第129話 剣を学ぶ理由
「お前の…お前とミエのやろうとしていることはわかった。実現するのは大変だろうが、もしできたらとても素晴らしいことだとは思う」
「そうカ。外の奴にそう言われルと嬉しイ」
外の奴と言われてずきり、と胸が痛む。
だが何も間違ってはいない。彼女はこの村の外の者だ。
ただ一時、三ヶ月の間村に協力しているだけなのだから。
なら…なぜこの胸は痛むのだろう。
その答えから、キャスは未だに目を背け続けている。
「だがクラスク殿の目的は武力による収奪や襲撃から足を洗い、平和裏に外の世界にオーク族を着地させることだろう。ならなぜこれほどに戦いの鍛錬をする。なぜ充分な戦力を有しているのに剣を学ぶ? 矛盾していないか」
「矛盾しテイなイ」
クラスクは村のオーク達が個々の家に戻り、家にいる女性…今やそのほとんどが『
「ドんなに俺やミエが、この村の連中が平和を喧伝しテも、訴えテも、今のままじゃ誰も理解しなイ。この村にも来なイ。外の奴がこの村に足を向けルには、その最初の一歩が重すぎル。それくらいこれまデのオーク族の評判悪イ」
「…そうだな」
キャスはクラスクの言葉を否定しなかった。
彼の言う通りだったからだ。
この村の今がどんなに素晴らしかろうとも、これまでのオーク族の行状がをれを覆い隠してしまう。
キャス自身のように村を訪れれば解けるかもしれない誤解も、噂やイメージが邪魔してそもそも訪れようとすら思わない。
最初の一歩を踏み出してもらわねば、イメージの払拭のしようがないのだ。
「ダから俺達はきっト綺麗に着地デきなイ。途中デ魔物ト戦うこトもあル。人間の街や城に呼ばれテ腕を見せロ言われルかもシれなイ」
「む…それは…ありそうだな」
「オーク族全部がこの村みタイじゃなイ。うちの村オーク族の中でデも珍しイ。ダから仲間の数少しデモ減らしタくなイ。そのタめには守りも覚えなイトダメ。戦術の引き出しもダ」
クラスクの言葉には本音が詰まっていた。
目的を果たすまでに村のオークの犠牲を一人でも減らしたい。
そのための鍛錬であり、教練なのだと。
「あト俺の場合、村の代表トしテ他の種族のお偉いサンの前に呼ばれテ色々値踏みされるかもしれなイ。親善? 試合や決闘をするコトになルかもしれなイ。斧しか使えなイト馬鹿にされルかもしれなイ。剣以外使うの認めなイトか言われルかもしれなイ。そうイウ時困らなイためには、剣必要」
「そこまで考えた上でのことか…!」
確かに今後のことを考えれば族長としてクラスクが人間の街や王宮などに招かれる可能性も考慮しなければならない。
そして人間族の王国では剣が主要武器である事が多いため、それが使えない相手を相手を低く見るような連中もいるだろう。
その相手がオーク族なら猶更である。
キャスが瞳を輝かせ、クラスクの言葉に感じ入っている。
彼女の表情を観察していたクラスクは、これはチャンスかも、と感じた。
この娘は、有用だ。
自分とは別の強さの理論を持っている。
そしてそれを人に伝えるのが、教えるのが上手い。
さらに必要ならオーク語を学ぶ柔軟性や賢さがあり、村に来てからはオーク族を差別しない。
魔術を使えるのも重要である。
当人は謙遜しているが、今後のことを考えれば魔術の知識がある者は誰だって欲しい。
だから…クラスクとしては、これまで口には出さなかったけれど期限を過ぎてもできれば彼女に残って欲しかった。
だから…
『お前の力が必要だ。お前の力が欲しい。この村にいてくれないか』
と言いたかった。
「キャス」
「うん?」
何も意識せず、無警戒にクラスクを見上げるキャス。
真剣な面持ちのクラスク。
「お前が必要ダ」
「え?」
「お前が欲しイ」
「ふぇっ!?」
「一緒にいテくれなイか」
「~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
ぼんっ! と顔を爆発させ、尖った耳先まで真っ赤になって少女のように俯いたキャスは、
自分の仕事も、任務も、役職も、元の生活も、悩むべき全てが頭から抜け落ちて…
「はい………っ」
小声で、囁くような声で、それを受け入れた。
「あらやーね族長さん昼間っから告白ぅ?」
「若い子達がみんな狙ってたのに、泣かれるわよう?」
「きゃうんっ!?」
村の若奥様達がころころを笑いながらからかい、キャスが飛び上がらんばかりになって驚いてあわあわと周りを見回した。
彼の言葉に夢中になり、その後の告白…告白? で激しく動転していた彼女は、周囲にいつの間にか仕事のため蓆をひいたり摘んだ葡萄や酒瓜などを運んできた女性達が三々五々集まりっていたことにすっかり気づかなかったのだ。
騎士隊長にあるまじき失態と、彼に対して思わず放ってしまった己の失言に、目をぐるぐるさせながら動揺する。
「ち、ちちち違うっ! い、今のは決してそういう意味ではなく…っ!」
「そうダ。違う。キャス優秀。村に残っテ欲しイ。ダからスカウトしテタ」
「ふぇ…?」
自分のしどろもどろな言い訳はともかく、クラスクが否定するのは彼女には想定外で、そのお陰で急速に冷静さを取り戻してゆく。
そして冷静さを取り戻したことで、村を訪れたあの日と同じく、自分の勘違いに気づいた彼女は…
「なーんだ、違うのかー、ざーんねんっ!」
「でも族長さぁん、その様子だとそっちで攻めた方がいいんじゃなぁい?」
「? 何がダ?」
その場に女座りでへたり込み、真っ赤になった顔を両手で覆い、尖った耳をだらんと垂らしその先っぽをひこひこ動かしながらしくしくと泣いていた。
「今日のは悪くない…今日の勘違いはぜったい悪くない…っ! 悪くない…っ!」
その晩…彼女は一人用としては大きすぎる枕をぎゅっと抱きしめながら、これまた一人寝には少々大きすぎるベッドの上で…
ころころ、ぎゅっ。
ころころ、ころん。
ころころ、ぎゅぎゅっ。
ころころ、ころん。
ころころ、ころころ、ぎゅぎゅぎゅ~。
…などと、枕と共に一人転げまわり夜通し悶々としていたという。
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