第144話 分村と本村
クラスクはすぐにラオクィクに声をかけ、オーク達を20人ほど集めさせる。
キャスはアーリが調達した鞍や轡を馬達に装着し、彼らが怯える様子がないことに満足するとそのうちの三頭ほどを連れ出した。
クラスクと彼女とラオクィクが乗るためのものだ。
せっかく外に出る機会なので軍馬としての調教の成果を見ようというのである。
「さて、誰を連れて行くかな…ふむ、お前たちにするか」
村で飼っている馬の中でもっとも大きい青毛…一般的には黒馬の方が通りがいいだろうか…の
他のオーク達は
一方ミエたちはやや小柄だが最も人懐っこい白毛…白馬の
ちょうど簡易な荷馬車といった風情である。
「私の知ってる歌だとこのまま荷馬車でごとごと出荷されちゃう流れですねこれ…」
「オーク族の村でそれを言うでないシャレにならん」
「ニャッ!? アーリたち出荷されちゃうニャ!?」
「(ツボに入ったらしく無言で笑いを堪えているゲルダ)」
「オーイオ前ラー、オーイ…
「「「ハーイ♪」」」
馬引きおよび先導はリーパグ。
少々大きすぎて荷台に乗り込めないゲルダは横で随行する形だ。
一方荷車に乗っていないサフィナは帳簿を片手に村の中を忙しそうにてとてと走り回っている。
ミエに言われワッフと共に何か村で準備するものがあるらしい。
「後から、行くから…あ、ちょっと待って」
とミエ達に手を振り送り出そうとして…少しだけ呼び止めた。
そして手にした黒板に記された用意すべき品々の明細の最後の一行を指差した。
「…ミエ。他のはわかるの。でもこれは…いるもの?」
ミエに言われて用意しているものは主に酒や食料、それに香草や香辛料、そして食器類などである。
これから向かう村に仮に人が住んでいるとして、もし農作業などに従事しているとしても、瘴気が消え去っていないこの地では最初の実りを待つまでは食料が不足するはずである。
それを提供できるならいい交渉材料になるのでは…というのがミエの考えだった。
それはいい。
筋が通っている。
だがミエが頼んだ最後の一つは…かさばる割に今回の用途では使い道がないのでは? とサフィナには思えたのである。
「これも…あげちゃうの?」
「ううん。あとサフィナちゃんの言う通りこっちの目論見通りならたぶん使わない。だから運び損になっちゃうかもね。ただ…」
「…ただ?」
「もしかしたら必要になるかもだから。念のため、ちょっと重いかもだけど、お願いね?」
「…わかった」
ミエは改めて手を振りサフィナと別れる。
サフィナはミエ達が森の中に消え去るまでふんふんと手を振って、その後小走りでワッフの後を追った。
さて一行は村を出て花畑を過ぎ果樹園を越えて森の中に入ると、キャスの先導でその奇妙な村へと向かった。
「よいしょ…っと。ほれ終わった」
ゲルダがミエ達が降りた荷車をひょいと抱えて岩場を一跨ぎで越え、荷車をそっと下ろす。
「オー…流石巨人族の血が混じってるだけのことはあるニャ。ゲルダうちに就職しないかニャ?」
「ハハハ、商売人か、それも面白いな!」
ひとしきり笑った後首をひねり、ぽくぽくぽくとたっぷり三拍ほど腕組みをして考え込んだ後…
「それ結局荷物持ちじゃねーか!」
「今頃気づいたニャ!?」
「ったく…つっても別に大したことはしてねーぞ。ほれ、なんせ先遣隊が優秀だからな」
ゲルダの言う通り、彼女たちの前を行くオーク共が騎乗している族長達を通すために進路を切り開いており、その手並みが実に鮮やかなのだ。
斧で樹を次々に切り倒し、大きな障害物は力任せにどかし、クラスク達が馬の脚を留めることは殆どない。
なのでゲルダは馬は通れても荷馬車が通りにくいような小さな障害をどかすか越えるだけで済んでいるいるのである。
まあ木々が次々に切り倒されている様子をサフィナが見たら少し悲しい顔をするかもしれないが。
「そういやミエ、腹大丈夫か腹。だいぶ出てるが」
「そんな主婦になって自堕落になったせいでおなかがぽっこりしてきたみたいな言い方止めてください」
ゲルダがミエの張ったお腹を気に掛ける。
ただしデリカシーは一切ない。
「はい、大丈夫です。今のところは」
「あんま無茶すんなよ」
「ええ。ありがとうございます」
おなかを撫でながら再び荷馬車に乗り込み、オーク達の後に続く。
「でも…なんか変な感じですねえ」
「む。ミエもそう思うか」
ただ…オーク達の後に続き、荷馬車に揺られながら…ミエとシャミルが顔を見合わせて不思議そうな顔をしている。
「ん? なんだ? 何か変か?」
「いえ、その、なんていうかこのあたりって…」
「すっごい通りやすいニャ! かー! こんなルートがあったニャらこれまでの搬送ももっと楽にニャったのに! かー!」
「そうそう、それじゃ」
「うん…?」「ニャ…?」
シャミルの言葉にゲルダとアーリが顔を見合わせる。
「通りやすいんじゃ、このあたりは。生えている木々も若く、細い。そうでなくばいかなオークとてこれほど順調に道を切り開けまい」
「そうですよねえ。木が若いってことは生えてからあまり年月が経ってないってことですから、つまり…」
「そうじゃ、つまり…」
「「元々このあたりは道だったのでは…?」」
ミエとシャミルが互いに相手を指差して声を合わせ、その後互いに頷いた。
「やっぱり! シャミルさんもそう思いますよね!?」
「うむ。ということはもしやしてこれから向かう先の村と言うのは…」
「はい! ちょっとわくわくしてきました!」
「オイオイ。アタシにもわかるように話してくれ」
「いやー今の話の流れならさすがに聞かなくてもわかるニャン…?」
「え?! マジで!? お前すごいな!?」
本気で驚くゲルダにアーリが汗を掻く。
「ニャんか反応がオークみたいニャ…」
「言ったなこの野郎。もといこのアマ」
「イダダダダダダダダダダダ! やめるニャやめるニャ! こめかみぐりぐりするの禁止ニャアアアアアアアアアアアアア!!」
ゲルダの軽いおしおきにアーリが悲鳴を上げる。
「で、なんなんだよ気づいたことってー。言えよー」
「ニャ、ニャア…じゃあ聞くけどニャ。クラスク村はちょっと変な村だニャ?」
「ヘン…そりゃオークが人間みたいな一軒家に住んでるとかすげー変だな」
「そうじゃないニャ。元から変なつくりニャ」
「え? どこが?」
目をまん丸く見開いてゲルダが問い返す。
本気で思い当たることがないのだろう。
「村の規模は小さくニャいのにそれに比べて畑が狭すぎるニャ。あれが元は人間族の村だったとして、人間達は狩りが苦手ニャからオーク達みたいに毎度獲物をぽんぽん獲ってくるのは難しいニャし、要は村の想定人口に比べて安定した食糧源が少なすぎる気がするんだニャー」
「あー…言われてみりゃ。確かにそんな気がするな」
ほほうと素直に感心するゲルダ。
元からその問題点に気づいていたミエとシャミルがうんうんと頷く。
「そして食糧源の少なさの割に食糧庫となる倉庫が多すぎるんだニャ。そこから考えれば…あの村はかつて食料を外から持ち込んで貯蔵してたと考えられるニャ」
「へええ~…なるほど…で、それがこの道とどんな関係があるんだ?」
「まぁだわからないのかニャー…?」
ゲルダの心からの疑問に対しアーリがジト目で返し、確認するようにミエとシャミルの方を見る。
とっくの昔にゲルダのそのあたりについて理解を深めている二人は、暖かい瞳でアーリを見つめながらこくこくと頷いた。
この子は本気でわかってませんよ? という優しい目つきである。
「ニャー…つまりクラスク村は元々単独で存在してたわけじゃニャく、
「あー…するってえとぉ…?」
腕を組んで首を傾げてぽく、ぽく、ぽくとこれまたたっぷり三拍。
「今から向かうのがその村ってことか!」
そして手を叩いてようやく結論に辿り着く。
「かもしれない、レベルですけどね。なんにせよだいぶ楽しみになってきました」
「うむ。さて、森を抜けるぞ…!」
リーパグの先導で森を抜けた一行の前に広がっていたのは…
荒れ果てた荒野、だった。
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