第136話 地図
「ということでこんなものを用意してみたニャ」
「まあ、地図!」
「おお、最近の地図を見るのは初めてじゃな!」
ミエとシャミルが顔を輝かせ、キャスが胡乱げな目でアーリを見つめる。
「なかなかによくできた地図だが…このレベルだと軍事機密に当たるのでは? どうやって手に入れた?」
「し~らニャ~イニャ~ン♪。ここは確かにアルザス王国の国土かもしれニャイけど、別に国がこの村を支配してるわけじゃないニャン♪」
「貴様…」
「まあ、この国アルザス王国って言うんですか」
国王直属の騎士団の騎士隊長の一人を前に胸を張って堂々と言い放つアーリに、無邪気なミエの言葉がかぶさった。
「そこから!? そこから説明が必要なのかニャ!?」
「仕方ねーだろミエはキオクソーシツ? なんだから」
「(こくこくこく)」
アーリのツッコミにこれまで黙って聞いていたゲルダが返し、サフィナが激しく同意とばかりに幾度も頷く。
「まいいニャン。国王直属の栄えある翡翠騎士団の騎士隊長殿からよくできてるとお墨付きももらったことニャし、そのあたりの説明から始めるとするニャ」
「あ……」
アーリがふんすふんすと得意げに鼻を鳴らし、キャスが己の失言に気づき思わず口に手を当てる。
「確かに他に地理地形を把握する手段がないと地図ってかなりの軍事機密ですよねえ」
「それはまるで他に地形を把握する手段を知っておるかのような口ぶりじゃのう、ミエや」
「へー…これが地図か。あー…どこがどうなってんだ?」
「サフィナの森、あるかな…」
「
みんなでわいわいと好き勝手離しながら机の上に広げられた羊皮紙を見る。
喋っているのも
「ええっと旦那様、そのー…鳥がいますよね?」
「トリ。トリイル。なかなか獲れナイ。喰ウトウマイ」
ミエが地図の概念について言葉を選びながら説明をはじめ、クラスクが腕を組みながらうんうんと頷く。
「はい。鳥さんです。その鳥になったつもりで考えてください。鳥が空を飛んでいる時に下を見るとどんな感じになります?」
「…木の上から下を見るのト同じデ…もっト高い所から見下ろす感じ…家の屋根がタクサン見えル?」
「はい! そんな感じでふだんの鳥よりもっともっとずっとずぅーっとたかーいところからこのあたりを見下ろした感じで山とか森とかを記したのがこの地図なんです!」
「
「そんな高い所飛ぶ鳥がいるんですか!?」
クラスクの驚愕の台詞に却ってミエが驚いてしまう。
だが妻の説明を聞いたクラスクは、すぐにその地図の上に身を乗り出し顎を撫でながら険しい顔つきとなった。
「これが山…これが森カ…? 地形がわかれば遠くに行く時も迷わなイ。危険も避けられル。攻める時相手の地の利を覆せなイまでも減らせル。守りも盤石にできル。あトは状況に応じテ高いトころを飛べる鳥ト低いところ飛べる鳥を用意すれバ…」
「「「…………!!」」」
先刻まで地図の存在すら知らなかったクラスクの理解力に皆が瞠目する。
特に戦争や戦場に関する有用度の把握が尋常ではなく早い。
まさに戦闘に長けたオーク族らしい視点であり、クラスク自身の知能の高さを窺わせる反応である。
「鳥の件は言い換えれば地図の縮尺か。よくもまあ今の説明だけでその発想に思い至れるものよ」
「うむ…私も正直驚いた」
「凄い…素敵です旦那様!」
シャミルとキャスが警戒心交じりの敬意を抱き、ミエがきゃー! と黄色い声で感嘆する。
「んで…俺たちのいるとこはどこなんだこれ」
「サフィナの森、どこ…」
そしてゲルダの一言で皆ハッと我に返って本題に戻った。
「フム、アーリを煩わせるまでもない。わしらのおるところはこのあたり…この森じゃな」
「
「うむ。ちなみにサフィナの森はこのあたりじゃな」
ミエの疑問に答えつつ、シャミルが地図を飛び出して1枚分以上離れたところ、机の先の中空を指差した。
「とおい…!」
「そうじゃな。ずんと遠い」
「ここからだと…え、
「そうじゃ。サフィナ。わしらノームの国やドワーフの国、
「オー…
シャミルに言われ当時を思い返していたサフィナは、知らずエルフ語で呟きこくこくと頷く。
そんな彼女らの横で地図を眺めていたミエは…
「ええっと私達が住んでいるのがアルザス王国の南西端、国境付近にある
「そうじゃな」
「でここから西は
「そうニャ」
ふむふむ、と己の内で納得するミエ。
なるほど、と隣で頷くクラスク。
こくこく、と真似っこするサフィナ。
「でうちの森から東は山がちになってて、そこから東にずーっと高い山が聳えてて…それがこの地図にある
「ああそれなら俺も登った事あるぜ。かなーり高い山脈だ」
「麓の方にはこの前来タ
「へええ…」
ゲルダとクラスクの言葉に頷きながら、ミエは東西に連なる山脈を指でなぞる。
「…でその後今度は山脈が北に延びるんですね。ええっと
「そうだ、ミエ。その山脈には巨大な獣が棲んでいる言い伝えられていて、それで名付けられた名だ」
ミエの懐疑の言葉にキャスが答える。
彼女はそちらの方からやって来ただけあって現地の地理には詳しいようだ。
「巨大な獣…どんな種なんでしょうか」
「わからん。山を越えられず行方知れずとなる者、あるいは山に行ったまま戻ってこない者がいて、何か危険が潜んでいるのは間違いないのだが、山から無事に帰った者はそうした危難に一切遭っていないのだ。逆に言えば…その山に潜む何かに出会った者は決して戻ってこない。ゆえに正体不明の巨大な獣が潜む山…
「なにそれこわい」
キャスの説明にミエが思わず真顔になって、隣で青くなったサフィナがミエの腰にひしとしがみついた。
「で巨獣の巣の北に湖があって、王国の北は魔族どもの巣窟、
シャミルが〆た台詞を聞きながらミエはふむ、と地図を眺める。
他に大きな地形としては、国の中央に南北に長く伸びている森…
ただそれは今回のミエの思索には直接関係しない。
北が森、東と南が山、西が丘陵地帯…
「こうして見ると…なんかこの国碁盤のマス目みたいですねえ」
碁盤という単語がある以上おそらくなんらかの似た遊戯があるのだろう。
それが囲碁や五目並べのようなものなのかはわからないけれど。
ミエのその素直な感想に…シャミルはほう、と感心したような声を上げた。
「よう気づいた。確かにお主の言う通り…ここはゲームの盤上、碁盤のマス目じゃよ。神々と魔王どものな」
「ふえ…?」
その言葉に…ミエは一瞬言葉を失った。
「なんかいきなり話の規模が大きくなりすぎなんですけど…?」
けだし、もっともな意見である。
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