第130話 姦しい帰還

クラスクとの鍛錬を終え、馬達の馴致を手伝った後、キャスは一人森の散策をしていた。


エルフの視力で軽く周囲を観察するが特に見張りも尾行もいないようだ。


「まったく…このまま私が逃げ出したらどうする気なのだ…」


協力の約束こそしたけれど、キャスは戦いに負けて虜囚となった身である。

ゆえに機会があれば逃げ出そうと考えてもなんら不思議ではないはずではないか。


だが実際はどうだろう。

族長の家より立派な寝床を用意され、族長夫人に給仕され、見張りもなにもつかず自由に村を、それどころか森の中まで闊歩できる。


村に金銭が流通していないので給金がもらえるわけではないが、そのかわり食事と風呂には一切困ることがない。


正直に身に見余る厚遇である。

ゆえにその恩を返す程度には村に協力しても問題あるまい…などと自分に言い訳をして、村のために色々知恵を絞るキャスバスィなのであった。


「ふむ…やはり馬具が足りんな…」


オーク達の模擬戦を見せることで戦場での恐怖心などはだいぶ克服できたようだが、この村にはそこから先の、軍馬として成立させるための肝心要の馬具がない。


元が荷馬車を引く馬を奪って来たものなので流石に手綱とくつわと蹄鉄はついていたが、騎乗用ではなかったため鞍とあぶみがないのである。


現状いつ鞍が手に入ってもいいようにタオルなどでへの抵抗を減らす訓練をしている状態だが、なるべく早く本物が欲しいところだ。


「とはいったもののどこから手に入れたものやら…」


手作りするには少々面倒な造りだし、かといって買い物しようにもあの村にはそもそも店がない。


「いや待て。そもそもこの村には御用達の商人はいるはずではないか…?」


そうだ。

村で作った蜂蜜製品の数々…少なくともあれの一部が王都に流通していた。

村のオーク達が外に行商しに行っている様子がない以上、外からあの村に訪れている商人がいるはずなのだ。

それも村の秘密を知っていて、かつそれを外に伝えていない、いわゆるこの村の共犯のような商人が、である。


「一体何者なのだろう…?」


クラスクが、ミエがおそらく信頼を置いているであろう商人で、村の商品の販売を一手に引き受けているであろう存在…

あの二人の事を考えれば、相当な切れ者であることが伺える。


キャスの頭の中には中年の小太りでいつも汗を拭いているような、けれどその実非常に頭の回転が早く抜け目のない商人のイメージが形成された。


「っ!!」


と、その時、彼女の尖った耳がピンと立った。

そのエルフの血を引く鋭敏な聴覚が何かの音を聞きつけたのだ。


耳の先端がひこひこと揺れている。

彼女がその音に対し明確な興味を抱いている証拠である。


「なんだ…人の声…?」


明らかにオークの言葉ではない。

微かに聞こえてくる単語は…商用共通語ギンニムである。


あの村のオーク達は多かれ少なかれ共通語を解する…それだけでも十分驚くべきことなのだが…日常会話で使う言葉ではないのでどうしてもたどたどしい、不慣れな感じが出てしまう。

だが森の奥から聞こえてくる声にはそれがない。


村娘の誰か…でもない。

キャスはハーフエルフである。最近聞いた者の声質を聞き間違えるはずがない。



つまり…この村の者ではない、共通語を日常で話す何者かが村に迫ってきているのである。



(どうする…?!)



キャスは一体どうやって彼らに村の存在がバレないようにするか…自然にそう考えてしまっている自分に驚く。

一般人だとしたら暴力は振るえない。

だが迷い人だとしたら村に案内すべきなのか…?


考え込んでいる間に…その声が一際大きくなった。



「あそれオーエス! オーエス! よいっしょぉっ!」



どすん…と地響きがして、何か重たいものが地面に落ちた。


「おーえす…?」


一体こんな辺鄙な場所で何をやっているのだろう。

キャスの内にむくむくと疑念が生まれる。


彼女はエルフ族らしく巧みに足音を消し、森の中を足跡を残さず歩いてゆく。


そして見た。

見つけた。


藪の向こうに、道なき道を進む荷馬車の姿を。

その馬車を操る猫獣人の姿を。


「しゃちょおぉ~! もぉ~無理ですぅ~!」


豊満な牛の獣人が弱音を吐く。


「無理じゃないニャ! あと一息ニャ! それ頑張るニャ!」


どうやら道なき道を馬車で踏破しようとして馬車が溝か何かに嵌ってしまい、馬で牽引しつつ人力で押して突破を試みているらしい。



「あそれオーエス! オーエス! もいっちょぉっ!」



ぐぐ、と馬車が動き、地響きと共にごろごろと先に進んだ。

馬車の後ろでずっと押していたらしき者達…よく見れば全員獣人である…が、歓喜ゆえか気が抜けたのか、へなへなと草の上にへたり込んだ。


「よくやったニャみんニャ! あと一息ニャ! もう少しで村に到着ニャ!」

「みゅみゃぁぁぁ…それさっきも聞いた気がするですしゃちょー!」


兎の獣人…かなり幼い…が己の記憶力を頼りに社長を糾弾する。


「今度は本当ニャ!」

「「「じゃあさっきのは嘘ですか!!」」」


社長と呼ばれた、巧みな手綱さばきで馬車を操っている猫の獣人は…そんな部下達を目を細め眺めながらぷいと顔を背ける。


「それじゃ別にいいニャ。アーリだけだ先に村に入って蜂蜜酒でも飲んでるニャ」

「てんちょーそれはずりーよ! ずりーって!」


狼の獣人…これまただいぶ若い…がぶーぶーと不平を漏らす。


「だったら立つニャ」

「あーもうわかったよ! ほんっとにもう…!」


馬車の後ろの獣人たちが文句を言いながらもよろよろと立ち上がる。

そしてキャスは今更ながらに気づいた。



彼らが…いやあの猫の獣人が、おそらくクラスクとミエの同盟者。

この村の商品を外の世界で販売している商人に違いないと。






「ふっふっふ…クラスク村よ! アーリは…アーリは再び帰ってきたニャァァァァァァァァ!!」




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