第149話 棄てられし民
「
ミエの怪訝そうな問いかけに、シャミルは不機嫌を隠そうともせず眉根を顰める。
「棄民ってなんですか? 棄てられたって一体何から…」
「ミエや、村で話した魔族の話を覚えておるか?」
「え? まぞく?」
唐突な話題を振られ、一瞬キョトンとしたミエは、だがその後小さく頷く。
「魔族と人間の関係は把握しておるか?」
「えっと魔族は瘴気の湧いている場所を好むけど瘴気のない所だと力が発揮できなくて、人間…
「うむ。では魔族の好物を覚えておるか」
「ええっと確か『人の魂を力の源とし、怒りや憎悪と言った負の感情をその糧とする』…でしたっけ?」
「そうじゃな。矛盾しておるとは思わんか?」
「矛盾…? ふぇ?」
そう言われてミエはハテと考える。
瘴気の濃い場所には魔族が住んで人がいない。
瘴気のない場所には人が住んで魔族がいない。
魔族は人の負の感情を糧とする…が、魔族の住んでいる場所には瘴気が満ちているから人は住んでいないはずだ。
住んでいない者から糧を得ることはできない。
それならばと瘴気のない土地へ行って人を襲えば、瘴気を失うことで彼らの強力な力が損なわれ、人型生物に討伐されやすくなってしまう。
「あれ…魔族の好物ってどうやって摂取すれば…?」
「そうじゃな。まあ当然その疑問に行きつくじゃろう」
シャミルはミエの顔をチラと見て様子を窺い、そのまま話を続けた。
「その答えは『魔族が
「………っ!!」
その言葉にミエだけでなくゲルダやクラスクも驚きの表情を浮かべる。
「当然瘴気の中では人は心を痛め、病む。それにより精神が不安定となり憎悪や絶望といった負の感情に支配されやすくもなる。魔族からすれば適当にパンでも恵んでいたぶるだけで好物の
「そんな…そんなことって…! で、でも
青い顔をしたミエが縋るように尋ねると、シャミルが小さくため息をついて小首を傾げる。
「魔族の支配から抜け出せたという点では確かにお主の言う通りじゃろうな。じゃがそれを助かったと表現するのは少々語弊がある」
「……? ふぇ?」
シャミルの言葉の意味がよくわからず、ミエが目をぱちくりさせる。
「ミエ、お主は人の善性を信じすぎじゃ。考えてもみよ。瘴気を長く浴びた者は心を病むのじゃろ? 負の感情に飲まれやすくなるんじゃろ? 怒りっぽくなったり、急に憎悪が湧き上がって暴れ出したり、もしやすると正気を喪っておるやもしれん。その結果周囲に不和を招いたり他者を傷つけたり殺したりするやもしれん。そんな連中を…人々が怖れぬはずがないとは思わぬか」
「………っ!!」
「無論全員が全員そうではなかろう。瘴気の中、心が弱るだけで耐えていた者もおるはずじゃし、そんな地獄から抜け出せたことで正気に戻れた者も多かろう。じゃが誤解や偏見というものは大概ひとまとめに定義付けされる。やれ女だから、やれエルフ族だから、といった具合じゃな。ゆえに瘴気の中でなんとか生き延びてきた者達もまとめてそうした評価を貼り付けられたわけじゃ」
差別の原理についての彼女なりの所感を述べた後、シャミルが結論を述べる。
「そう、魔族に
「~~~~~~~~っ!!」
ミエは夫の前に平伏している村人たちに目を向ける。
彼らははいつくばってこちらを脅えて見つめているが決して呆けてはいない。
今のシャミルの説明をその全てとまではいかないがある程度理解していて、そして自分達がそうであると認めている表情に見える。
「でも…でも、50年前ですよね?! なんでそれより、若い、人ま、で…」
村人たちをぐるりと見ながらミエが呟く。
明らかに二十代、三十代の人間族がいる。子持ちの若い母親もいる。
年齢的に彼らが瘴気を浴びているとも、その影響を受けているとも思えないのだ。
だが、そんなミエの何かに抗うかのような抗弁に…諭すような静かな口調でシャミルが問いかける。
「ミエ、お主なら聞かんでもわかるじゃろ」
「あ、うぅ……!」
そう、わかっていた。
聞くまでもなくわかっていた。
それが棄てられし民に対する誤解と言うのなら。
それが棄てられし民に対する偏見だと言うのなら。
それはつまり彼ら棄民に対するレッテルである。
そして一度張り付けられたレッテルは、消えない。
その子供も、孫も、『棄民である』ただそれだけで同じ偏見と差別を受け続けるのだ。
彼らは何も悪いことをしていないのに。
瘴気の満ちた魔族の地へと攫われた、ただその不運だけで…
その子々孫々に至るまで差別され、迫害される身となってしまったのだ。
「おそらく都周辺の瘴気の浄化が順調に進んだ結果耕地が増え、豊かになったことで人口が増え、城内に彼らを住まわせておく余裕がなくなったのじゃろうな。じゃが城の外に出せば農民たちの偏見と差別によって彼らの命が危ない。ならばと他の街に移住させようとして、悉く拒絶されたとすれば…」
「それでたらい回しされた挙句ここまで…?」
「ま、ここまでの距離を考えるとそれだけではないのかもしれんが、おおむね今の解釈で間違いなかろうよ」
ミエの少し震えた声に、シャミルが頷く。
「あー…やっとわかったニャ。さっきキャスがこの国がバクラダ王国にせっつかれたからここに派兵された的なこと言ってたけどあれずっと疑問だったんニャ。仮に国の本音がそうだったとしても派兵する公的な理由は別になきゃいけないはずニャ。きっとこの開拓村の護衛がその理由じゃないかニャ」
「…なんとなくわかってきました」
アーリの言葉にミエも得心する。
王都から彼らを追い遣る適当な理由付けとして、この地のオーク討伐が利用されたのだ。
栄えある王国騎士がこの地からオーク達を追い出すからそこに棄民達を開拓民として派遣する、と。
そうすればバクラダ王国への言い訳もすることができるし、棄民達をまとめて処分することもできるし、仮に彼らが成功すれば立案者の功績にすることもできる。
そしてなにより財政出費はほとんどない。
当の騎士隊長であるキャスが自分達の役目を一切知らされていなかったのが少々気にかかるところではあるが、それ以外のことは大体説明がつくではないか。
「なんだい国王陛下だかなんだかってのは。キャスがいい奴っぽいこと言ってたのに酷いことしやがるな」
ゲルダの憤懣に、けれどミエは素直には賛同しかねた。
「うう~ん…国王様が命じたにしては…少し変じゃないですかこれ」
「そうじゃな。棄民を処分する気ならなんで今更という気がするのう。エルフ族やわしらノーム族ならまだしも人間族にとって50年は結構な年月じゃ。先刻述べた人口増加などの理由があったとして、追い出すならもっと早く処置してもおかしくないと思うんじゃが」
「ということは他の派閥の方の…?」
う~んと腕を組んで考え込むがミエにもシャミルにも答えが出ない。
それは現在の国の情勢の話であって、この世界の事をよく知らぬミエと書物で知識を得ているシャミルには不得手な分野だからだ。
「あのー…どう思われますかキャスさん…キャスさん?」
そこまで言い差して…ミエは今更ながらに話の当事者であるはずのキャスが一切会話に参加していないことに違和感を感じ、彼女の方へ顔を向けて…
ようやくキャスの様子がおかしな気が付いた。
キャスが…愕然とした表情で己の顔を押さえている。
その顔面は蒼白で……脂汗を流し、明らかに激しく動揺している様子だった。
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