第138話 戦後処理

「ここからは私が授ぎょ…いや説明しよう」

「おおー」

「ン!」


シャミルの言葉を受けキャスが前に進み出て、ミエとクラスクが嬉しそうに拍手する。


「それはいいけどよ。キャスは騎士団長なんだろ」

「違うゲルダ殿。騎士隊長だ。第七騎士隊長。隊長としての格は翡翠騎士団で一番下だ」

「あーつまりそれなんだろ? 俺達に色々話しちまって大丈夫なのか?」

「………」


ゲルダの素朴な疑問に、キャスは言葉を探すように僅かに逡巡する。

そしてシャミルとミエがあちゃーと言った表情で額を押さえた。

彼女らを交互に見たサフィナは…だが最後にこくこくと頷くと、ミエとシャミルのまねっこをして額を押さえた。


無論二人もその点については気付いてはいたのだが、なるべく指摘せずにやり過ごして続きを聞きたかったのである。


「いや、ゲルダ殿。気にしなくていい」

「ソウダ。キャスは村の協力者ダ。村にイル間は手伝っテもらう」

「もちろんクラスク殿との約定もあるが…それだけではなく、私個人の事情もあるので」

「ふーん…まあアンタがいいっつーならいいんだけどよ」


ゲルダの突然の発言に頭を痛めたミエではあったが、その結果引き出された情報に関しては注意深く耳を傾けた。

キャスにもキャスなりのこの村の目的に協力する、あるいは協力したいなんらかの事情があるのだ。

それがわかっただけ収穫と言えるだろう。

ミエは少しだけ張った腹を撫でながら彼女の話に耳を傾けた。


「さて魔族を追い払いこの地が解放されたとして、次にすべき優先事項とはなんだと思う? ミエ」

「ええっと、優先事項…?」

「ああ」


長い病床でそれなりに本を読んで色々知っているミエではあるが、正直政治や国家関連はあまり興味がなく詳しく知らぬ。

なにせ政治を知って病気が良くなるわけでもないのだから。


とはいえこれまでの話から必要な情報はもらっている気がする。

ミエは目を閉じ腕を組んで考えをまとめた。


「まず最優先なのが瘴気の浄化で、次に魔族がまたやってこないように防衛すること…?」

「正解だ。この世界で『闇の大戦ベルク ズロセル』に勝利した場合、それが何よりも優先される。、だ。それが普通の戦争と大きく異なる点だな」

「そっか…生活環境で決定的に妥協できない魔族相手の戦いの場合、人間同士の諍いは脇に置いて絶対協力し合わなきゃいけないってこと…?」

「そうだ。流石に察しがいいな、ミエは。ここでなにより重要となるのが土地を耕す『農民』…そしてそれを魔族から守る『軍隊』、さらに彼ら農民と軍隊を統括するための『組織』だな」

「ええっとそれってつまり『国家』ってこと…?」

「その通り。魔族から勝ち取った土地は、火急かつ速やかにそこにを打ち立てて、農民たちの命を守りながら全面的に支援し、早急に瘴気を晴らす必要がある。アルザス王国は建国より今日こんにちに至るまで、その作業に従事しているのだ」

「ああ…!」


ミエは長年…というほど長くこの世界にいるわけではないのだけれど…抱いていた疑問のひとつが解けた気がした。

この村につい最近まで討伐部隊などが派遣されてこなかった理由についてである。


「つまりお前が来ルまデこの辺りのオークが討伐されなかっタのハ、からカ」

「オーク族の討伐自体は騎士団が精力的に行っていたぞ。彼らは農民たちの村を襲うからな」

「うン。襲ウ襲ウ」

「頷くな」


腕組みをしてうんうんと首肯するクラスクを目を剥いて睨むキャス。


「ただ土地の開墾は全土で一律に行えるわけではない。この地図で言うとアルザス王国の東端の少し北…ここが王都ギャラグフだが…ここと、さらに王都からずっと南に下がったところにある商用都市ツォモーペ、この二都市を中心に農地を広げていった。オーク族の討伐などはこのあたり一帯を中心に行っていて、他に手を出す余裕がなかったのだ」

「で余裕が出たからキャスさんが?」

「まあ他にも、だな」

「色々?」


ミエの素朴な疑問にキャスが深いため息で応える。


「先程国を造ると言ったな。つまりはだ。では一体誰が国を造り、誰が王となると思う?」

「え…?」


キャスの問いかけに対しミエは答えに窮した。

彼女はその質問に対する解を全く思いつかなかったのだ。


だが…ミエの隣で顎に手を当てて考え込んでいたクラスクが、確認するように呟く。


「戦争ト言うガ、要は魔族っテ獲物を襲撃しテ勝利しタわけダ。ならが仕切りになル。活躍が同じくらいならより被害を受けタ方が報われルベキダ」

「ああ。クラスク殿の言う通り、最もその戦役で戦果を上げた者、上げた国が土地の権益を享受すべきだろうな。

「普通に…ってことはつまりこの国はそうじゃなかった…?」


ミエの質問にキャスが頷き、クラスクが不服そうに眉を顰めた。

オーク族にとって『仕切り』…戦果とその取り分は非常に重要な決まり事なのだ。

それを蔑ろにしていると言われ心中穏やかでいられないのだろう。


「なんでですか?」

「単純に考えて、このアルザス王国の国土…元『闇の荒野ベルク イェツォレム』を解放するのに最も貢献した国はだ」

「その国は…え~っと…?」


ミエが地図の上でその地名を探す。


「白銀山嶺を挟んでこの国の南にある国じゃよ。この森を南にずっと抜けて川を越えればもうバクラダ王国じゃ」

「へえ~!」


シャミルから合いの手が入り、ミエが驚きの声を上げた。

思ったより…というかかなり近い。

ミエが地理的条件を確認したことで、キャスが言葉を続ける。


「戦争の発端はそのバクラダ王国の北端に魔族が確認されたこと。それまで山を挟んで小康状態を保っていた人間と魔族の関係が、その件で一気に緊迫する」

「ええっと…バクラダ王国の人たちはそれを魔族の陣取りと解釈した…?」

「そうだ。そしてバクラダ王国の周辺諸国はさぞ青くなった事だろうな。なにせそこが落ちれば次に魔族の領地と隣接するのは自分たちなのだから」

「それはまあ…確かに」

「バクラダ王国に侵入した魔族はなんとか撃退されたが、このままではいつまた魔族どもが来襲するかわからぬと、バクラダ王国を中心に連合軍が組まれ、人間以外の多くの種族たちとも協力し、長い長い戦争の末に遂にこの地『闇の荒野ベルク イェツォレム』から魔族たちを追い払うことに成功した」

「…人間たちの勝利、ということでしょうか」


ミエの言葉に、キャスは小さく肯首する。


「そうだな。そこまでは。問題は…だ」

の話カ」

「まさに《アクシトゥクム》」


クラスクの言葉にキャスは大きく頷く。


「この戦いに最も貢献したのは間違いなくバクラダ王国だ。人間たちの国の中では最も闇の荒野ベルク イェツォレムの近くにあり、一番最初に被害を受け、国土を荒され、そして最も多くの兵力と予算をつぎ込み、そして最も多くの犠牲を出した」

「ならそいつが仕切りになるべきダロ?」

「ああ。だが問題は…バクラダ王国がであることだ」

「!!」


クラスクが僅かに目を細め、ミエがハッと口に手を当てた。


「バクラダ王国の国土は元は幾つもの小国の集まりに過ぎなかった。そのうちの一国が周囲の小国を戦で刈り取り攻め落とし吸収し制圧し大きくなっていったのが今日こんにちのバクラダ、とうことになる」

「傭兵にゃ人気あるけどな。あそこ金払いいいから」


ゲルダがかつての経験から率直な感想を述べる。


「この地…今のアルザス王国の国土…かつての闇の荒野ベルク イェツォレムは、当時でこそ瘴気に満ちた荒れ地だったが、平坦な場所が多く入植すれば豊かな沃野に変わることはわかっていた」


キャスは一旦息を整え、周囲の聞き手に静かな声で問いかける。





「さて…戦争で勢力を拡大し続けてきた軍事国家に、その国の今の国土に等しい巨大な穀倉地帯を与えることがどんなことになるか…誰かわかる者はいるか?」




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