第121話 オーク流重箱式巣箱


「これは…なんだ…!?」



キャスの視界の先は森が少し開け、広場となっていた。

周囲には巨大な蜂が幾匹が飛んでいて、それぞれその広場の奥へと向かってゆく。



そしてそこには…巨大なが鎮座していた。



箱は箱である。

大木の前にどんと置かれた、一辺2m半弱、高さ3m弱の木製の巨大な箱だ。


ただ箱には中央あたりに数cmほどの細い隙間があり、それを四隅の足で支えているようだ。

とすればこの箱は分解してみれば『上蓋』、足の生えた『上段の箱』、同じ形の『下段の箱』、そして『床板』…のような構造になっているのだろう。

そして上下の箱は、四辺の壁面の中央部にそれぞれに棒…というか細い丸太のようなものが50cmほど伸びている。


その巨大な箱の左右には足場らしき丸太が幾つか並べられていて、さらに少し離れたところに木造の小屋のようなものが見えた。



正直なところ、キャスはそれらが何を意味しているのかさっぱりわからなかった。



「あれは蜂の巣です」

「蜂の巣!? あれが!?」


ミエの言葉に愕然としてよくよく見直してみると、箱の一番下のに少し隙間がある。

先程の隙間より少しだけ大きい。

蜂たちはそこから出入りしているようだ。


「つまり…この中に蜂の巣があるのか…!」

「はい。天然の蜂の巣を壊して中から女王蜂を回収しここに入れておくと、この中に巣を作ってくれるんです。内側に蜜蝋を塗らないと不安がって逃げられちゃいますけどね。さあさ、準備しちゃいましょう。皆さん頑張ってくださいね!」


そう言いながらミエが手を叩くと、オーク達は、


ミエの姐御の仰せのままにアック イエア モック ミエ アネゴ!」


と声を合わせ叫びわらわらと周囲に散って準備を始める。


「ミエ・アネゴ! ミエ・アネゴ!」

「ミエ・アネゴ! ミエ・アネゴ!」

「ミエ・アネゴ! ミエ・アネゴ!」


…まるで軍隊の行軍のようにケイデンスコールを上げながら。


「…すごい統率力だな」

「んもぉ~、やめてくださいって言ってるんですけど…なんかあれ言ってると調子いいみたいで」

「よいではないか。族長夫人が尊敬されておるのは村としてはよい傾向じゃよ」

「それはそうですけどぉ」


感心するキャスの前でミエが赤面し、その背後でシャミルがニヤニヤ笑いながら追い打ちをかける。


さて比較的小柄で身軽そうなオークが二人、先程の箱の左右の丸太の上に飛び乗ると、二人でその箱の上にある蓋を力任せにべりっと持ち上げ、中を確認する。


「べり…?」


何かくっついていたものを無理矢理剥すような音がして、キャスが首を傾げる。

ともあれ二人で頭上に手でマルを描いた。


「行けそうですね。じゃあお願いしますブキウキ ヘウギフ!」

おうともウィ!」


オークどもがわらわらと奥の小屋へと向かい、それぞれ大荷物を抱えて現れた。

それは大きい布地と、大きなすのこ、巨大な木枠、そしてこれまた巨大なのこぎりであった。



布地はかなり厚めの、それも一辺3m以上はありそうなやたらと大きなもので、表面に光沢がある。


すのこは風呂場にありそうな隙間のある板敷きであり、あの箱の直径より若干小さめのものだ。


木枠は字のごとく木で作られた枠である。一辺は2m半、高さはその半分ほどで、ちょうど箪笥の引き出しの底の部分を取り去ったような形状だ。

そしてそれぞれの壁面から対面の壁面に棒…というか細い丸太のようなものが通されており、中央で交差し十字を描いている。


そして圧巻が最後がのこぎりである。

それは左右に持ち手のある、いわゆる二人両引鋸ふたりりょうびきのこと呼ばれるタイプのもので、刃渡り3m強、持ち手も合わせるとそれ以上。

かなりの重量もあり、これほど巨大な両引鋸は他に類があるまい。


「? …??」


キャスはこれから起こることがさっぱり理解できず目を幾度もしばたたかせた。

その様子を後ろから見ながらシャミルが愉快そうにニヤニヤしている。

ノーム族はこうした珍奇な道具や発明で他人を驚かせるのが大好きなのだ。



オークどもはまずその巨大な両引鋸を箱の前に運び、柄の片方をいじくるとそれを外してしまう。

そして柄を取った方を箱の上段と下段の間の隙間に突きこみ、箱の向こう側で待ち受けているオークの方へと押し込んだ。


逆側のオークは伸ばされた鋸の先端を掴むと、下のオークから手渡された、(先程外した)柄をはめ込み、何かで締めて固定する。

これで箱の中央部分に鋸が通ったわけだ。


「ソレシーノーギ!」

「デカイシーノーギ!」

「「デカイシノギノ~ニオイガ~スルゼェ~!!」」


奇妙な掛け声と共に、丸太に乗ったオーク二人がその大鋸を使って箱の中央をぎこぎこと削ってゆく。

とはいえ箱の上半分と下半分はは元々別の小さな箱で、間には隙間がある。

つまり今斬っているのは箱ではなく…


「中にある蜂の巣を斬っているのか!!」

「はい正解です。あの鋸を特注するのがもう大変で…」

「流石にあの手の工具はわしでも作れんからのう」


ミエとシャミルが如何にも苦労したという風に疲れた溜息をつく。


「斬レタダナ。ンダバ布ノ準備ダベ!」

「ウィ! ワッフ!」


さて鋸が箱の中央を横断すると、その鋸を二人ほどのオークが急いで倉庫にしまいに行く。

そして先程鋸を運んできた小太りのオーク…ワッフが指示してあの大きな布地を用意させる。

それを例の巨大な箱の前方に敷き、四隅を別々のオークが持った。


すると丸太の上に乗っていたオークが例の箱の一番上の蓋を取り除き地面に降ろし、次にその下にあるすのこを力を入れてべりりと引き剥がし、これまた地面に降ろした。


二人はその後暫く蓋の空いた天井から中の様子を観察し、耳を澄ませて…

なにやら問題ないと判断すると頭上で丸を描く。


すると次に屈強そうなオーク達が四人、巨大な箱の四面に移動して…


「アーネーゴ!」

「ミエアーネーゴ!」


と掛け声をかけ、巨大な箱から突き出た丸太のような棒を担ぎ上げ、箱の上半分をがぽっと取り外し肩に乗せた。

ちょうど祭りの時に神輿を担ぐような風情である。


「おお…!」


箱の上半分をオーク達が担ぎ、先程の布の上に置く。たちまち箱の下から蜂蜜が垂れ落ちるが、布は染みることなくそれを地面に零さない。

四隅を持ち上げているためまるごと蜂蜜を回収できている。


「さ、次はちょっと蜂が暴れますから私達は離れましょう」


ミエの言葉でシャミル、サフィナ、キャスの三人も一緒に離れた場所に移動する。

エルフの少女、サフィナがワッフに向かって手を振り、ワッフが嬉しさ全開、といった感じで両手をぶんぶんと振って応えた。


「…そういえば蜜蜂は狂暴と聞いていたが先程はあまり暴れなかったな」

「蜜蜂の巣は上に蜂蜜があるんですよ。で下に伸びるにしたがって花粉の貯蔵庫、子育ての場所、そして巣の先端が女王蜂の住処になります。下に行くほど蜂にとって重要施設なんですね。なので下の蜂は狂暴ですが上の方の蜂はかなり大人しいんです。あとは巣の中の彼らは陽光を嫌うので上蓋を外して暫く放っておくと大体の蜂は下の箱の方に逃げちゃうんです。で下箱の中にいると構造上こっちの姿が見えませんので…」

「なるほど…だがそうするとこの先はどうするのだ…?」

「それをこれからやります。見ていて下さい」


ミエ達が離れた後、先程の倉庫から取り出した木の枠の四隅を掴んで持ち上げるオーク達。

キャスはここにきて、今更ながらに倉庫から先程持ち出された木の枠が、例の巨大な箱の上下と同じ一段分であることに気が付いた。


「あ…ああ…そうか…!」


先程箱の上段を運んだオーク達が急いで下段のみとなった蜂の巣へと向かう。


「ヨォーシ…イクダヨ!」

「ウィ! ワッフ!」


そして四方の木の棒を担いで気合と共に持ち上げた。

箱の下部からわぁーん…という音が響き、蜂が数匹湧いて出て威嚇のために飛び回り、巣を持ち上げたオーク達に襲い掛かる。


その下に倉庫から出した木枠を素早く置いて、先程までの下箱をその上に置く。

これでわけだ。


丸太の上にいたオーク共が上箱の上に素早く新しいすのこを敷いて、さらに上蓋を閉める。

この頃には蜂がわらわらと湧いて出てくるが、オーク達は幾度か刺されながらも大急ぎで採取した大箱と布のところまで走り、布を持ち上げる組と木枠を担ぐ組に分かれ、大急ぎで撤退する。


「さ、私達も撤退しましょうか。あまり巣から離れて追いかけてくる蜂はいないと思いますけど…こらワッフさん! 運んでる最中に手を振らない!」





ミエの言葉にシャミルも頷き、ワッフに向かって手を振るサフィナをミエが抱えて急ぎ蜂の巣を後にした。






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