第137話 神と魔王の戦いは置いといて
「神々と魔王ども…?」
ミエはハッとして周囲を見回す。
皆反応の差こそあれシャミルの言葉に驚いてはいない。
つまりこの世界の住人にとっては既知の…半ば常識のような話なのだろう。
「ええっと話の規模が大きくなりすぎてなんか全然実感が湧かないんですけど…それって今後の私達の方針に関わりある話なんです?」
「直接はないな」
ミエの素朴な疑問にシャミルが即答する。
「じゃがこの国そのもの…この国の成立には密接に関わる話じゃ。お主の計画、場合によっては一度は王国を相手取る必要があるかもしれんのじゃろ。ならば知っておった方がよい」
「わかりました」
そう答えつつもミエは視線をキャスへと走らせた。
案の定険しそうな顔をしている。
当たり前だろう。彼女は本来この王国の騎士団の一員なのだ。
この国と事を構えるかもしれないなどという発言は彼女にとってテロリズムの告白に近い。
彼女の前でそんなことを言い放てば心中穏やかでいられないのは当然のことと言えよう。
…が、そのことでミエはシャミルを咎める気はなかった。
彼女は知識もあれば知恵も回る。
少なくともこの世界の事情に関してミエより遥かに詳しいのだ。
その彼女がキャスが何者かわかった上であえて発言したのである。
そこには必ず何らかの意味がある。
ミエはそう信じそのまま続きを促した。
「それってどういうことです? 私達は神様とか悪魔が作ったゲームの駒とかそういう…?」
「ああそうではないそうではない。面倒なので詳しい説明は省くが、要は神々と魔王どもの勢力争いの場なんじゃ、この地は」
「勢力争い?」
「うむ。神と魔王はそれぞれこことは別の場所に住んでおると考えてくれ。まあ教会の聖職者共に言わせればいわゆる天界と魔界という奴じゃな」
「天界と、魔界…」
よくわからぬままにとりあえず頷いて耳を傾ける。
そのあたりはミエにとってもうそういうものなのだと無理矢理納得するしかないのだから。
「うむ。神は信仰心を力の源としておる。ゆえに自らを信仰する種族を己の似姿で作り地上に撒いた。これが『
「はあ…つまりこの世界の人型生物はみんな自分を作った神様と見た目が同じ…?」
「まあ似てる程度じゃろうがな。で一方の魔族はというと人の魂を力の源とし絶望や憎悪と言った負の感情をその糧としておる。そしてその中から特段に魂を集め、力を付けた者がのし上がり、自らを魔王と号し魔族どもを支配する…と言われておるの」
「シャミルさんお詳しいんですねえ」
「まあ言い回しや内容に多少の差異あれど、どの神の教会でも教典を読めば大概記されておることじゃしな」
ミエが視線を横に向けると、サフィナがこくこくと頷いた。
どうやら本当の事らしい。
「問題はここからじゃ。魔族どもは瘴気を好む」
「瘴気…?」
「うむ。邪悪な生き物や魔族に汚染された大地などから立ち上るドス黒い霧のようなものじゃな。瘴気が満ちておる場所におると人は心の弱い者から活力や気力を失ってゆき負の感情に侵されやすくなるし、体が弱り病にも懸かりやすくなる。また作物の実りも悪くなり土地は痩せ不毛の荒れ地となり果てる」
「それは…その、あまりいいものでは…」
「そうじゃな。じゃが魔族どもはこの瘴気に満ちた場所をこそ心地よく感じ、またその中にいることで強大な力を得るとされる。さて、そうすると…どうなると思う?」
「ええっと…」
自分の世界の常識とはかけ離れた質問を前にミエは少しだけ考える。
「人間は瘴気のある場所では調子を崩す。魔族は逆に居心地がいい…じゃあ逆に瘴気のない場所だと魔族は…?」
「おお、よく気づいたのう。瘴気のない場所は魔族にとってかなり居心地が悪いらしい。あとは純粋に力なども落ちるようじゃな。そのあたりはキャス嬢の方が詳しかろうが。なにせ専門家じゃからな」
シャミルに話を振られたキャスは、同意の意味で小さく頷く。
「ああ。魔族は個々が強大な力を有してはいるが、特に瘴気のある場所ではその強さが圧倒的になる。相手によっては巨漢の騎士の剛剣がまともに肌を突き通らぬ時すらある程に、な。だがそうした難敵も瘴気のない場所に引きずり出せれば刃が通るようになり、勝ちの目が出てくる。魔族の相手をする時はその程度に瘴気の有無は重要だ」
「なるほど…とするとさっきの答えはつまり…『魔族は少しでも瘴気の満ちた場所を広げようとして、人型生物は少しでも瘴気を払おうとする』…とかですか? 方法まではわかりませんけど」
「正解じゃ。でその方法じゃが…まずなんとかしてその一帯から魔族を追い出す。なにせ魔族自体が瘴気を放つからのう。次にそこに人を移住させ棲み暮らす」
「え…でも心や体に悪いんじゃ…」
「心の弱い者からじゃ。強い決意や信念があらばそうそう屈しはせぬよ。魔族を追い出した後ならいらぬ責め苦も受けぬしな」
シャミルはミエの淹れたハーブティーを啜りながら話を続ける。
「そして…魔族どもなどに邪魔されることなく、強い意志を持った
「そうなんですか!?」
ミエの驚嘆の声に、シャミルは肯首することでその返答とした。
「最初に言うたじゃろ。
「なるほどー…なんかすっごい為になりました」
「ああ、ためになったぜ」
「ためになったニャー」
「これゲルダ、アーリ」
お礼を言うミエの隣で腕組みをしてうんうんと頷くゲルダとアーリにシャミルからのツッコミが飛ぶ。
「記憶喪失のミエはともかくお主らは知っとかんか」
「仕方ねえだろまともに教育なんて受けてねーんだから! いやさわりくらいなら流石に知ってるけどよ」
「ニャッハッハッハ! 宗教関連は正直門外漢ニャ! 常識の範囲でニャら知ってるけどニャ!」
「おぬしらは…」
はあと溜息をつきながら頭を抱えたシャミルは、仕方なく噛んで含めるように説明を続けた。
「つまり魔族が蔓延っておれば瘴気が満ちる。きゃつらを追い出して多くの人が住めば瘴気は晴れる。瘴気が消えれば荒れた土地も耕せるようになり多くの実りをもたらすようになる。となればミエ、この世界はどうなる」
「ええっと…それぞれの生存と繁栄を賭けて
「正解じゃ。そして…60年前この地でもそれが起こった」
「!!」
「
「十年…!」
ミエが言葉を失い、キャスがいかにも不機嫌そうな顔をする。
「そうじゃ。人間族を中心にこの地域の
「「おおおおおお~~~~」」
ミエとゲルダが拍手をしながら嘆声を上げる。
一方で先程二人と並んで反応していたアーリはそれに加わらなかった。
流石に宗教はともかく歴史は知っていたようだ。
「ま…それが面倒ごとの始まりで…ついでに言えばこの村が生き延びてきた要因でもあるんじゃがな。のうキャス殿?」
「ええ、まあ」
シャミルの言葉に…キャスバスィは不承不承頷いた。
そう…戦争の終わりこそが、いつだって厄介ごとの始まりなのである。
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