第143話 自由都市
「自由都市…?」
キャスの怪訝そうな言葉にシャミルが頷く。
「うむ。『自治都市』とも言うの。本来は経済的や宗教的な理由で特権を得た大都市が国の支配から独立した状態を指す。まあ完全な独立ではなく徴税権や街の市長やその他公職の任命権など一部の権利を許されただけのものもあるがの。ただまあ…流石に最初から国の内に自由都市構想を前提とした街を造ろう、なぞという酔狂は聞いたことがないのう」
「おー…独立して、えっと、国みたいな…?」
「ばっかサフィナ。街だぞ街。そんな大それた…」
「うんにゃゲルダ。サフィナの認識で合っとる」
「マジで!?」
愕然とした表情のゲルダと、なにやら興奮したらしく鼻息を荒くするサフィナ。
その隣でミエが瞳を輝かせて耳をそばだてている。
「『政治』『経済』そして『軍事』…都市には国に必要な要素が全て詰まっておる。そもそもが国家の成り立ちは都市から…都市国家が国の始まりじゃ」
「へー…成程。そう考えるとわかりやすいですねえ」
「言い出しっぺのミエは流石に詳しいと思ったんじゃがな…」
ジト目でミエを見ながらシャミルが話を続ける。
ミエはてへへ、と恥ずかしそうに頭を掻いてぺろりと舌を出した。
「村が大きくなり街となり、やがて都市となる。その周囲に耕作地が広がり開拓が進めばそれは領土となるじゃろ? それが都市国家じゃ。やがてその耕地が広がり近在の都市国家と領土同士がぶつかることとなれば…戦争で一方が一方を併合するなり平和裏に合議するなりで、目的を同じうする一団となる。それが複数集まれば…ほれ、今の国の形と何も変わるまい。都市国家は国の原型にして縮図なんじゃ」
「「「おおー…」」」
シャミルの説明に一同が感嘆の声を上げる。
「そうそうそうそうそれそれ、それですシャミルさん! すごいですね!」
「わしはこの前提を知らんで先程の構想をぶち上げられたお主の方がよっぽど恐ろしいわいっ!」
シャミルの手を取って瞳を輝かせるミエにシャミルが全力でツッコミを入れた。
「ともあれ、競合なしの最高の立地条件で最初から自由都市を目的に街を作ろうなどとは酔狂も酔狂、わしは気に入ったぞ。乗らせてもらおう」
「アタシもいいぜ。オークの傭兵部隊ってのも面白そうだしな」
「サ、サフィナも、賛成…お花畑作れるところ、あるかな…?」
「まさか本店どっかに構えようとしたら街ごと作るだニャンて思いもしニャかったけど…かなり興味深い案件ニャ。資材その他は任せておくニャン」
「オレも賛成ダ。ドッチニしろ外には出ル必要があル。襲撃デも戦デもなく斧を振るう機会があルッテのが気に入っタ」
参加者殆どの同意を得たミエが、最後にキャスの顔を窺う。
キャスははああああ、と溜息をついた後、額を押さえて賛同した。
「…わかった。少なくとも瘴気の浄化と耕地の拡大に関しては国の目的とも矛盾しない。その線で行くなら…着地点を模索するのを先送りにする前提であれば、私も協力できる」
「やた!」
ミエが小さくガッツポーズを取り、皆がわいのわいのと相談を始める。
「まず街道をまとめる必要があるニャン。道の整備はオークがするニャ?」
「すル。リーパグが得意ダ」
「まとめるとしてどこにするニャ」
「そりゃ街が作りやすい場所じゃろ」
「とすると廃村のどこかになるかニャア」
「人が住んでる村が近くにあれば足掛かりになるんですけどねえ」
「ミエ、それはないものねだりというものじゃ」
「そうニャそうニャ。さっき自分で言ってたじゃニャいか」
「ですよねえ」
そんな彼らの相談の様子を聞きながら…
キャスは今更ながらに奇妙な違和感を覚えた。
「…あるではないか、村」
「ふぇっ!?」
キャスの唐突な言葉にミエが驚きの声を上げ、他の者達も一斉に彼女の方に首を向ける。
「そうだ…いやそうだな。言われてみれば妙だ。なぜあそこに村があった…?」
「待て待て待て。なんじゃなんじゃ、この近在に人間の村があるのか!?」
「ああ。我ら騎士隊はこの近くまで騎馬でやって来た。そうでなくばあの短期間でここまでは来れぬ。だが森が鬱蒼としていて馬が入れそうにないので、近くの寒村に預けてきたのだ」
「マジか。人間族のかい?」
「ああ、ゲルダ殿。だが…今にして思えばあの辺りはオーク族の縄張りだったのではないか…?」
キャスは困惑し、腕を組んで首を捻る。
クラスクは地図の上に身を乗り出して上から見た図と言い聞かせて森の北を指で指した。
「キャス、ドの辺りダ」
「ふむ。この辺りだな」
キャスが指差す先を見て、クラスクは己が見回った景色を頭に描く。
「うちの縄張りダ」
「…廃村のあったあたりだニャ。廃村の一つを利用してるのかニャ?」
「旦那様、見覚えは?」
「…ナイ。少なくトも四か月前にはなかっタはずダ」
「それだと我々が騎士隊が到着する少し前に村ができたことになるな…?」
キャスが村に来てから既に二カ月以上経過している。
もし互いの話が本当ならその村はつい先日生まれたばかり、ということになるわけだが…
「確認すル。村の連中連れテ行くぞ」
「私も同道する。馬達が無事だといいのだが」
クラスクとキャスが立ち上がり、すぐに出立の準備に入る。
「はい! はいはい! 私も行きたいです!」
と、そこに唐突にミエが挙手をして割って入る。
「!? ミエも来ルのカ!?」
「はい! だってそこが街の候補になるかもしれないんですよね?」
「ふむ、そういうことならわしも行こう」
「サ、サフィナも、見たい…瘴気の様子とか、調べるの…」
「おーいいねえ、んじゃアタシも行こうかね」
次々に名乗り出る面々にクラスクは面食らったが、拒否しても無駄だと判断するとすぐに切り替えた。
「ヨシ、じゃあみんなデその村に行くゾ!」
「「「おー!」」」
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