第119話 剣術指南役キャスバスィ

「ト言うわけデ今日から暫くお前らに剣を教えルキャス…キャスバスィだ」

「剣術指南役のキャスバスィだ。よろしく頼む」


村のオークどもを集めてクラスクが宣言し、隣にいたキャスが挨拶した。

オーク達はこと戦いの場に於いて女が上という初めての事態と、剣という大概の者が持ったことのない獲物を扱うことでざわざわとざわめいている。


「ま、こんなものだろうな。現在私の人望などないに等しいのだし」

「そうダロウナ…クィーヴフ! ルコヘイ! クラウイ! 三人前ニ出ロ! 試合をすル!」

「「「試合…?」」」

「そうダ。使う武器はこの『剣』ダケ。武器は相手に当テずに寸止め。当タっタト思っタら参っタ! ダ」

「アア…ツマリ遊びヒューイデスカイ」

「…そんなトコロダ」


クラスクが三人に説明している間後方に控えていたキャスは、だが会話が一段落したあたりでクラスクの横に立つ。


「で、オーク語でなんと言っていたのだ」


そう、クラスクがオーク達に語り掛けていたのはオーク語。

そして彼女にはオーク語はさっぱりわからないのである。


「剣ダケの寸止めのすル。オークにはその方がわかりやすイ」

「成程。承知した」


愛剣を片手に前に出る。

クィーヴフ! というクラスクの声と共にオークが一人前に出る。

彼は初めて触れるらしき剣を物珍し気に弄りながら、だが構えはなかなか堂に入ったものだった。


キャスバスィは素直に感心する。

クラスク程ではないけれど、オークと言うのはやはり誰も戦いのセンスが図抜けているようだ。



…とはいえ勝負はあっさりついた。

クラスクに名を呼ばれた三人、そのいずれもただの一合すら打ち合わせることなくキャスに喉元に剣を突き付けられて降参したのだ。


おおお、とオーク達の間からどよめきが上がり、彼らの目の色が変わる。


それは剣という武器の強さを知ったことによる興奮であり、

その武器を熟達したいという高揚であり、

そして女だてらに彼らを見事打ち負かしたキャスバスィに対する称賛と敬意であった。


「凄いな…こうまで変わるのか」


オーク達の己を見る目が明らかに変わり、キャスが驚く。


「オーク強イ相手尊敬すル。敵デも味方デもすル。女デも尊敬すル…ノハ、ミエデ初めテ知っタ」

「ああ、成程…?」


確かにミエの先見性や知性を考えれば十二分に尊敬に値するだろう。

女傑と言ってもいい。


ただ武器や戦いを重視するであろうオーク族相手にで評価されるのはきっと相当なことだ。

キャスはミエがこれまで歩んできたであろう足跡を想像し頭が下がる思いがした。


「これデお前らもキャスの強さガわかっタダロウ。これから暫くこの剣の訓練をすル!」

「オオオオオオオオオオー!!」


クラスクの言葉と共にオーク達が怒号を上げる。


「教官はここにいるキャスバスィ、ダ!」

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオー!!!」


キャスが紹介されると同時に雄叫びが大きくなった。

彼女はオーク語自体はわからなかったけれど、自分の名前が呼ばれたことはわかったので片手を上げて歓声に応える。


「これデ! 俺達ハ! もっト! ずっト! 強く! なれル!」

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオー!!!」


クラスクが腕を突き上げ吠えると、それに呼応するかのような大きな咆哮がオーク達から漏れ、村全体をびりびりと震わせた。



…その後の訓練は順調に行われた。

オーク達はキャスの教えに熱心に耳を傾け、個々に剣の習熟を高めてゆく。

キャスはまだオーク語はわからなかったけれど、オーク達は皆程度の差こそあれ共通語を理解し、また中にはそれなりに話すこともできる者がいて、キャスを囲んで口々に質問攻めにする。


「キャスバッシーノアネゴ! ココ! ココドウナッテル! ココノ握リ方!」

「キャスバッシー? アネゴ…?」

「キャスバススアネゴ! 横カラ振ル時ハ手首ドウナッテタ! 見セロ! …ジャナカッタ見セテ! 見セテ…クダスゥ…イ?」

「ナア! オイ! キャスブ…ス? ノアネゴ!」

「今ブスと言ったか」


共通語を話すのが上手いオークは他のオーク達につっつかれながら彼らの質問を翻訳させられ、順番待ちなど埒があかぬと周囲のオーク達が共通語の発音を練習し始める。



「いやはや…凄い熱気だな…」



訓練が終わり、オーク達が自分たちの熟達ぶりを互いに自慢しあいながら三々五々仕事に戻ってゆく。

キャスの周りを最後まで囲んでいたオーク達が退散すると、彼女は大きく息を吐いて緊張を解く。


「ドうダっタ」

「言葉がよくわからぬ相手に教わる時はモチベーションが下がるし理解度も下がるから普通は上手くなるにはだいぶ時間がかかるんだがな。どうもオーク達は違うようだ」


クラスクに蜂蜜酒を差し出され、それをそのまま流し込む。


「美味い! …あんなに熱心な生徒は初めてだよ。うちの隊の部下もあれほどじゃなかった。教え甲斐があるのは良いことだ」

「それはよかっタ」


キャスは視線の先で熱心に剣を振っている若いオークの一人に目を留める。


「特にあの若者は筋がいいな。質問の仕方も上手かった」

「イェーヴフか。アイツ斧と槍苦手。剣の方が向いテタカ」

「ふふ、オークなのにか。わからんものだな」

「あと言葉覚えるのも早イ。頭イイ」

「ほう。ならいつかうちの騎士隊でオーク族との交渉役に雇いたいな。オーク初の騎士になれるやもしれんぞ」

「ホウ。ソレ面白そうダナ」


そう言いながらクラスクは少し顎の下を指で掻く。

何か言い出しにくいことがあるようだ。


「ソウダ。あいつらのかわりに謝っテおく。すまなかっタ」

「すまない、とは?」

のコトダ。女にも尊敬デきル奴がイル、それもう村のオーク分かっテル。デモ女にも強イ奴イルコトなかなか知らナイ」

「気にするな。掌を返されることは慣れているさ」


騎士団の入団試験の時も、初めて部下を持たされ指導した時もそんな風だった。

侮られることもその後瞠目されるのも彼女は幾度も経験済みなのだ。

逆に言えば彼女は何時だって最初は見下され馬鹿にされる立場だった、ということでもあるのだが。


だが自分の事情は別にしてキャスには少々気になることがあった。

村娘の一人、ゲルダの事である。


彼女はハーフオーガであり、体格も筋力もオーク族に引けを取らないはずだ。

いや純粋な怪力なら巨人族の血ゆえ上回っているかもしれない。


しかも彼女は元傭兵と名乗った。

キャスの目から見ても隙のない身のこなしをしていたし、おそらく嘘はついていないはずだ。


だが今のクラスクの話が本当なら彼女の戦いぶりは誰の目にも止まっていないことになる。

一体なぜ…彼女は戦わないのだろう?




「旦那様ー! キャスさぁーん!」




と、その時…

向こうから、ミエが手を振りながらやってきた。




「おお、ミエ」

「旦那様! 今日はこれから?」

「この後はリーパグトちょっトナ」

「ではその間キャスさんをお借りしても?」

「わかっタ。貸す」

「おいちょっと待て勝手に人を貸し借りするな」




即答するクラスクに文句をつけるキャス。




「で、何の用だ? ミエ殿…いや、ミエ」


敬称をつけて呼ぼうとしたところ明らかにふくれっ面になったため慌てて言い直す。





「ええ、今朝言ってた蜂蜜採取なんですけど…急に今日やることになっちゃいまして。よろしかったらご一緒しません?」




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