第120話 蜂蜜を求めて

「さ、こっちです」

「ふむ。確かに蜂の通り道になっているようだ」


キャスがミエに案内され森の中を進む。

二人きりではない。

1ダースちょっとのオークとエルフの少女サフィナ、それに彼女の夫ワッフ、そして先日風呂場であったノームの女性、シャミルが同伴している。


今日は朝餉の際村の特産品の話になり、そこで蜂蜜の採取について話題となったため、キャスを連れて村の蜂蜜採取の様子を見学することとなったのだ。


「すいませんね昨日の今日で。どうにも納品前のお酒を飲んじゃった人がいるみたいで…いえ貯蔵庫から回せば出荷量は足りるんですけどせっかくなのでちょっと増産しようかと」

「いや…こちらとしては有難いのだが今から向かう先はこの村の特産品の秘中の秘なのだろう? 私のような部外者が覗き見て構わないのか?」


蜂蜜…この世界に於いては希少中の希少素材。

蜂蜜それ自体が滋養に優れまた媚薬や強壮剤としても用いられ、そして蜂蜜や蜂の巣から作られる数々の品は皆高品質であり、貴族たちがこぞって大枚をはたいて揃えたがる垂涎の逸品ばかりである。

そのため蜂蜜の採取はいつでも高い需要がある。


だがこの世界の蜂蜜が、そうした強い需要に対して十分な供給がされているとは言い難い。


まず巣を見つけるのが困難である。

大概は深い森の中にあり滅多にお目にかかれない。

そして運よく見つけた者がいたとしても大体生きて帰ってこれない。

巣に近づいたことで蜂に襲われ、そのまま絶命してしまうためである。


もし無事に場所を把握できたとてその採取はさらに困難を極める。

蜜蜂たちは巣を守るためなら狂暴となり、群れを為して襲い掛かる。

全長15cmを超す巨大な蜂が飛び回り、板金鎧相手ですらその隙間から的確に毒針を突きこんでくるのだ。

そして二刺しもされれば大概の人型生物は全身を痙攣させ死に至る。


これに対抗するには物理的な攻撃を完全に遮断する魔導術…いわゆる力場系の呪文などが有効である。


例えば体の一部を守る目に見えぬ防具を作り出す魔術師の鎧クィーク・イフゥ魔楯フキォッグ、また不可視かつ貫通不可能な壁を作り出す力場障壁フキォド・イスクェドなどがあれば、蜂どもに対する強力な防御手段となり得る。


ただキャスは知っている。

そうした魔術を使える魔導師たちは大概あの街…ドルムに



ドルムはこの森を北に抜け、その先にある草原を越え、さらにその先の無人荒野ミンラパンズ・アマンフェドゥソを越えた北の先にあるである。



その街の役目は闇の森ベルク・ヒロツの監視と防衛。

闇の森ベルク・ヒロツとはこの国の北に広がっている闇と瘴気が立ち込めた危険な森のことだ。

そこにはかつてによってこの地から追い払った魔族どもが隠れ潜み逆襲の牙を研いでいると言われている。



この国の…いやこの地方最大級の危険地帯であり、同時にこの国ののひとつでもある。



ゆえに高名な冒険者の多くは依頼なり王命なりでそちらに派遣されており、蜂蜜採取などに余裕がないのだ。


だから現状蜂蜜商品と言うのはこの辺り一帯で常に高い需要を維持しながら殆ど供給がない状態である。

それが最近突然出回り始めたのだ。

それも「はちみつオーク」という謎のブランドによって。


その謎のブランドの正体が本物のオーク達で、そして彼らは蜂蜜を安定して採取する方法を持っているというのである。


もしそんな方法があるなら誰でも欲しがる。

誰だって欲しがる。



そんなノウハウをもし誰かが密かに盗み取り、外に持ち出すことができたなら、情報を商人なり貴族なりに小出しに伝えるだけでひと財産築けるだろう。



それを部外者である、しかも三か月後に解放すると約束している相手に見せようというのだ。

キャスが正気を疑うのも無理はないだろう。


「え? 何か問題でも?」


だが当のミエは全く意に介した様子もなく、嬉しそうに振り返る。


「諦めい。こやつの人の良さは筋金入りじゃ」


ノーム族の娘が嘆息と共に告げる。


「一応わしは反対したんじゃがな」

「それは…その…ええっと」

「ノーム族のシャミルじゃ。一応この村の相談役のような者じゃな」

「これは御丁寧に痛み入る。私はキャスバスィだ」

「ふむ、ハーフエルフじゃが名はエルフ語じゃな。エルフに育てられたのか?」


キャスは己の名を告げただけでさらりとそう返すノーム族の娘…シャミルに瞠目する。

どうやらこの村にはクラスク族長やその夫人のミエだけでなく他にも侮れぬ者がいるようだ。


「いや。名付け親は母だが人間の街で育った」

「そうか…

「! いえ。お気遣いなく」


シャミルの返事に二度驚く。

ノーム族は博識とは聞いていたが想像以上である。


「? エルフ語の名前だと何かあるんですか?」


きょとんとした顔で尋ねてくるミエに対し、シャミルはキャスに目線を送る。

語っていいかどうか確認しているのだ。

キャスが軽く頷き、シャミルがそれならばとミエに説明する。


「人間族とエルフ族の間で子供が生まれた場合、その子をどちらので育てるか決めねばならん。最終的には成人した時本人の意思で決めるんじゃが、それまでの間、とういことじゃな」

「なるほど。知りませんでした」

「サフィナもしらなかった…」

「お主は知っとかんか…と思うたがハーフエルフが生まれようのない出身かサフィナは…ともあれエルフの母にエルフ語の名を付けられたなら、基本的にはエルフの里で育てられるはずじゃ」

「あれでもさっき人間の街で育ったって…あ…」

「そうじゃミエ。本来エルフの里で育つはずがそうなっておらんということは、何某かの理由で不測の事態が起きて母とはぐれたか或いは幼いころに死別したか、ということになる。だから先程謝ったんじゃ」

「おー…シャミルかしこい(そんけいのまなざし」

「誉めるなと言うのに」


サフィナが瞳を輝かせ、シャミルが憮然と手を振って称賛を拒絶する。

そしてその隣で泣きそうな顔でミエがキャスの手を包んで謝罪した。


「ごめんなさい! 私興味本位で失礼なことを…!」

「いえ。自分の中ではついているので、お気になさらず…」


父の庇護のない人間の街ではエルフ族として差別と偏見に苦しんできたけれど、

母の庇護のないエルフの里に引き取られたとしても、きっと人間族として拒絶や狭量に苦しめられたに違いないのだ。

そこを今更嘆いても仕方ない。


「ほんとごめんなさい。せめてこの村にいる間は少しでも楽しんで行ってくださいね」


両手を合わせて謝る姿から根っからの人の良さが滲み出ていて、キャスは逆に少々気になった。

彼女の知性や先見性は目を瞠るものがあるのだが、もしかして泣き落としなどで攻められたら悪人相手にころっと騙されてしまうのではないか、と。




「あ、見えてきました。あそこです!」


この村の運営について少し黙考していたキャスは、ミエの言葉に我に返って面を上げる。





「な……!?」





そこには…彼女には想像もつかぬものがしていた。




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