第112話 『彼ら』の理想

キャスバスィが落ち着くのを待ってから、挨拶が如くばう!と吠えるコルキを後に、二人は家を後にした。

ミエは身重なこともあって二人を「頑張ってくださいね」と送り出し家に戻る。


「早速稽古を頼めルカ」

「ああもう! 今更捨てる恥などあるものか! わかったわかった!」


少し赤くなって先程の記憶を振り払うようにぶんぶんと首を振る。


「恥ってなんダ」

「お前は知らなくていい!」

「…そうカ」


不思議そうに首を傾げるクラスクと、ムキになって拒絶するキャスバスィ。


「で…剣を教えるのは構わんがそもそもこの村に剣はあるのか。お前たちが使うのは大概斧だろう。オーク族が剣を使うなど聞いたことがないが」

「揃えテあル」


クラスクはそういうと村を突っ切りとある家の前まで止まった。


「ラオ! イルか!」

「おおクラスクさん。ラオの野郎なら荷運びに出かけたよ」


扉を開けてのそり、と出て来た娘を見たキャスバスィはぎょっとして一瞬身構えた。

身長が2m近くある。

明らかに巨人族の血を引く娘だ。


「ソウカ…なら、倉庫を借りルぞ」

「ゲルダでいいつーのに…」


頭をぼりぼりと掻きながらそっぽを向いた、ゲルダと名乗る巨人の血を引く娘の頬に赤味が差している。

細君扱いされたのが恥ずかしいらしい。


「わかっテル。お前の反応面白イ」

「ぞーくーちょーおー!」


ハハハ、と愉快げに笑うクラスクと、赤くなって暴力的な張り手を振り下ろすゲルダ。

まともに喰らえばひしゃげて潰れて地べたの汚い染みになりかねない威力に見る。

だが彼はそれを右手で軽々と払ってそのまま歩き出した。


「んもー、変に人間的になりやがって…」


クラスクとキャスバスィの背中を見送りながら、ゲルダはだが満更でもなさそうにそう呟き、その後人差し指を己の顎に押し当てた。


「で、あの女誰だ?」


さてクラスクはラオというオーク族の家の隣にある倉庫を勝手知ったる風に開ける。

そこには暗がりの中たくさんの箱が置かれていて、壁際には鎧が掛けられていた。

クラスクがその箱の一つを開けると…中には大量の剣が収められている。


「これ使う」

「念のため見せてもらってもいいか」

「わかっタ」


クラスクから受け取った剣をキャスバスィはしげしげと眺める。

正直言って数打ちの類であり、意匠なども凝ったものはなにもなく、無骨かつシンプルな造りだ。

値段的には安物の部類だろう。


ただ強度自体はしっかりあって、多少重めだが乱暴に扱っても曲がったり折れたりする心配はなさそうだ。

初心者が扱う剣としては実に似合いの一本と言えるだろう。


「ふむ…狙ってこれを揃えたというなら金には煩いがなかなかいい目利きのようだな」

「ソウカ。それなら良かっタ」


クラスクはうんうんと満足げに頷き、剣を受け取る。


「お前の剣を返しテおく」

「ああ」


当たり前のように接収された武器…彼女の母の形見を返却され些か拍子抜けするキャスバスィ。


「こっちダ。森の中に入ル」



×        ×        ×



村から多少離れたところに小さな広場があった。

幾つか木の切り株がある。おそらくオーク達が意図的に切り開いた場所なのだろう。


「…軽イ」


剣を片手で掴みぶんぶんと振り回すクラスク。

まだ上手く手に馴染まないようだ。


一方で己の愛剣を手にしたキャスバスィはしばしそれを眺めていたが、やがて眉根を顰めてクラスクに問うた。


「ひとついいか」

「なんダ?」


剣に慣れようと振り回しているクラスクに、キャスバスィが静かな口調で問いかける。


「先刻言った通り私とお前ではお前の方が強い。斧と剣でなら今戦っても恐らくお前が勝つだろう」

「…そうダナ」

「だが私はハーフエルフだ。森に高い適性がある。そしてここに来るまでの全ての道程を覚えている。もし私が全力で逃げ出したらお前は捕まえられないのではないか?」

「!! …そうダナ!」


なるほど! と感心するクラスクにキャスバスィは溜息をついて告げる。


「森から追放した部下達もまだ近くをうろついて私を探しているやもしれん。もし私が彼らと合流できたら『私が戻るまで』ここでのことは口外するなと約束していたことも条件が満たされたことで棄却され、外にこの村の位置がバレることになるぞ。そうしたらどうする」


ん~? と腕組みをして首を傾げ考え込んでいたクラスクは…

やがて状況を理解し驚愕の表情を浮かべるとキャスバスィの方を向いた。


「…困ル!」

「いやそれは困るだろうさ!」


キャスバスィは呆れながらも思考を巡らせた。

クラスクは確かにオークとしては格段に頭がいい。

その妻であるミエも思考の柔軟さと胆力には目を瞠るものがある。

そんな二人が掲げる理想はとても大きくて、そして素晴らしいもののように思えた。


ただ…彼ら二人には決定的に欠けているものがある。



他人を疑うこと、だ。



二人とも相手を値踏みすることはできそうだしまっとうな駆け引きなら問題なくできそうなのだが、虚偽や虚飾や手練手管を尽くした汚い取引にはころりと騙されそうな気がする。

相手を信用しすぎるのだ。


夫が連れて来たというだけで全面的に信用して自分たちの計画を全部話してしまうあたり相当である。


もしこのまま彼らが計画を進めたとしても、きっとどこかで自分達に群がる…政治なり商売なり…に抗し得ず潰されてしまうのではなかろうか。



けれどだからと言って二人に対し他人を常に疑えとか疑心暗鬼になれと諭すのは…何か違う気がする。



彼らの前人未到の理想と目標は、きっとあの夫婦の驚くほどの善性と信頼あってこそ抱き、立てられるものだろうからだ。


ならばどうしたらいい?

彼らのあの計画を、仮に守り進めようとするならどうすればいい?



簡単なことだ。

他人を疑える性格の悪い人物を、彼らに付けてやればいい。

彼らの善性を保持したまま、危険な相手を周りの誰かが弾いてやればいい。



そうすれば…



(…って何を考えているのだ私は!)



ぶんぶん、と首を振って我に返る。

かもしれないだなどと、一体何を考えているのだろうか。


そんなことを考えるべきではない。

所詮自分は暫しの逗留ののちにここを立ち去る存在なのだから。

立ち去らねばならぬ存在なのだから。



キャスバスィはそこまで考えて…己の内に湧き上がる違和感に気がついた。



そう、彼女は惹かれていた。

彼らの主張に、彼らに思想に、彼らの理想に。

そして、彼ら自身に。


だって彼らの理想が実現されるなら、それは単にオーク族と他種族との融和というだけではない。

幾つもの種族が当たり前のように一つの場所で住み暮らす場所が生まれるということだ。



そんな場所があれば…もしかしたら。



もしかしたらそこは自分達のような半端物の居場所になれるのかもしれない。

に…なれるかもしれない。






そんな理想という名の世迷言を…つい、考えてしまったから。




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