互いの身の上話をしたのもこの頃である。


「そう…キャスの両親はあの戦争で」

「ああ」

「悪いわね。変なこと聞いちゃって」

「気にするな、ギス」


己を気遣うギスクゥに、キャスが肩を竦めて答える。

二人はお互いをキャス、ギスと呼び合うようになっていた。


「母の死は仕方ないと思ってる。戦場に自ら望んで出立したんだ。戦死はただの結果さ。ただ…」

「父親の方?」

「ああ。父は母の死に心を病んで、魔族どもに復讐すべく剣を握り、戦場で命を落とした…私を遺してな。そのことについては…まあ言いたいことは色々あるさ」


もし父親が死んでさえいなければちゃんとした家で寝られたかもしれない。毎日暖かい食事ができたかもしれない。差別や迫害からも守ってもらえたかもしれない。

それらすべてを彼は愛する妻を失った怨恨で放り捨てたのだ。

一人残された娘からすれば恨み言の一つも言いたくなるというものだろう。


「今度はお前のことを聞いてもいいか? 幼い頃に母に聞いた話では黒エルフブレイは邪悪な存在でエルフ族の恥。見つけ次第殺すべし的なことを教わった気がするのだが…ギスがそうとは到底思えん。どういうことなのだ?」


そう…黒エルフブレイとは本来地底世界に住む邪悪なエルフを指す。

狷介で、狡猾で、疑い深く、他者の不幸を嘲笑える性質。

暗闇に適応し、俊敏さと知能に優れ、剣と弓と魔術に長け、毒を好み、邪悪な計画を練り、地上を我が物にせんと画策する。


そしてそのためなら刃向かう相手を如何様にしようとも…死体にしようが、奴隷にしようが、実験材料にしようが、邪神のための生贄にしようが一切の痛痒を感じない…そういう存在である。


だがギスと共に暮らしていたキャスは、彼女がそういう種族的な性質とまるでそぐわぬことを肌で感じていた。


落ち着いた物腰、冷静な態度、たとえ対立する相手であれ評価すべきところは評価する視点、そして相手の本質を見抜く鋭い洞察。

なぜこんな娘が残飯漁りをしなければならぬのか、キャスは本気で理解できなかった。


「ああ…本来の黒エルフブレイはそうらしいわね。ただ私は…そうした教育を母から受けてないの。というか、そもそも地底で暮らした記憶すらないわ」

「…どういうことだ」

「私はよ。この地がまだ魔族達の支配下だった頃、彼らの餌としてここで人間の母と共に飼われていたの」

「!! …では、黒エルフブレイの父親は…お前たちを見捨てたのか…?」

「ふふ、まさか! その父親が魔族にのよ。身籠った私ごと、私の母をね」

「なん、だと…!?」


黒エルフブレイは地底世界の住人であり、いつか地上世界を征服し、支配したいと望んでいるという。

故に彼らは地底より地上に現れては虐殺や蹂躙の限りを尽くす。

ギスの母親もまたそうした黒エルフブレイの悪逆の犠牲となり、村を襲われ、犯され、奴隷として連れ回された。

そしてギスを身籠った後…面倒になった父親に売り飛ばされたのだ。

それも、魔族相手に。


「なんという…なんという…!」


キャスは思わず壁を拳で殴りつけ、己の愚かさを悔いた。

恨みに我を忘れ身を滅ぼした父ではあったけれど、少なくともキャスは両親から愛されていた自覚があった。

だからまさかに実の父親にそんな仕打ちをされることがあるだなどと想像だにしていなかったのだ。



けれど…キャスはまだ理解していなかった。

魔族の下で暮らすという事の意味を。




彼女が己の言葉と態度を悔やむのは…むしろここからだったのだ。



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