第111話 クラスクの要望
「つまりお前たちは…オーク族と他種族との融和を求めている…と?」
「そうですね。こちらの目的自体はオーク族の女性問題の解消ですけど、その過程でそれが必要なので、はい」
ミエがあっさりと認めたその台詞で、キャスバスィはその身をぶるりと震わせた。
長い歴史の中でオーク族が他の種と良好な関係を築いたことなど殆どない。皆無と言っていい。
実際彼女自身この村の実情を知らず彼らを討伐しようとしていたし、王国の上層部も皆同じ見解だろう。
この誤解を解くのは容易なことではない。
だがそれを目の前の娘は最終目的のための途中経過だと言ってのけた。
恐るべき胆力である。
この世界の争いの惨禍と歴史を知らないのだろうか。
…まあ実際異世界からやってきてこの世界のことをまるで知らず、なんのしがらみもない彼女だからこそこんな大それたことを考え付いたわけだけれど。
「なるほど。お前たちの目的はわかった。王命とはいえすまないことをしたな」
「いえいえ。この村もクラスクさんが族長になるまでは普通に襲撃とかしてましたし誤解というわけでも…それにイメージ戦略は時間がかかりますしね」
「いめ…?」
「ところで…旦那様? そういえばこの方をお呼びしたのはどんなご用件が」
「キャスバ…キャス…アア、そうダッタそうダッタ」
先刻からずっと腕組みをして首を捻りキャスバスィの名の発音練習を繰り返していたクラスクだったが、ミエに言われてようやく用件を思い出す。
「お前には三ヶ月この村で過ごしてもらう。色々手伝っテくれ」
「手伝う…」
そう言われて今更ながらに己の役目を思い出すキャスバスィ。
戦いに敗北し、部下の命と引き換えに、オーク族の族長のいいなりとなって彼の村で三ヶ月過ごさなければならぬと約定を交わしたのだ。
テーブル越しにクラスクの精悍な体を見る。
次に横に座っているミエの張ったお腹を見る。
妻が妊娠中では母体への影響を考えて夜の営みをすることも難しかろう。
となれば単純に考えて、今の自分に要求されている仕事とは…
「~~~~~~~~~~っ!!!」
村の様子があまりに奇妙で、興味深くって、己の扱いも全然悪くなくって、その上聞く話聞く話があまりに新鮮で面白くってすっかり忘れていたけど、
そういえば確かにそんな約定を交わしていたのだった……!
尖った耳先が先端まで赤くなって斜め下にへにょんと下がる。
だが微かにぴこぴこ動いているということは完全な気落ちや拒絶ではなくいくばくかの興味がある表れでもある。
キャスバスィは頬を染め視線を逸らし、もじもじと両手指をいじくり回しながらもぞもぞと太股をすり合わせた。
「ドウシタ」
「い、いや、その、こういうのはやはり覚悟というものが…その…」
ちら、とクラスクの胸板を見ながら頬の赤みを増して再び視線を逸らす。
本来オーク族とエルフ族は仇敵レベルで仲が悪いはずなのだが、現在クラスクは所持している≪カリスマ(オーク族)≫のスキルをミエの応援によって≪カリスマ(人型生物)≫へと拡張しているため、キャスバスィにはどうにも彼の姿や言動が魅力的に映ってしまう。
それはよからぬ妄想も働いてしまうとうわけだ。
「覚悟? なんの覚悟ダ」
「いや、だってそれはお前…いや、クラスク、どの…」
自分で呟いてから耳の赤みがいや増したのを感じて胸の動機が早くなる。
敬称をつけたことで彼に従わなければ、従属しなければという気持ちが生まれてしまい、電流が走ったかのようにその身を痺れさせる。
嫌なはずなのに。
違う。
嫌でなければならないはずなのに。
「うン?」
「あ、いや! だってその、奥方の前で、そのような…!」
「? ミエが見てルのが問題カ?」
「ひぇ……っ!?」
まさか彼女が見ている前でしろとでも言うのだろうか。
そう言えば討伐したオーク族の集落ではオーク一人で幾人もの娘を隷属させているともあった。
つまりミエが見学しているのも彼女の前で痴態を晒さねばならないのもオーク族としては織り込み済みで…それどころか彼女からオークの慰め方について懇切丁寧な指導が為されるのかも…?!
別に今すぐに、とか今ここで、と言われているわけでもないのに勝手に妄想を暴走させるキャスバスィ。
そんな彼女の様子を見て不審げに首を傾げるクラスク。
そして二人の様子を見比べて…なんとなく事情を察したミエ。
「旦那様旦那様、キャスバスィさんとの間に何処か行き違いがあるような…」
「え? そうカ?」
「この方にちゃんと説明しましたか?」
「シタ」
「じゃあどんなお仕事を頼むのか丁寧に説明しましたか?」
「ンん~?」
首を捻って考え込むクラスク。
そういえば仕事の中身まではしっかり説明していなかった気がする。
「ア~、キャスバス、ィ」
「は、はいっ!」
クラスクの言葉にびくんと肩を震わせ甲高い声で返事をするキャスバスィ。
自分の声の調子のおかしさを自覚してますます頬が赤くなる。
「俺、お前に勝っタ。俺ノ方ガ強イ」
「そ、そうだなっ!」
つまり力任せにこの
「デモ剣の腕ハお前の方ガ高かっタ。お前の方ガ上手イ」
「そ、それは光栄、だな…?」
つまり技術の粋を尽くして奉仕しろと言っているのだろうか。
「ダカラお前に剣、教えテ欲しイ。その技術学びタイ」
「うん…?」
ここに来てようやくキャスバスィも違和感を覚えた。
剣? 剣を教える?
彼女は机越しにクラスクの股間の剣に視線を向ける。
クラスクがふるふると首を振った。
次に彼の背後に立てかけてある己の愛剣の方へと視線を向け指を差す。
クラスクがうんうんと頷いた。
「お前トの戦イデ肩怪我しタから村のオーク達の指導も任せタイ。そっちは最初ダけデイイ。肩ガ直っタラ俺ガ引き継ぐ」
「ああ、剣ってそういう…」
「わかっタカ?」
「わかった」
うん、と素直にうなずいた後、しばらく頭を下げっぱなしにするキャスバスィ。
不思議そうに顔を見交わすミエとクラスク。
そして…
キャスバスィの悲鳴にも似た絶叫が族長の家から響き渡り、近辺にいた村の住人たちを驚かせた。
× × ×
「ナンダ?」
「ナンダ?」
「なにかしら?」
「族長ノ家カラダッタヨナ?」
「女ノ悲鳴ダッタゾ」
「女の子の悲鳴だったわよね」
「サッキノ捕虜カナ」
「そうだったかしら」
村のオークと女性達が族長の家を囲み、玄関を少し開けて中を覗き見る。
ただ幸いというかなんというか、応接間の扉には鍵がかかっていたためその内を見られることはなかったのだが。
「恥ずかしい…死にたい……っ」
床にへたり込み、両手で顔を覆ってしくしくしくとキャスバスィが泣いている。
誤解が解けると同時に自分の妄想の淫らさに打ちのめされ、さらにクラスクの頼みとのあまりの落差に羞恥が限界突破してしまったようだ。
顔を覆ってこそいるけれど、彼女が今どんな表情をしているかは湯気が出かねないほどの耳の赤さで丸わかりである。
「死ぬのよくなイ。生きロ」
「私、わたしはなんて、なんて誤解を…っ」
ふるふるふる、と首を振って恥辱に悶える。
耐えられない。
こんな恥ずかしさ耐えられっこない。
「…誤解? なんの誤解ダ」
「お前のせいだばかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
涙目で怒鳴るキャスバスィ。
もう八つ当たりでもしないとやってられない気分なのである。
「…ごめんなさイ」
だがクラスクは素直に頭を下げ謝罪した。
女性がキレた時は喩え理不尽でも理由がわからなくってもとりあえず男の方が折れる。
彼はミエの≪応援≫によって向上した判断力で…そう学んでいたからである。
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