第131話 (第三章最終話)御用商人アーリンツ
「おっまたっせニャー! アーリただいま戻ってきましたニャン!」
「「「キャアアアアアアアアアアアアア!」」」
荷馬車と共に村へ入って来た猫の獣人族を村の者…主に女性達が黄色い声で出迎える。
「小麦粉! 小麦粉はある!?」
「バター! バターが欲しいの!」
「チーズは?! チーズは持ってきてくれた!?」
「保存されてるお野菜とかないかしら?!」
「ニャーン! 一度に言うニャニャン!?」
どどどどど…と村の娘達が怒涛のように殺到し口々に欲しい商品を叫ぶ。
まるでタイムセールに殺気立つ主婦さながらである。
「もぉ~押さないでください~!」
「もダメ、俺つぶれる…」
荷馬車の後ろでは獣人たちが必死に抑えようとするがなにせ勢いが違う。
一人倒れまた一人倒れ遂にその荷馬車防衛隊が陥落するかと思われたとき…
「はいはーいそこまで! ストォーップ!」
手を叩きながらミエがやってきた。
隣にはワッフとサフィナもおり、さらにサフィナはホワイトボードとペンを抱えている。
「商品の受け渡しはいったんワッフさんを通してからって言ったでしょ! どうしても欲しいものがあるなら個別に陳情は受けるから今は解散解散!」
「「「ええ~~!」」」
女性陣が不満の声を上げるが表立って抗う者はいない。
彼女たちは皆前族長がいた頃からこの集落に暮らしていた…もとい囚われ隷属されていた娘達である。
今でこそかなり自由に生活できるようになってはいるけれど、そこに至るまでにミエに
預言者が海を割るように娘達が道を開けるとミエがその真ん中をぺこぺこ頭を下げながら通り、ワッフがそれを追いかけ、サフィナがとてとてと小走りでその後を追った。
「
ミエに倣ってかワッフも丁寧に頭を下げ、その後ろからサフィナが真似っこするように頭をぴょこんと下げる。
それに毒気を抜かれたのか娘たちは諦めて三々五々に散っていった。
「あ、クエルタさんだけ待ってー! アーリさんのところのお店の人、荷運び終えた後でおもてなしてあげてくれない?」
「え~あたしがあ?」
三つ編みおさげにエプロンをした娘がいかにも不満そうな声で返事をするが、ミエが拝むように手を合わせ頭を下げるとやれやれと肩をすくめて頷いた。
「じゃ準備しとくから倉庫に荷物入れたら連れて来て。そのかわりバターとチーズは絶対もらうかんね!」
「了解! いいとこ切り分けてあげる!」
「なら仕方ない。ミエの姐御の仰せのままに《アック イエア モック ミエ アネゴ》! フフン」
「だからそれやめてってば!」
んも~! と肩を怒らせるミエに投げキスを放りながら片手を上げて背を向けるクエルタ。
その後ろでワッフと獣人たちが荷物を運び出し、サフィナが手にした白い板にペンで品物の一覧を書き留めていた。
「いや~助かったニャン」
「こちらこそ助かりました。ちょうど会いたかったところなんです」
「それはこっちの台詞ニャ。あ、そうそう頼まれてたアレも持ってきたニャ」
「ホントですか!? サフィナちゃんサフィナちゃん荷受けした一覧見せて!」
ミエは張ったお腹をひと撫でしてホワイトボードに書き留められた商品を見分する。
「あった! 鞍と鐙! あ、キャスさぁ~ん! どこ行ってたんですか~? ほらほらこれこれ! 鞍と鐙が届きました!」
何気ない素振りで村に戻って来たキャスを目ざとく見つけたミエがぶんぶんと手を振って彼女を呼び寄せる。
「おお! 確かに! だが一体いつ注文を…?」
「あ、これはいつか必要になると思ってだいぶ前にあらかじめ頼んでおいたもので…」
「なるほど…」
つくづくミエの慧眼に感心するキャス。
「ところでアーリさん、アーリさんの方も私に会いたかったって…?」
「ああそれニャンだけどニャ、王都からこのあたりのオーク討伐に騎士団が派遣されたらしいニャ!」
「まあ!」
「…ほほう。それは興味深いな」
ミエが手を合わせ驚き、キャスが腕を組んで頷く。
「こっちもなるたけ急いで戻って来たんニャけど噂によれば派遣されたのは国王直属の翡翠騎士団、その第七騎士隊だそうだニャ!」
「はあ、第七の…!」
「なるほど。随分とお詳しい」
ミエがつつつ、とその視線を横のキャスに向け、キャスが何食わぬ顔で頷きアーリを調子に乗せる。
「七番目だからと侮ったらダメニャ! 第七騎士隊と言えば最近作られた隊ニャがらその活躍著しい注目株で、特にその隊長は他の騎士隊ニャら見捨てるようニャ貴族の三男坊四男坊や豪農豪商のドラ息子連中を猛特訓で立派な騎士に仕立て上げ、幾つもの任務をこなして高い評価を受けている俊英! “森渡り”の異名を持つキャスバシィニャン!」
「まあ…他の方が見捨てたような人材を…それは素晴らしい
「いやお恥ずかしい。あれは団長に押し付けられただけで別に善意でやったわけではないのだが…」
当たり前のようにキャスに話しかけるミエ。
頭を掻きながら少し面映ゆい顔のキャス。
「アイツは
ぺたぺた、さわさわ、もちもちと肉球でキャスの顔や身体を無遠慮に触りまくった後、目の玉が飛び出るような驚愕の表情で飛び退り慌ててキャスを指差すアーリ。
「うむ。あと名前はキャスバスィだ行商の者。間違えないで欲しい」
片手を上げて挨拶するキャス。
「あらキャスさん発音間違いは慣れてるって以前仰ってましたよね?」
「ああ。だがクラスク殿によき薫陶を受けた。己の名前なのだからやはり誇りを持って扱いたいと思い直してな」
「まあ! それは素敵ですね!」
仲良さげなキャスとミエを前にして、あんぐりと口を開けながらガクガクと震える指で二人を指すアーリ。
「ニャ、ニャ、ニャ…ニャにがどうニャってるニャ…?!」
アーリの問いかけに…キャスは腕を組んで深く頷く。
「うむ。疑問を持たれるのはもっともだが…その前にひとついいか。市井の者にしては随分と宮廷の内情に詳しいようだが…お前に噂を流したのは誰か伺っても構わないかな…?」
「ニャ、ニャ、イニャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!?」
アーリの絶叫が村に響き…
そして、この村の運命の歯車が動き出す。
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